幸せになりたい、とあまり思ったことがありませんでした。
私は、普通になりたかった。
振り返ると、幼い頃から「どうしてこんなことばかり起きるんだろう」と思うことが多かった気がします。
何かひとつではなくて、いろんなことが重なって、気づけば苦しいことが珍しくなくなっていた。
周りを見ると、みんなは普通に暮らしているように見える。
もちろん、悩みがないわけじゃない。それでも、私とはどこか違うように見えていました。
普通に笑って、普通に悩んで、またいつもの日常に戻っていく。
私も、そっち側に行きたかった。
いつからか、起きることだけじゃなく、自分自身まで「普通じゃない」と思うようになっていました。
どうして私はこんなに苦しくなるんだろう。
どうして、もっと普通に生きられないんだろう。
だから、いろんなものを探しました。
心理学や哲学、禅や東洋の思想。
最初からそんなものに興味があったわけではありません。ただ、苦しさから抜ける方法を知りたかった。
読んでいると、「ああ、そういうことだったのか」と思うことがありました。
ずっと自分の中で絡まっていたものに、初めて言葉が与えられたように感じることもあった。
本で読んだ言葉が、ずっとあとになって、自分の体験と突然つながることもありました。
それまでとは違う見方ができるようになって、少し楽になったこともあります。
そうやって少しずつ、確かに変わったものがあります。
苦しさが全部なくなったわけじゃない。
人生に何も起こらなくなったわけでもない。
それでも、昔の私と今の私では、同じものを見ても、見えているものが少し違う。
そして不思議なことに、見えるものが増えるほど、それまで何とも思わなかったことが気になるようになりました。
幸せって、何だろう。
人を分かるって、どういうことなんだろう。
「こうするのが普通」と思っている、その普通はどこから来たんだろう。
一度「そういうことか」と思ったことも、しばらくすると別のところが気になってくる。
答えだと思ったところにも、まだ見るものがあった。
だから、このnoteを書いてみようと思いました。
何かの正解を教えるためじゃなく、今まで当たり前すぎて通り過ぎていたものを、もう一度見てみるために。
先人たちが残してくれた智慧と、実際に生きている自分の間を行ったり来たりしながら、考えてみたい。
昔の私は、普通になりたかった。
今は、その「普通」という言葉さえ、ときどき立ち止まって見るようになりました。
あれほどなりたかった「普通」を、今になって見直している。
なんだか、不思議なものです。
短い動画でも、同じテーマを綴っています。