幸せって、何だろう。
愛って、何だろう。
人を分かるって、どういうことなんだろう。
そんなことを、よく考えます。
こう書くと、ずいぶん大きなことを考えているように見えるけれど、きっかけはもっと普通のところにあります。
誰かの一言に、なぜか引っかかったとき。「普通はこうするでしょ」と思ったとき。
まだ何も起きていないのに、不安でいっぱいになったとき。人の気持ちが分からなくて、頭の中で何度も答えを探しているとき。
そういう日常の中で、ときどき思うんです。
そもそも、私は何をこんなに当たり前だと思っているんだろう。
考えてみれば、人間はずいぶん昔から、同じようなことを考えてきました。
どう生きればいいのか。
なぜ人は苦しむのか。
幸せとは何なのか。
自分とは何なのか。
心理学や哲学、禅や東洋思想などに触れていると、何百年、何千年も前の人の言葉なのに、
「それ、今の私たちの話じゃないか」
と思うことがあります。
時代はこんなに変わったのに、人間が悩んでいることは、案外それほど変わっていない。私は、そこが面白いと思っています。
でも、昔の人が残した言葉を知って、それをそのまま「答え」にしたいわけではありません。
先人たちの智慧には、今まで見えていなかったものを見るための、たくさんの手がかりがあります。一方で、実際に生きてみなければ分からないこともある。
本を読んでいるとき。
誰かとぶつかったとき。
何かを失ったとき。
どうしようもなく不安になったとき。
何でもない日常を過ごしているとき。
その間を行ったり来たりしていると、今まで疑いもしなかったことが、急に不思議に見えることがあります。
「あれ。これって本当にそうなんだろうか」
私は、この瞬間が結構好きです。
答えが出たからではありません。むしろ、それまで答えだと思っていたものに、小さな隙間ができる。
ずっと見慣れていたものが、ほんの少し違って見える。
「幸せになりたい」
その幸せって、何だろう。
「愛されたい」
愛されるって、どういうことなんだろう。
「普通はこうする」
その普通って、どこから来たんだろう。
ひとつ見てみると、また別のところが気になってくる。
幸せや愛のことを書く日もあれば、不安や人間関係、恋愛について考える日もあると思います。
そして、ときには、ずっと外側のことを考えていたはずなのに、いつの間にか自分自身のところへ戻ってくることもある。
心理学や哲学、禅や東洋思想など、先人たちが残してくれた智慧にも触れながら、実際に生きている日常の中で確かめてみたいと思っています。
何かを信じてもらうためでも、正しい生き方を教えるためでもありません。
私自身、分かったと思ったあとで、また立ち止まります。昨日まで何とも思わなかったことが、今日は妙に気になることもある。
それなら、それを見てみればいい。
誰でも知っているようなことの中に、まだ見ていないものがあるかもしれない。
ここでは、そんなものを拾っていこうと思います。
見慣れたものを、もう一度。
まずは、私がどうしてこんなことを考えるようになったのか。
次は、そこから書いてみようと思います。
短い動画でも、同じテーマを綴っています。