負け犬ライフ | オーストラリアから帰ってきてみた。

オーストラリアから帰ってきてみた。

旧:オーストラリアに引っ越ししてみた。
2012年5月、オーストラリアのシドニーに向けて出発。
2年間のワーホリを終え、現在は長靴型の国でイタリア語の勉強と、お小遣い稼ぎでオンライン英会話講師をやっています。
英語の勉強あれこれを書き綴っていきます。

今日は学校初日。
入学手続きのため8:30に登校しろとのことだったが
そこには長蛇の列(といっても15人ぐらい)が。
あまり日本語を喋りたくなかったのにもかかわらず前に並んでいる
日本人が英語が分からずダラダラしていたので思わず助けてしまった汗

で、教室入ってびっくり!12人中6人が日本人です日本
なんてこったい。
体験入学したときには1人しかいなかったから
ここに決めたのに…サゲ

しかし先生のパトリックは超スパルタにしおかすみこ
最初アメリカ人なのかなーと思っていたら本人はレバノン人とのこと
英語の勉強を究極にした結果アメリカ人とよく間違われるぐらい
発音が良くなったそうです。
彼がまず何をしたのかというと、とりあえずレバノンに居たくなくて
学生ビザの取得のためにTOEFLを勉強。

でも英語なんて全然勉強したことがなかったので
彼はまず一番分厚い本を買ってそれを理解できるようになるまで
何度も何度も辞書を引いてよ読み進めたそうです。

結果1カ月半掛って読破。
その後それを記憶するまで毎日毎日読みふけったそうです。
結果彼は学生ビザの基準に達し、オーストラリアに来ることができたそうオーストラリア

そして次に彼がぶち当たった壁が会話話す
紙の上では勉強したものの実際話すとなるとからっきしだったらしい。
仲間が話していることがわからない。
自分の言いたいことが表現できない。
そこで彼がやったことは音楽を聴くこと、そして歌うこと。
英語にはリズムがありそれをつかむのは歌を歌うことが一番だそう。
そこで彼は最強に難しい曲を選んだ。

エミネム(´,_ゝ`)プッ

確かにラップって日本語でも難しいのに。
それを英語でやれって言われてもねー、と思っちゃうけど。
彼は何カ月もかけてやり遂げたそうです。
そうしたら英語話せるようになったんだってさ★

授業の一番最初に自己紹介からスタート。
何のために英語を習得しようと思ったか、
オーストラリアに来るまで何をやっていたのか。
日本人には本当に理由がなく、
日本は裕福な国なんだなと思いました。
とくにワーホリビザで来ているらしい男の子なんかは
もう20カ月もオーストラリアにいるのに私以下にしか英語が喋れません。

正直私の海外生活経験は6カ月です。
旅行でたまに海外に行くって言ったって
トータルで1年は行かないと思います。

大学を卒業してからも英語の勉強だけは続けてきました。
だから12歳から14年間も英語を勉強しているにもかかわらず
英語が喋れないのは本当に恥ずかしいと思うし
来たらすぐにでも改善したいなと思っていました。

別の語学学校の見学に行った時も2年間のワーホリを終えて
さらに学生ビザでオーストラリアに来たという人を見てびっくりしました。
2年もいて私より英語が話せないなんて。

それでも生活はできます。
日本人コミュニティーに居れば確かにことは済みます。
でもそれじゃあ何しに来たのかわからない。

英語勉強しに来たんじゃないの?
遊びに来ただけなの?
そう思われても仕方ないと思います。

私も極力日本語社会から離れて生きていこうと思っています。
先生の言うとおり、日本語コミュニティーの中から抜け出せなかったら、
帰国するときに流暢に英語を話せていなかったらそれはLoser、負け犬なのです。

今日先生に言われたことは
今日から5週間、母国語を話さないこと禁止
ということで今日から何かあっても電話がかかってこない限り
実家には電話しません。
メールだけで所用は済ませる電球

頑張って先生についていこうと思います!

以前大学の英語でリーディングを担当してくれた
ネイティブの先生のことを思い出します。
彼女は最初に『私は他の先生とは違って1冊必ず終わらせるから
教科書はコピーじゃなくて買ってください』と言われ、半年で本当に終わらせました。
超スパルタで有名な先生でしたが、
1学期終わってみたらTOEICが90点上がっていました。
やればやっただけ力が付くのは本当のことです。

その時はつらいかもしれないけど生徒のためだということは
私自身が塾講師をやっていた経験からも知っています。

1ヶ月後自分がどうなっているか本当に楽しみ。