私の夫は、白血病治療で骨髄移植をするために放射線の全身照射をして、精子を作ることができなくなりました。
抗がん剤が始まる前後で精子を凍結保存することができたので、骨髄移植をした後で顕微授精をすることになったのだけど、なかなか結果が出ずに転院。
転院先は患者数も多く、当時は一日に500人以上は受診していたようでした。
転院先でも結果が出ず、原因として凍結していた精子を何度も融解・再凍結して使用しているので、精子が劣化している可能性もあると言われました。
遺伝子異常を起こしているかも?と。
そんなことを言われちゃうと、妊娠できたとしてもお腹の子に何らかの異常があるのではないかと考えてしまって、怖すぎた。
ただでさえ、夫の白血病が完全に治っている確証が無かったし、まだまだ骨髄移植後のGVHD(ドナーさん由来のリンパ球が夫の体を攻撃しちゃうことによって起こる様々な症状)もバリバリ出ていて、その状態で妊娠・出産・子育てをするのが怖いと私は思っていたから。
不妊治療も採卵は怖いし、私的に怖いこと尽くしでした。
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放射線の全身照射をしても、稀に生殖能力が戻る人がいるという話があったので、全身照射をしてから数年経っていた夫ももしかしたら戻っているかもしれないという淡い期待があって、一度検査をしてもらうことになりました。
確か、私が採卵をする日に夫も採精をして、もし精子がいたらそれを使って、もしいなければそれまで通りに凍結保存してある精子を使うことになったのだったと思う。
私はド緊張する採卵を終えて、採卵後の診察を受けるために中待合で待っていました。
そのクリニックでは患者さんを放送で名前を呼ぶシステムでした。
ともかく混んでいるので、クリニック内はどこも人でびっしり。
みんな静かにイライラしていて、私が待っていた中待合の空気感はなんだかピリピリムード。
私も採卵後でどっと疲れていて、ともかく早くクリニックから出たかった。
なかなか名前が呼ばれないなーと思っていたとき。
中待合にいる人を呼び出す放送のスイッチを看護師さんが切りそびれました。
なんとなく中で働いている人たちの作業をする音が聞こえてきたりしてスイッチの切りそびれに気付くのだけど、それは時々あったことで、いつもはしばらくするとまた次の患者さんが呼ばれて割とすぐにスイッチは切られていました。
でも、その日だけは違いました。
なかなかスイッチが切られず、しばらく経つとスタッフさんたちの会話が聞こえてきました。
「あんさんのご主人の精子がいない!」
それに続くいて数人のざわつく声。
「ともかく先生に連絡!」
とか言ってるのも全部丸聞こえ。
そして、なかなか次の患者さんが呼ばれず、延々とスイッチはオン状態。
「もしも精子がいたら奇跡」くらいに思っていたから、いなくても当然くらいには思っていたけど、それでも「いません」といわれれば凹むし。
何も放送で発表しなくても…。
培養師さんは事情を知っているはずなのに、なんでそんなに大騒ぎをしているのか…。
混みすぎていて、夫は中待合ではなくて外待合にいたからまだ良かっただけど、私はただただ身を縮こまらせていました。
基本的に周りの人は私が誰かなんて知らないのはわかっているけど、でも、そこは超有名不妊治療クリニックだっただけに、私の学生時代の同級生や社会人になってからの同僚などを見かけることがあったのです。
こんなこと、知らない人に聞かれるのもイヤなのに、知り合いに聞かれたらもっとイヤ。
もう、本当に逃げ出したいし、早くスイッチを切って欲しいしだったんだけど、会話はまだまだ続いていました。
いたたまれなくなった私は、処置室に入って看護師さんに「すみません。あんですけど、放送…」と言い始めるのに食い気味で看護師さんから「あ!あんさん、今あんさんのことを話していたところだったんです! ご主人の精子が…」と言われ、それを遮るように私が「知ってます。放送で全部聞こえています」というと、看護師さんは慌ててスイッチを切りに行ったけど、謝られるわけでもありませんでした。
ともかくスイッチが切られたことにホッとしたけど、処置室から出てきた私を近くの人が一斉に見た気がして。
被害妄想かもしれないけど、本当にやるせなかった。