私の父親について少し書きます。
昔に逆上って書き出すと、感情が不安定になるので最近の父親について。



父は去年の6月に56才で脳梗塞(のうこうそく)で仕事中に倒れて救急車で運ばれました。


私はその日、3泊4日の外泊の最終日で丁度帰院する時でした。


母親が連絡を受けて一緒に病院に行ったら、半身麻痺した父親がベッドにいました。
軽い脳梗塞だと聞いて、私は一応安心して帰院しました。


3日後、母親から連絡があって再度脳梗塞を起こし、危険な状態だと聞いてすぐに病院に駆けつけました。
その数日後には朝、父親の病院から連絡が入り直ぐに行くと心肺停止をしたと知って、2つ上の姉も母親もかなり混乱して色んな事を後悔してた。


でも私は、感情があまりなかった。
その時は性虐待の記憶なんて全くなかったから、父親の事が好きだったしやっと仲良くなれたって思ってた。


だから父親が死ぬかもしれないって思った時に、
人生なんてこんなもんだ。って傍観してた。
大切だと思うと負けなんだ。
いつだって大切なものは私から離れていくって。
だから感情的になったら負けだって思った。
過食して感情を噛み砕いてやろうって…。


それから暫く、私は病院を仮退院して父親のとこに行ったりしたけど、結局私も重病人だから大した事が出来ないし、なんだか蚊帳の外にいた。


大変だったのはお姉ちゃんと母親だった。
特にお姉ちゃんは軽く鬱状態になってたように見えた。


お姉ちゃんは父親をハッキリとした態度で嫌っていたから。
後悔が多いぶん、一生懸命に看病してた。



そういう生活が長引いてくると私は心のどこかで、死んで欲しいって思った。


母親とお姉ちゃんまでが壊れていくように見えたから。



でも父親は予想に反して回復しはじめ、何軒か病院を転々として今はリハビリをしている。


もちろん色んな合併症を起こしたせいでリハビリが遅れてリハビリしても1人じゃ歩けない。声ももう出ない。何も飲食出来ない。寝たきり。



母親はそんな父親のところにほぼ毎日通ってオムツなどを届けてる。


父親が倒れてからは母親は私との共依存関係を止めて、父親の為に共依存をしている。



私が回復出来始めたのは、母親が私から離れていったから私が私だけの人生を歩き出したから。
自らの価値観と考え方を邪魔されずにいられたから。
私も親離れが出来た。
母親に相談しなくなったし、過保護な母親を突き放せるようになった。
(あとは金離れ………。)



父親は今は幸せだろう。
面倒な人間関係のしがらみから逃げ出せて、子供に奪われた妻が取り戻せた。
自分の身体の心配さえしてればいい。



お父さん。
幸せでしょ?
もう謝らなくちゃいけないその口が使えなくなって都合がいいでしょ?
私はあなたの幸せな時間をメチャクチャにしたりはしないよ。
その代わり、あなたがどんなに私に会いたいとか顔が見たいと言っても行きません。
死に目にも会わないよ。
あなたにとって“都合の良い人達”に囲まれて死になさい。
私はあなたの棺に私が書き貯めた手紙を入れるつもりです。
あの世でゆっくり読んでね。
時間はたっぷりとあるんだから、何回も何回も読んで私の気持ちを知りなさい。