ミタさんが阿須田家でやったことは何か。それは個々人が押し隠しているものを表面化する行為であった。それは常に社会の常識の範囲をはるかに超え、法律の範囲も超えて突き進む。挙句の果てに自分で灯油をかぶって火をつけようとする。

すべて彼女は「業務命令であれば、頼まれたことを何でもやってしまう」ということになっている。「承知しました」と言って。しかし、考えてみれば、彼女は自分がなくて、ロボットのように他人の言いなりになっているのではない。それは常に「私にできることであれば」という条件が付いていることからもわかる。また、笑うことだけは最終回まで業務命令でも拒否していて、言われるとお暇をもらう、と言い出した。

彼女がやるのは、実のところ、自分がやりたいことを、他人の命令の形を借りてやっているのである。それは灯油を被るシーンに最も的確に現れている。彼女は、自分で自殺しようとしてもどうしても死ねないので、「死ね」と業務命令される日を待っていたのである。

それは実のところ、第一回でも同じことをやろうとしていて、幼稚園の帰りにキイちゃんが、母親が溺れ死んだ川にはいって天国に行ってお母さんに会いたい、と言ったら、「承知しました」と言って、二人で川に入るのである。このときは長男が止に来てあやうく難を逃れたが、それは焼身自殺のシーンも同じで、子どもたちが止めに来なかったら、マジで火をつけるところであった。止められたミタさんは「いい加減にして!」と絶叫していたが、それは第一回に長男に妨害されたシーンを踏まえているのであろう。

第一回では母親の形見を燃やしているが、ミタさんは夫の形見のドクターズバッグと子どもの形見の帽子腕時計とをいつも身につけている。実のところ、死者の呪縛から逃れて形見を燃やしてしまわないといけないのは、彼女の方である。形見を燃やすという命令を躊躇なく行動に移したのは、この自分ができないでいる行為の代償のためだと思われる。

この形見燃やしで、燃え上がる形見と仏壇とを見ながら子どもたちは、

(1)自分は長女らしいことは何も出来ない。(結)
(2)自分は母親に嫌なことを言われたことと、うるせぇと言ったことしか思い出さない。(翔)
(3)自分は私学を目指して頑張って勉強していたけど、もう合格しても褒めてもらえない。母親が自分のことをどのように考えていたのかわからない。(海斗)
(4)自分は無理やりトマトを食べさせられそうになり、お母さんなんか死んじゃえ、と言ったら、本当に死んじゃったと思って後悔している。(希衣)

という思いを吐露する。これらはすべて、母親が子どもたちのことを強く呪縛していることを明らかにしている。長女には「長女らしくしろ。できない、お前は悪い子だ」とプレッシャーを掛け、長男には純粋な憎悪を向け、次男には「私学に合格すれば褒めてやる、そうでなければお前は無価値だ。」というメッセージを送り、次女には「お前が私を殺したのだ」という恐るべき呪いを掛けている。

ミタさんの行った形見燃やしは、このような母親の呪縛を見抜いた上での行動だと思われる。実際、この場面で子どもたちが上のような吐露を行ったことで、彼らはかなりの程度、この呪縛から自由になり、希衣の誕生日パーティーを続行できた。その場面でミタさんは、母親の肉じゃがと同じ味を再現して全員に衝撃を与えているが、これもまた、呪縛からの離脱の効果があるものと思われる。それは「母親の味は彼女一人のものではなく、再現可能である」ということを示しているからである。

このドラマの主軸は、

(1)ミタさんに掛けられた死んだ夫と息子の呪縛。
(2)阿須田家に掛けられた死んだ母親の呪縛。

の二つの呪縛からの離脱ではないかと考えられる。その二つの軸のからみ合いがドラマの主たる作動のエネルギーを与えているように感じられる。
(つづく)

