不安からの逃避方法は、三つ。



・迎合


・攻撃


・とじこもり




のうちの「迎合」について。


ちなみに、迎合とは辞書で引くと、


[名](スル)自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせること。「権力に―する」

と、出てきます。



わたしは、知りませんでした。汗







この場合、迎合とは、


支配・被支配の関係をうけいれること。


(もちろん、自分が支配される側。)




支配されると、自分の欲求と


支配する人との欲求との間で揺れて、葛藤する。



自分の欲求を優先したいけど、


相手に支配されているから、相手の要求に従う。



いわゆる日本の「良い子」が、それ。


親の期待にこたえたくて、


一生懸命勉強して、優秀な大学に入って・・・


ってなる。





心の葛藤があるから、不安になる。



不安になるから、それを解消しようとして迎合する。



迎合すると一時的には不安が和らぐ。



でも、解消することはない。





迎合する人は、自分でなにかを決めようとすると



不安になり、頼りない気持ちになり、



決めてくれる人を探す。



その人の言うとおりにしているほうが、



不満だけど、安心するから。





そして、迎合する相手(支配者)を



満足させなければけないという間違った考えに



陥っていく。




こうやって支配者に従順していくが、


従順することによって


何事にも満足できなくなっていく。


何をしていても、不満。


なにが不満なのかはわからないが、


とくにかく面白くない。


しかし、それを直接外に表現できない。




(わたしは、まさにこれ!


面白くないけど、なにが面白くないのかわかんない。


から、外へ表現することが出来ないし。


見捨てられたらどうしよう、と不安だから、


外に表現することが出来ない。)




迎合する人は、相手に従順である。


心の底では敵意を持ちながらも、相手に言うことに従う。


従わなければならないような気がしている。


そして、相手に拒絶されると、ものすごく心理的に不安になる。



それは、なぜかというと・・・



迎合することは、相手に賄賂を渡すような心理だから、



拒絶されたことは痛手となる。



ただ拒絶されることと、


賄賂を拒絶されたことでは意味が違う。




そうやって、迎合する人は、傷つきやすい人になっていく。


(共依存への第一歩ですね・・・。)






迎合した者は、いつも脅えている。


たとえ、支配者に気に入られたとしても


相手に嫌われるんじゃないかと、いつも不安でいる。





そうやって相手が中心になる。





けど、本当は相手に支配されるんじゃなくて、


相手に依存するんじゃなくて、


相手のことがスキだったら、


自分はこうなんだよ!と、言える。




孫がおばあちゃんを好きなら、


孫は勉強でも手伝いでもやる気になる。




親に捨てられるかもしれないという不安で


勉強をがんばる子どもの生き方は、


大人になったとき、ノイローゼになる生き方である。


(痛い一言・・・・。


そういう生き方してきたかも・・・。)




結局のところ、


迎合しても不安は消えず、



人生の課題は、解決されることはない。



んだそうです。