姉と私は4歳違い、他に兄弟はいない。


長女の姉と次女(末っ子)の私は同じ親の元から生まれたのに、

その人生の中で経験するものがあまりにも違いすぎる。

苦労の度合いの差、、、とでも言ったらいいのか、、、

姉の人生を語るとき、父なくしては語れない。

父は飲む、打つ、買う、の三つの中で、
飲む、打つで人生の大半を過ごしてきたような人。

酒乱にギャンブル(ギャンブルは30年前に止めたが)
そして嘘を付く事に良心の呵責が極端に乏しい人。。。

精神年齢がたぶん3歳ぐらいで止まっているんではないか、、、と思わせるほど
自己中心。

他人は冗談を言いながら言葉巧みにしゃべる父を見て、
「面白い、明るいお父さんでいいですね。」
と言う。

しかし、父の実態を知るにつれ、彼らの思いは我々に対する同情と変わる。



姉は若い頃から、父のギャンブルの借金を返し続けてきた。

当時20代前半だった姉、サラ金を回りながら、

「父が来たら二度と貸さないで下さい。」と言って
給料の殆どを借金の返済に充てた。

こんな父と結婚したばかりに、苦労し続けの母を助けるために、
姉は長女としての責任を果たし続けていたように思う。

しかしどう言う訳か、私はいつも蚊帳の外的存在だった。
4歳という年の差だろうか、
深刻な問題はいつも母と姉が対処していた。

それと母は、何故か長女の姉と次女の私の扱いが違っていた。

私もよく母から叱られたが、
母は姉にはもっと厳しかったような気がする。

母は8年前に亡くなったが、
母を尊敬し、愛している姉が私に言った事がある。
「お母さんのたった一つの失敗は、あんたを甘やかして育てたこと」

然り然り、、、

何で母は私には甘かったのだろう。

今でも覚えているエピソードがある。
小学2年生の時のこと。
私のお小遣いが六年生の姉よりも多かったのだ。
一日10円が姉。十五円が私。(昔~し、昔~しのお話です。)
何故、妹のしかも四つも下の私の方が多いのか。
あれは今だに謎。 ま、私が我儘だった、、、と言うの確かにあるが。

姉もその事は知っていたが、どうしてか、不満を覚えなかったみたいだ。

その後は家計も苦しかったせいか、小遣い制度はうやむやになりましたが、、、


また
私が社会人なり立てのある日の事、
母、姉、私と三人でお茶とお菓子で雑談していた。

姉は和菓子好きの母のために、自分の取り分を母にあげた。

自分の分を食べ終えた私は、
ずうずうしくも、
「お母さん、それ私に頂戴」と言った。
事もあろうに母は
「いいよ。」と言って、せっかく姉がくれたものを私に何気にくれたのだ。
姉は怒った怒った。物凄く怒った。

思い起こせば、
父を除く私たち親子三人は、母を中心とした家族としての構図があった、、、。