このドラマのもうひとつの悲劇は、言うまでもなく、阿須田家の悲劇である。

この悲劇もまた、タガメ女あるいは Bilie Jean である結城凪子が、阿須田恵一という格好のカエル男をとっつかまえたところから始まる。どうやって捕まえたかというと、例の「今日は大丈夫」という奴である。その手口で結を妊娠し、おびえる恵一に「堕ろすなら死ぬ」と宣言して結婚したのである。ドラマの中で結は苦しみぬくが、それは母親が死んだからではなく、自分がそういう手段として利用されて生まれてきた、という出自のゆえである。彼女の名前の「結」は恐ろしいことに「家族を結びつける」という意味である。

この恐るべきタガメ女は、腰抜けカエル男が嫌になって逃げそうになるたびに「気合妊娠」を繰り返し、男が三回逃げそうになったので、翔、海斗、希衣と更に三人も生んだ。しかしそれでもあまりにもつらいので、恵一は会社で不倫して、ついに離婚を迫った。これにぶち切れたタガメ女は、恵一に最悪の呪縛を掛けるべく、自殺してみせたのである。

この自殺はおそらく、同時に、父親の結城義之へのあてつけである。この人物は元校長の厳格な父親、という最悪の欺瞞人類であり、結城凪子があのような偽装の鬼となったのは、この父親のせいである。あまりにひどい奴なので、母親はくたびれてとっとと死んでしまった。妹のうららに対するプレッシャーは、凪子のおかげでかなり弱かったのであろう。それでも、人格は半分くらい狂っていて、死ぬほどドジであり、愛想笑いの王者であり、できもしないことを引受けるので、みんなから嫌われている。

こういう情況のところに、ミタさんが乗り込んでくることで、ドラマが始まる。

(つづく)
このドラマのどこが完璧だというのだろうか。それを説明したい。

このドラマでは二つの悲劇が出遇う。

一つ目は、三田灯の悲劇である。彼女の母親は、完全なタガメ女あるいは Billie Jean であり、心の優しい男をつかまえて、灯を生んだ。しかし疲れきった父親は、灯が川で溺れそうになったのを好機として、溺れて死んだ。この事故は、いわば偽装された自殺だったのである。母親はせっかくのカエル男が死んでしまったので激怒し、その切掛を作った灯を憎んだ。そのために灯は母親に気に入られるためにあらゆる努力をするが、全くの無駄であった。

再婚の相手は、成長した灯に色目を使うような男である。こんな男と結婚するくらいだから、この母親の卑しい心性がわかる。内田春菊の『ファザーファッカー』に描かれているように、こういう男は、恐ろしく危険である。単に色目で済んだのかどうか、疑問であり、灯が、内田氏のような性的虐待を受けていた可能性が高いと私は推測する。

この恐ろしい家庭のなかで、灯にとっての唯一の頼りは、家政婦の晴海さんであった。彼女にもらった最中が、彼女の心に強くしみ込むほどに。そして、あとから生まれた弟にとってのたよりは、灯であった。それゆえ、灯が結婚して家から出ると、弟は死にそうになってしまった。そこでしばしば灯の家を訪れるようになった。

夫は灯の弟を歓迎していたが、弟はやがて灯に関係を迫るようになった。なぜそうなったのであろうか。それはおそらく、灯の家庭もまた、欺瞞と偽装とでできていることに、弟が気付いたからだと思う。その欺瞞性はたとえば、「こどもスターランド」の場面に好く現れている。このしょぼい遊園地でミタがファーストフードのファミリーセットを注文するが、それは阿須田家の子どもたちが食べると、あとで気分が悪くなるようなシロモノなのである。死んだ夫と息子との幻覚がしばしばあらわれるが、それは何か、現実性を欠いた、ステレオタイプの父子である。そしてミタさんが、自分だけしあわせになったら許してくれないだろうね、と話しかけると、二人とも凍りついて返事をしないのである。もし彼らが、本当の愛情で結ばれた家庭であったら、あのようなステレオタイプ性はないはずであり、あんな退屈な遊園地が好きだったりしないであろうし、胸の悪くなるようなファミリーセットにパクついたりしないであろうし、死んでからミタさんを呪縛するようなことはないはずである。

