私が子育てで肝に銘じていること。。
【親を反面教師にする】
なんと感謝の心のかけらもない、、と叱られそうだけど。
自分の親を見ていて思う。
良くも悪くも、人は脈々と親の影響を受け続けていくって。
人は満たされたこと、幸せだったことって、自然と子どもにしてあげられると思うんだ。
それって悪い面も同じ。
親だってただの人間だからね。
育ててもらううちに、欠点だって同じように子どもにインプットされていく。
分かりやすい虐待でなくても。
愛情をたくさんもらって社会的に真っ当な人間に成長しても、
だれしもどこか歪みは出てると思うのね。
意識しないといけないのは、親にされて辛かったことや悲しかったことを、つい子どもにしてしまうこと。
大事なのは、自分がどう育ててもらったのか客観視することだと思う。
私はどうも、親の背中を見て育ったのに『良いところ』があんまり出ていない気がして。
『悪いところ』ばかり見倣ってしまっているようで。。。
ちょっと振り返ってみた。
私の母は、母の母、私の祖母を、還暦過ぎたのにいまだに恐れている。
『頭が上がらない』というか。
精神的な力関係では絶対的におばあちゃんが上。
昭和の田舎の閉塞された集落の中で、
体裁やメンツを異常に気にしなければ生きていけなかった時代、長女の母は祖母から常に厳しく『お利口さん』になるようしつけられてきた。
自慢の娘だと誉められる一方、親に恥をかかすような失態ーそれがテストの点が悪いとか小さなことでもーをおかすと、たちまち見捨てられてしまう脆い愛情。
母はそれが嫌で嫌でたまらなかったらしく、こうはならないと決めて父と結婚した。
おかげさまで、母の子育てはそんなに厳しいものではなく、わりとのびのびと育ててもらったように思う。私は、母を恐れてなどいないし。他の兄弟もそうだ。
母は母なりに、負の連鎖を絶とうとしたんだろうな。
でも、子どもの目から見ると、やっぱりあるんだよね。母にも、あれだけ嫌ってるはずのおばあちゃんに似てるところ。
自分の気遣いに対して見返りを求めるところ
イヤミを言うところ
ご近所さんと、子どもを貶めて笑いを取ってお付き合いをするズルいところ
人を小バカにするところ
もちろん、良いところはたくさんあるし、
母のことは好きだ。
基本的にお人好しでさっぱりしていて、人を恨んだり妬んだりすることがない。
ただ、そういう、『大好きなお母さん』の中から時折出てくる闇の部分に、私はよく振り回された。
母も、気にしてないよといいつつ、どこか体裁を気にするところがあるのだ。
とくに、家の外で、私を貶めながらよその子どもを誉めちぎって、その子のお母さんを気分よくさせるところには傷ついた。
実際、私に自慢できるようなところは何一つなかったんだけど。
親孝行な子では決してない。自慢したくてもするところがないんだから母だって気の毒だ。
でもね。せめて笑い者にはされたくはなかった。
おバカさんでもプライドはあるんだよ。
私が大人になってもなお、親戚に『うちの娘は押しかけ女房で、無理矢理嫁にもらってもらったのよ~』などと調子こいて吹聴するのだ。
おめでたい席でそんなこと言ってなんになるのだ。
そんなの聞かされても相手はリアクションに困るだけだろう
と言ってはみたものの、
本人は『別にいいじゃないの。冗談なんだから』と認めない。
内心悪いと思っても謝れないのか、、。
なのに。
私も、気づいたら娘をネタにしてしまうきらいがある。
SNSやブログで、親バカ全開で子どもやペットを自慢してる人。
ほんとはあんなんになりたいのに。
大事な人を堂々と大事だって言いたいのに。
娘を傷つけたくないのに。。
人前で咄嗟に『うちの子なんて』て言ってしまう。
同じことを他人から言われたら絶対ムカつくのに。
そう思わせることを自分の口で言ってしまう。
母と同じ。
すごく、嫌だ。
父親も然り。
私は幼い頃父親っ子だった。
父親好きだっただけに、母よりも影響も多分に受けているのか。
父に似てしまっていることのほうが多く、そしてはるかに厄介だ。
たとえば、
理不尽に怒るところ。
怒ると相手を追い詰めて、とことんやりすぎるところ。
頑固なところ。
気分屋なところ。
父には、虫の居所が悪いと物を壊されたり、外に閉め出されたり無視されたり、小さいころから色々された。
三人の、子供たちの中でも私だけに、父は感情をぶつけてきた。
気が合うから、許されると思っているのだ。
父もまた、そういうところは父の父、祖父にそっくりらしい。(母談)
父もまた、自分の父親から不安定な愛情しかもらっていなかったようだ。
私は今現在、夫婦喧嘩すると、
自分自身が父から受けた『しつけ』や、
父が母にした仕打ちと同じようなことを夫にやってしまっている気がする。
それがすごく嫌だし自分で自分が怖い。
父が、つい最近も怒って母の大事な物を捨てたり壊したりした。原因はほんの些細なこと。いちゃもんのようなもんだ。
そしてそれが、何年かに一度あるのだ。
私は母に『これはDVだとは思わないのか』と聞いてみた。
そうかもしれないわね でも諦めてるから
と母は受け入れているようだった。
恋愛結婚で夫婦仲はいいし、父の欠点を、まるごと認めているのだ。
私からすると父のやり方は、人を殴ったりするわけではないけど、モラハラに近い。
でも父自身は自覚がないのだ。
モラハラもDVも、その言葉すら知らない。
私は、悲しいことに夫に同じように怒ってしまう。
そして夫に『母のように受け入れるのが愛情だ!』と期待してしまう。。
『もういいわよ、あんたみたいなんに言った自分がバカだった。』
な、母のような嫌みったらしい憎まれ口もたたいてしまうし、
頭に血が上ってぶちギレると、父のようなたががはずれた暴力的になってしまうのだ。
それが自分でもすごく崩壊的だとわかっているのだが、
心を許せば許すほど、距離の取り方がわからなくなるのかもしれない。。
私はそんな姿を娘には見せたくない。
夫にも申し訳ない。
祖父母からの闇が、また私にも闇となって心に潜んでいる。
最近、母とはそういう話をするようになったのだけど
父とは距離を置くようになった。
二人とも親だから嫌いにはなれないけど
良いところもたくさん知ってるし感謝もしてるんだけど
盲信はできない。してはいけないと思ってしまう。
どうしても、育てられたようにしか育てることはできないから。
濾過するように、
できるだけ親からもらった負の部分は外して娘を育てていきたい