-264~-146 ポエニ戦争
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積む仕事から、1冊読む仕事へ、ポニー戦争。
共和国ローマとカルタゴの間で地中海の覇権を賭けて争われた一連の戦争。
ポエニとはラテン語でフェニキア人(カルタゴはフェニキア系国家)を意味する。
前264ローマ軍によるシチリア島上陸から前146カルタゴ滅亡まで
3度にわたる戦争が繰り広げられた。
1568 オランダ独立戦争
1568
日ごろは、花が好き!オランダ独立戦争。
1568~1609
ネーデルランドの新教徒らがスペインの圧政に対して起した戦争。
1581年に独立を宣言した。
1609年 休戦条約で事実上、独立。
1648年 ウエストファリア条約で国際的に独立を承認された。
オランダの国花は チューリップ。
オランダと言うと、風車とお花畑。
ハウステンポスと フランダースの犬。
のどかな風景と、かわいそうなネロのお話が浮かんできます。
日ごろは優しいお花好きの国民も、
やる時はやる!…のイメージで。
1848 フランクフルト国民議会
1848
いやしは、フランクフルト、うまし!
1848年5月 ドイツ統一と憲法制定を話し合うため、
フランクフルト・アム・マインに召集されたドイツ初めての議会。
統一方式をめぐり、大ドイツ主義と小ドイツ主義が対立したが
小ドイツが優位に立つ。
48年12月にドイツ国民の基本法を、
49年3月ドイツ国憲法を作成した。
しかし、ドイツ皇帝に推したプロイセン王の承諾を得られず、
その後、武力弾圧で49年6月に解散させられた。
1837 人民憲章 (英)
18 3 7
いや、みんなで選挙、人民憲章!
38年に全国に配布、39年に議会に提出された。
・男性普通選挙
・無記名秘密投票
・議員の財産資格廃止
・議員有給性
・均等選挙区制
・議会の毎年改選
の6カ条を内容とした。
1825 デカプリストの乱
18 25
いや、地獄の農奴、デカプリストの乱。
1825年12月
ロシアの青年将校たちが起こした反乱。
ナポレオン戦争に従軍し、西欧の自由主義精神を学び、
自国の後進性を痛感したロシアの青年貴族将校が
憲法制定や、農奴制、ツァーリズムの廃止を要求して起したが、
ニコライ1世に鎮圧された。
12月の事をロシア語で、デカーブリというところから、
12月党員、デカブリストと呼ばれた。
『白いトロイカ』 のロタの父に出演して頂きました。
父のレフ・フョードルは貴族ながら農奴解放を皇帝に訴えた。
彼は皇帝の怒りを買い、追われる身に。
王立劇場の歌姫である妻と、幼子のロタを抱え、雪深い村に逃げて行った。
もう逃げられないと判断した彼は、ロタを農奴に預けた。
ロタの首にはフョードルから妻、アンナに贈られた首飾りが形見として掛けられた。
何も知らないロタは、雪の中へ消えさる両親を追うように泣き叫ぶ。
そこへ皇帝からの追手が…。
雪の中、悲しい銃声だけが鳴り響いた…。
この首飾りが、ロタの運命に大きく関わってくるのです。
正しくは彼はデカブリストではないと思われますが、
農奴解放の訴えに大きく関わったという事で…12月ということも…。
白いトロイカ ググってみたら、大好きな方がいっぱいいられて
うれしいですーーー!!!
白いトロイカ ぜったい読んでくださいね!
ロシアネタが来たら、すいません、また登場するかもです!
1830 ロンドン議定書
18 30
いや、されど、ロンドン議定書。
イギリス、フランスなどがロンドン議定書をまとめ、
ギリシアの完全独立を承認した。
1829 ロンドン会議が開かれ
1830 ロンドン議定書により独立が合意され
1832 コンスタンチノープル条約で承認された。
1521 ヴォルムス帝国議会
15 21
以後も、ついに認めず、アハト刑。ヴォルムス帝国議会。
1521年4月
新皇帝カール5世がドイツ諸侯を招集した初会議。
自分の手腕誇示の為、ルターを呼び出し、諸説の取り消しを要求した。
ルターが拒否したため、ルター派は禁止された。
アハト刑……法的権利、財産を剥奪される。
刑を受けた者は、基本的に死人とみなされ誰とも交流できず援助もされない。
恩赦によってのみ救済される過酷な刑法。
★ボールがムスっとしてる会議(ヴォルムス)で
マルチンルターは諸説の取り消しは認めなかった。
そこには、ハトがいて、あ、ハトだと叫んだら…アハト刑は確定した。
1815 四国同盟
1 815
一つ、背後に、ウィーン体制、四国同盟。
イギリス・ロシア・オーストリア・プロイセン
間に成立した軍事的・政治的同盟。
ヨーロッパの現状維持を目的とし、ウィーン体制を強化した。
しこくどうめい と読むのですね、知らなかった。
四国っていうと、愛媛、香川…みたいな…。