弟が姉に関係を迫ってストーカー行為に及んだのは、せめて姉は本当に幸福でいてほしいと願っていたというのに、それが偽装結婚に過ぎないことを見抜いたために錯乱し、それを破壊するためにであったと考えられる。ミタさんの夫が、弟のそういう行動を知ったら、ストーカーに「やめろ」と言ったって無駄に決まっているのでるあるから、なぜそんなことになるのかを、話を聞かないといけなかった。それは新たな突破口を開いたはずである。しかし彼はそうしないで、「もう来ないでくれ」と言ったのである。それゆえ弟は、完全に絶望し、家に火をつけて、自分も自殺してしまった。

このような恐るべき経験によって三田灯は、ミタさんになった。彼女は笑わなくなったのではない。彼女は、最初から、笑ってなどいないのだ。特別編でミタの夫の母親が、お墓の前で、あいつは愛想笑いを続けているんだろう、というようなことを言っていたが、それはおそらく真実である。ミタがやめたのは、笑顔ではなく、作り笑いなのである。それはまさしく、松嶋菜々子があちこちで浮かべている、あの偽装の笑顔である。

http://www.google.co.jp/search?q=%E6%9D%BE%E5%B6%8B%E8%8F%9C%E3%80%85%E5%AD%90&hl=ja&prmd=imvnsuol&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=u2DyTslkz5CJB_eJobUB&ved=0CDYQsAQ&biw=1743&bih=1079

三田灯はこの恐るべき経験を経て、このような偽装の笑顔がどれほど危険であるかをようやく学んだ。それゆえ、それを放棄したのである。彼女が思い知ったことは、この世間そのものが偽装に満ちており、その狂った世界のただ中では、本当の笑顔が生まれる情況など、ほとんど存在していない、という恐るべき事実であった。

彼女が何度も死のうとして死ねなかったのは、晴海さんの言うように、彼女が生きていることに、何か意味があるからである。その意味とは、彼女がこの恐るべき事実に直面しておりながら、しかしそれでも、本当の笑顔が生まれる可能性のあることを、信じているからである。それゆえ最終回で晴海さんは、「私もあなたの笑顔が見たい。だけど、自然に出てくるのを待つ。」と言ったのである。それは単に三田灯の心が開かれる、という意味ではない。この世界が、人々に本当の笑顔をもたらす、そういう世界になる、という意味である。

(ちなみにこれは『エピソード・ゼロ』を見ないで書いている。あとでチェックしてコメントしたい。)


(つづく)



http://www.ntv.co.jp/kaseifu/

凄いドラマであった。考えれば考えるほど、ストーリーが完璧に出来ていて、驚いてしまう。遊川和彦という脚本家のことも知らなかったのだが、なぜこんな正しいものを作れるのだろうか。

それから、テレビをほとんど見ないので、松嶋菜々子という女優も知らなかった。完璧な演技であった。おそらく、これは単なる演技ではないのだと思う。というのも、最終回の特別編と本編との間に風邪薬のコマーシャルが流れていたのだが、

http://www.taisho.co.jp/pabron/sg/tvcm/

これが全く欺瞞的なのである。ネットで画像を検索してみたが、いずれも魅力のない偽装の表情ばかりであった。ミタさんが圧倒的に存在感があり、魅力的である。

ということはおそらく、こちらが彼女の本当の姿に近いのである。彼女の健康そうでにこやかな姿の背後に、押し殺された悲しみと苦しみとが、渦巻いているのであろう。それを見抜いて起用したというのは、大変なことである。また、それを怖れずに引き受けた彼女の勇気にも敬意を表したい。

また、斉藤和義の主題歌も、それから、ミタさんが暴走するときの音楽も非常に効果的であった。下のコンサートのバージョンよりも、ドラマの方で、最後の「やさしくなりたい」というところでブチッと切れるのが衝撃的だった。



(つづく)
乾シイタケから次々セシウムが出ている。朝日新聞の記事では、

「発端は東京電力福島第一原発から約300キロ離れた静岡県伊豆市。10月、販売業者が自主検査した干しシイタケから国の基準値(1キロあたり500ベクレル)の2倍の値が出たと県が発表した。この春に加工したものだった。県の再検査でも超えた。県は原発事故後に加工した伊豆市の干しシイタケの出荷自粛を決めた。」

とのことだった。

群馬大学で訓告処分を受けたことでその誠実さを立証した火山学者・早川由紀夫さんの作成した福島原発事故の放射能マップ

http://blog-imgs-26-origin.fc2.com/k/i/p/kipuka/09decJG.jpg

を見ると、なんと、伊東・熱海にうっすら降っているけれど、その奥の伊豆市あたりはセーフのはずなのである。しかし、伊東・熱海まで来れば、伊豆の山まで行って、そこで降り積もるだろうから、伊豆にセシウムがきていてもおかしくはない。早川マップでさえ、実際の散布よりやや少なめに出ていることがわかる。

どうして乾シイタケにたくさんセシウムが出るかというと、乾燥させるので水分が減って、一キログラム当たりの放射性物質の濃度が上昇するからである。

「県は、基準値超えの原因が「乾燥」にあるとみて、水に戻した状態でも測った。干した状態で599ベクレルだったのが、10分の1以下の49ベクレルと基準値内に。水に溶け出したセシウムも23ベクレルだった。県は「食べる状態では健康に問題ない」と呼びかけた。」

ということである。それはそうなのだが、椎茸1個あたりのセシウムの量は、濡れていようと乾いていようと変わらないのだから、一袋の乾シイタケを買ったときのセシウムの量は、同じである。

で、1キロ当たり599ベクレルとして、それはどのくらい危険なのか、という点についてであるが、それにはまず、我々が普通にたべている食べ物にどのくらいの放射性物質が入っているか、を考えないといけない。一番、多いのはカリウム40であり、セシウムの化学的振る舞いが近いことからも、それと比較するのが好い。我々の身体に4000ベクレルくらいのカリウム40が入っており、毎日、3.3グラム(=100ベクレル)くらいの強度の放射性カリウムを摂取している。もちろん、これでかなりの内部被曝をしているのだが、カリウムをとらないと死んでしまうし、放射性カリウムをより分けるのは不可能なので、仕方がない。

さて、乾シイタケには1キログラムあたり21グラムのカリウムが入っているそうで、下の原子力資料情報質のデータから、「カリウム1gに放射能強度が30.4ベクレルのカリウム-40が入っている」というので、

21グラム×30.4ベクレル=638.4ベクレル

ということになる。このくらいの放射性カリウムは、たとえ関西の乾シイタケを食べても、否が応でも摂取してしまう。

つまり、1キログラムあたり599ベクレルのセシウムが入っていれば、天然の放射性カリウム638ベクレルにプラスして、それとほぼ同量の放射線を内部被曝することになる。そのくらいであれば、ガタガタ言うほどのことではない。カリウムの多い食品、つまり、

パセリ1000 ザーサイ 680 中国ぐり 560 おかひじき 510 こんぶ(乾) 5300 豆みそ 930 納豆 660 あしたば(生) 540 あゆ(天然/焼) 510 わかめ(素干し) 5200 よもぎ 890 きゅうりのぬか漬 610 かぶの葉のぬか漬 540 たくあん漬 500 とろろこんぶ 4800 こんぶつくだ煮 770 やまといも 590 焼き芋 540 たい(焼) 500 ひじき(乾) 4400 アボカド 720 ぎんなん 580 にんにく 530 かぶのぬか漬(根) 500 ベーキングパウダ 3900 ひきわり納豆 700 大豆(ゆで) 570 モロヘイヤ 530 しそ 500 インスタント珈琲粉 3600 ほうれん草(生) 690 ほや 570 からし菜漬け 530 チリソース 500 あおさ(乾) 3200 ゆりね 690 里芋 560 にら(生) 510 あじ(焼) 490 切干だいこん(乾)、(以上100g当たりのカリウムのmgを表示)

を食べていると、このくらいはどうしても摂取してしまう水準である。

そういうわけだから、測り方を変えて欲しい、という話もわからないではない。わからないではないのだが、それでも、カリウムと違って摂取する必要のない放射性セシウムをわざわざ摂取するのは、全然乗り気がしない。ただ内部被曝が増えるだけだからである。乗り気がしない奴は、非国民だと言われても、そう思うのだから、仕方がない。無理して食べるのは気分が悪い。

それに、全国民に満遍なくセシウムを摂らせるのは、やはりその分だけ確実に国民の被爆量が増えるのであり、一人ひとりの健康被害はわずかでも、何千万人となればそれは確実に健康にボディーブローとなって効いてくるわけであるから、政策としてよろしくない。知らぬが仏では済まないのである。

ちなみに、乾シイタケ1キログラムといえば、
$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩

という量である。確かに、これを使い切るにはかなりの回数が掛かるから、500ベクレル程度なら、そんなに危険ではない。

というわけで、私の判断としては、既に買ってしまったなら食べてもいいであろうし(子どもはやめよう)、食べてしまったものを気にすることはなかろう。

しかし、こういうキノコは、すべて東京電力に買わせるのが筋だと私は思う。それは巡り巡って、結局、税金になるとしても、一旦は、彼らに背負わせるのが筋である。というのも、「許容量」というのは、「がまん量」であって、東京電力がばらまいたセシウム入のキノコを、我慢して食べさせられる筋合いはどこにもないからである。

これを東京電力を擁護して、「大丈夫ですから、食べてください。(食べない奴は臆病者か根性悪ですよ。)」と強要するのは、気色が悪い。気色が悪い以上に、「日本ブランド」を傷つけて、日本経済の価値を貶めて、国益を損なっている。

いま経済的側面から原発事故について考えるなら、対処すべきことは、

・「日本ブランド」の価値をどうやって回復するか、
・日本国内の個々のブランドの価値をどうやって回復するか、

である。そのためにやらないといけないのは、

・原発とキッパリと手を切ること
・原発から出た放射性物質が少しでも入っているものが流通しないように、万全の検査体制を流通システムの中に構築すること
・放射性物質の付いたガレキを原発近くに集中して低レベル廃棄物として処分すること

である。そうやって「日本=クリーン」というイメージを何としてでも回復しなければならない。それをやらなければ、我々の最大の財産である日本ブランドは、永遠に放射能まみれとなって、二度と、価値を回復できない。

=================原子力資料情報室のカリウムの説明=======

http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/4.html

存在と生成
 天然に存在する代表的な放射能で、太陽系がつくられた時から存在している。同位体存在比は0.0117%で、カリウム1gに放射能強度が30.4ベクレルのカリウム-40が入っている。カリウム-40が人工的につくられることはほとんどなく、同位体存在比の高いカリウム-40は同位体濃縮によって得られる。
カリウムは岩石中に多量に含まれ、玄武岩、花こう岩および石灰岩の含有量は、それぞれ0.83、3.34および0.31%である(玄武岩1kg中の放射能強度は262ベクレルに相当する)。土壌の含有量は0.008~3.7%の範囲にあり、平均値は1.4%である。
 食品中の濃度はかなり高く、白米、大根、ほうれん草、りんご、鶏むね肉およびかつお1kgに含まれるカリウムの重量は、それぞれ1.1、2.4、7.4、1.1、1.9および4.4gである(白米1kg中の放射能強度は33ベクレルに相当する)。外洋海水1リットルには、0.400g(12.1ベクレル)が含まれる。

化学的、生物学的性質
カリウムはナトリウムと似た性質をもち、化合物は水に溶けやすい。体内に入ると、全身に広く分布する。
カリウムは必須元素の一つである。成人の体内にある量は140g(放射能強度、4,000ベクレル)で、1日の摂取量は3.3gである。生物学的半減期は30日とされている。


==========朝日新聞の記事======
記事2011年12月20日11時5分

 干しシイタケから国の基準値を超す放射性セシウムの検出が相次いでいる。乾燥で重量が減り、1キロあたりのセシウム量がはねあがるためだ。干しシイタケは通常、水で戻して食べるため、産地では検査のやり方に疑問の声も上がる。

 発端は東京電力福島第一原発から約300キロ離れた静岡県伊豆市。10月、販売業者が自主検査した干しシイタケから国の基準値(1キロあたり500ベクレル)の2倍の値が出たと県が発表した。この春に加工したものだった。県の再検査でも超えた。県は原発事故後に加工した伊豆市の干しシイタケの出荷自粛を決めた。

 「こんなに離れたところでまさか、こんなことになるなんて」。同市椎茸(しいたけ)組合の鈴木博美組合長(63)は困惑する。その後の検査で鈴木さんの地区は自粛が解除されたが、今年600キロほど収穫した干しシイタケの4割が売れ残った。

 干しシイタケは、保存性に優れるだけでなく、乾燥によってうまみが濃縮されるため、だしとしても重宝され、この季節、おせち料理の煮しめにも使われる。

 半面、水分がなくなる分、生よりも重さが約10分の1に減る。県は、基準値超えの原因が「乾燥」にあるとみて、水に戻した状態でも測った。干した状態で599ベクレルだったのが、10分の1以下の49ベクレルと基準値内に。水に溶け出したセシウムも23ベクレルだった。県は「食べる状態では健康に問題ない」と呼びかけた。

 その後、検査が広がり、19日現在で同県を含め、神奈川、群馬、栃木、福島の5県で計39件の基準値超過が見つかっている。

 地元の農協は、国に検査方法の変更を求める署名活動を実施し、全国の生産者に賛同を呼びかけた。今月12日には、水で戻して食べる状態にしてからの検査を訴え、厚生労働省と農林水産省に緊急要請をした。
編集者が書いてくれたとおぼしき長い「内容紹介」がアマゾンに出ている。


福島第一原発事故に大きな衝撃を受けた著者は、その後の国や東京電力の対応、そして一般の人々のふるまいに唖然とする。いったい原発で何が起こっているのか、事故はどの程度のものなのか。放射能はどこまで広がったのか。いっこうに情報が出てこない。枝野官房長官は「ただちに影響はありません」を繰り返すばかり。多くの人たちは、放射能がまき散らされたのを知っても、パニックにもならず、以前と変わらぬ生活を送っているように見える。いったいこれはどうしてなんだ!そこから著者が感じたのは、現代日本人と原発との関係は、戦前の日本人と戦争との関係によく似ているということ。勝ち目のない戦争を続け、原爆を投下されてもなお戦争をやめることのできなかった戦前の日本と同様の何かがあるのではないか。そう感じ、そのような視点で日本社会を眺めてみると、そこに共通して浮かび上がってきたのは欺瞞的な言語体系だった。

社会が暴走を始めるとき、きまって言葉の空転が起こるというのは、著者がこれまでの研究で確信していることで、今回の福島第一原発事故でも同様に、欺瞞的な言葉があふれだした。そもそも、欺瞞的言語は、原子力を推進する側が多用してきたものであり、原子力は安全と言い換えられ、事故は起こらないとされ、それを私たちが信じてきた結果、今回の事故が起こったのだ。あれほどの事故後も、その欺瞞的言語は使われ続けた。

その欺瞞的言語体系の代表が「東大話法」である。もう二度とあのような事故を繰り返さないためには、欺瞞的言語と決別しなければならない。そのような問題意識のもとで、著者が欺瞞に満ち溢れたと思われる原発をめぐっての言説を取り上げ、徹底解析。御用学者の発言や東大話法を駆使する池田信夫氏のブログを検証し、欺瞞的言語の悪質性を明らかにするとともに、欺瞞的言語を生みだす日本社会の構造を明らかにする。


「東大話法」とは?

日本社会に蔓延する代表的な欺瞞的言語体系を支える重要な話法の1つ。詳細は規則一覧を参照。最近では、原子力を推進し、大事故が起こってもなお、原発維持を貫こうとする人たち、脱原発指向を小馬鹿にする人たちによく見られる。東大に限定されるわけではないし、東大に関係のない多くの人も使用。ただ、東大という権威を利用すると、その威力は倍増する。
$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩


『原発危機と「東大話法」~傍観者の論理・欺瞞の言語~』が、出版社のHPに出た。

http://www.akashi.co.jp/book/b98895.html

ここに目次が出ていたので、下に転載しておいた。

===========目次==========
 はじめに

 東大話法一覧

第1章 事実からの逃走
 燃焼と核反応と
 魔法のヤカン
 名を正す
 学者による欺瞞の蔓延――経済学の場合
 名を正した学者の系譜
 武谷三男の「がまん量」
 高木仁三郎・市民科学者
 小出裕章と「熊取六人組」
 玄海原発プルサーマル計画をめぐる詭弁との闘い

第2章 香山リカ氏の「小出現象」論
 香山氏の記事の出現
 原発をネットで論じている人々の像
 ニートや引きこもりの「神」
 仮面ライダー・小出裕章
 小出裕章=「ネオむぎ茶」説
 「原発問題=新世紀エヴァンゲリオン」説
 インターネットの意味
 関所資本主義の終焉
 お詫びのフリ
 真理の探求へ
 真理の探求からの逃避
 香山氏はなぜこの文章を書いてしまったのか

第3章 「東大文化」と「東大話法」
 不誠実・バランス感覚・高速事務処理能力
 東大関係者の「東大話法」
 東大工学部の『震災後の工学は何をめざすのか』
 東大原子力の「我が国は」思想
 工学研究の「計画立案」
 東大原子力の中期計画
 東大原子力の野望
 東大原子力の長期計画
 東大原子力文書の東大話法規則による解釈
 傍観者
 池田信夫氏の原発についての見解
 池田信夫氏の「東大話法」
 鈴木篤之氏の「東大話法」
 「東大話法」の一般性

第4章 「役」と「立場」の日本社会
 「東大話法」を見抜くことの意味
 「立場」の歴史
 夏目漱石の「立場」
 沖縄戦死者の「立場」
 日本版プラトニズムとしての「立場」
 職→役→立場
 原子力御用学者の「役」と「立場」
 天下りのための原子力
 福島の人々が逃げない理由

第5章 不条理から解き放たれるために
 原発に反対する人がオカルトに惹かれる理由
 槌田敦のエントロピー論
 化石燃料と原子力
 地球温暖化
 出してはならないもの
 人間活動の生態系
 人間の破壊
 熱力学第二法則と人類の未来
 原子力のオカルト性
 「日本ブランド」の回復へ

 あとがき

$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩


であのあと、大島さんとツイッターでやりとりしたのだが、面白かったので、以下に記録しておく。

anmintei 安冨歩 @ 拙著『原発危機と「東大話法」~傍観者の論理・欺瞞の言葉~』(明石書店)が大島さんの闘いのお役に立てば、嬉しいです。オビ、ありがとうございます!
@kenichioshima 本日ご紹介した、安冨歩先生の本のオビを書くことになりました。12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei
いや、私は闘っている意識はないです。むしろ、真実(だと少なくとも私が考えること)をとにかく誠実に言おうとしているだけです。先生とお話して、ナルホド!と思った次第です。小出先生を本郷たけしに例えるところはわかりやすすぎです。同世代ですね。12月14日

anmintei 安冨歩 @ それこそが最も厳しい闘いだと思うのです。人類社会の悲しいところです。@kenichioshima 私は闘っている意識はないです。むしろ、真実(だと少なくとも私が考えること)をとにかく誠実に言おうとしているだけです。12月14日

anmintei 安冨歩 @ 原発村がショッカーなので、必然的に小出さんや大島さんが仮面ライダーになります。 @kenichioshima 小出先生を本郷たけしに例えるところはわかりやすすぎです。12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei 霞ヶ関や産業界中枢を含め、意外とまともに思って下さる方々もいるような感触を持っております。論理的、合理的に考えれば至極当然ですが。最近、私を取り上げて下さる時「反原発派の」という枕詞がつくことが多いのですが、私はちょっと不思議ですね。宗教でも何でも無いのにと。12月14日

anmintei 安冨歩 @ それは本当にありがたいことです。そういう方々に頑張っていただきたい。@kenichioshima 霞ヶ関や産業界中枢を含め、意外とまともに思って下さる方々もいるような感触を持っております。12月14日

anmintei 安冨歩 @ 仮面ライダー小出裕章は改造人間である!大島堅一も2号ライダーだと思います。 @kenichioshima 小出先生を本郷たけしに例えるところはわかりやすすぎです。12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei え、いちもんじはやと(でしたっけ?)ですか。私は改造人間じゃないです。(ああ古すぎですね。また木屋町あたりで飲みましょう 。 )12月14日

anmintei 安冨歩 @ 一橋大学だって、まぁ、ショッカーの一部ですから。。。いいですね~飲みましょう。@kenichioshima え、いちもんじはやと(でしたっけ?)ですか。私は改造人間じゃないです。(ああ古すぎですね。また木屋町あたりで飲みましょう 。 )12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei そう言えば、東大話法の使い手の方々ではないかも。それにしても、初対面の方々に頑張って下さい、とか、~大臣になって下さいなどと言われるのですが、ええええ?っていう思いなのですよね。安冨先生の本で救われました。12月14日

anmintei 安冨歩 @ これは典型的な<東大話法規則8>の例ですね@kenichioshima
最近、私を取り上げて下さる時「反原発派の」という枕詞がつくことが多いのですが、私はちょっと不思議ですね。宗教でも何でも無いのにと。12月14日

anmintei 安冨歩 @ そういう人を見分けて大切にしましょう!  @kenichioshima そう言えば、東大話法の使い手の方々ではないかも。それにしても、初対面の方々に頑張って下さい、とか、~大臣になって下さいなどと言われるのですが、ええええ?っていう思いなのですよね。安冨先生の本で救われました。12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei 先生の本を読んでいて、東大で、君はどの立場で話しているのかと学生が言われることが多いというのも心から驚きました。学生が可哀想すぎ。私ならそんな馬鹿養成しないです。もったいなさすぎです。私は、君はどう考えるのか?、何にこだわるのか?と師匠に怒られましたし。12月14日

anmintei 安冨歩 @ @kenichioshima 私が修士の中間審査でそういう質問をして、自分の疑問を大切にして、自分で考えるように、と言ったら、指導教官から、「せっかくあそこまで持ってきたのに、余計なことを言って、振り出しに戻さないでください!」と叱られました。12月14日

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei 思考停止するよう指導されるとは。確かにショッカーそのものですね。私なら逃げ出します。12月14日

anmintei 安冨歩 @ 一旦、東大に合格したら、逃げ出すのは大変な勇気がいるので、逃げ出せないのです。 @kenichioshima 思考停止するよう指導されるとは 。確かにショッカーそのものですね。私なら逃げ出します。

kenichioshima 大島堅一 @ @anmintei 何だか気分が悪くなってきました。恐るべきところですね。先生がP4と言っていたのがようやく理解できたような気がします。12月15日

anmintei 安冨歩 @ @kenichioshima いやまったく。ま、いずれにせよ、今の大島さんは、一文字隼人と同じくらい、カッコイイです。「イーッ」とか言って襲ってくる戦闘員を蹴散らし、ショッカーの怪人を次々倒してください。

anmintei 安冨歩 @ これは、ボコボコにやられながら「今日のところはこのくらいで堪忍しといたるわ!」と言う吉本新喜劇の池乃めだかのギャグそのままです@kenichioshima 原子力委員会では、近藤駿介委員長から、私の研究結果は研究とはいえないとか、時間がないから許しておいてやろうなどと言われました12月15日

深尾葉子准教授から、野田総理のヒゲの作品が送られてきた。相変わらず意味がわからないが、このくらいしか、やることを思いつかない。


$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩-大本営発表「原発事故は収束しました!」

大本営発表!「原発事故、収束!!」