ネタバレあり

まだまだ続く二・二六事件マイブーム。

1962年のモノクロ映画ですが、これがもう圧倒的に面白い！　

思わず二度続けざまに観てしまいました。

今までは決起部隊視点の映画でしたが、今回は、襲撃される側の視点となります。自分としてはこっちの方が是非知りたい所でした。というのも、殺される側の視点にたったらこんな怖い事件はありません。

五社英雄監督の『226』で内閣総理大臣の岡田啓介が、義弟で秘書官を務めていた松尾伝蔵が身代わりになったことで助かったというエピソードを知ったのですが、この映画は、その岡田首相が決起隊に占拠された首相官邸を脱出するまでの物語です。

『226』を観たときは、簡単に脱出できたのだと思っていたのですが、この映画を観て、まさかこんな大変な救出劇だったとは思いもよらなかったです。

いや、最後に救出されるとわかっていても終始アドレナリン全開で、この映画を見終わった後は眠れなくなるほどでした。

こんなドキドキ感は『アルゴ』以来かも。

決起部隊が首相官邸を襲うシーンは、警備員が殺されていく様がなんだか胸が痛かったです。記録ではここで警察官四名と陸軍歩兵大佐が殺されたようですが、映画はなんだかそれ以上の人数が殺されていたような。

『動乱』では決起部隊だった高倉健が、この映画では憲兵隊班長という役柄。

モデルになったのが、この映画の原作者であり、元憲兵隊の小坂慶助。救出作戦に実際に携わった人間の回顧録なので、おそらく映画の救出劇はほぼ史実通りと思われます。

いやー、私、憲兵隊にはあまりいい印象がなくて、なんか政治犯を捕まえて拷問するみたいな怖い存在というイメージだったのですが、この映画における憲兵隊は高倉健が演じていることもあって、実に頼もしくて、格好良かったです。

陸軍の中にも決起部隊を支援している黒幕がいる恐れがあり、憲兵隊としてもその立ち位置が微妙だったことから、首相存命を知りながら、見殺しにする方向になっていた所を、人名を救うという正義感から僅か3名だけが行動に移すという展開がしびれます。

実際小坂慶助は首相救出後、皇道派に同調していた憲兵将校に非難されたり、褒賞面で冷遇されたりしていたようです。そんな風に己の立場を悪くする可能性がありながら、あくまで己の職務を全うする姿は感動さえ覚えます。

映画では、岡田啓介と松尾伝蔵が似た雰囲気の俳優を使っていましたが、実際のふたりの写真を見ると、そこまで似ていません。また、松尾伝蔵が自ら「首相である」と名乗って庭で殺されたように描かれていましたが、実際は日本間にいるところを狙撃されて殺されたようです。

顔面が損傷したことと、兵隊によって首相の写真に大きなヒビが入っていたこと、また、決起部隊が官邸に同じような老人がいることを想定していなかったために、首相と誤認されたという経緯があったようです。

岡田首相自体は、こんな状況にありながら押し入れで鼾を掻いて寝てたと言うのですから、これくらい神経が太くないと、こんな動乱の時代に首相など務まらないものだなーと感じました。もっとも、事件後は、傷心ぶりが激しく、昭和天皇が自決するのではないかと危惧したとか。

ちなみに、女中部屋にかくまわれていた岡田首相ですが、ほぼ丸一日以上押し入れにいて、トイレはどうしたのだろうという最大の疑問が残ります。女中が密かに処分してたのかな？？？

勅令が出ると、生ける屍と化してしまうので、その前に救出しなければならないという時間的リミットもはらはらの要因です。

正直、勅令が出るとはどういうことなのかよくわからなかったのですが、おそらく死亡認定されてしまうということなのかなーと言う感じですね。

岡田首相の娘婿で書記官長でもある速水が、ちょっとダンディないい男と思ったら、三國連太郎だったのですね。若いころはこんなにダンディだったのね。なんだかかなりいい感じでした。速水が方々に助けを求めても、皆保身から動いてくれないという、このあたりの皇室と軍隊の難しい力関係が垣間見えて興味深かったです。

サニー千葉こと千葉真一も官邸で首相を発見する憲兵隊という端役ながら出演。若い。とにかく若い。なんか若いころはちょっと小島よしお風味あります。

岡田首相が実は生きているのではないかという決起部隊の兵士の疑惑が、余計にこの映画をはらはらさせるのですが、きっとこのあたりは映画上のフィクションかなーと思います。

また、二・二六事件というと、真っ先に出てくる決起部隊の写真にある栗原中尉が、この首相官邸襲撃を仕切っている訳ですが、最後の最後で、女中の泣き声にほだされたのか、もはやここまで来て首相が別人とわかったところでと思ったのか、何故か徹底的に首相の遺体が本人であるかどうかを追求しませんでした。

このあたりの展開も、フィクションかもしれませんが、最後に首相が生きていたというラジオを聞いた時の栗原中尉の胸中が気になります。

実は最近、原宿にある二・二六事件慰霊像を見たのです。

自分にとってはどこか遠い出来事だった二・二六事件ですが、色々知るにつれて、その時代の背景や空気感などが、やっとわかってきた感じです。

また、こうして慰霊碑を観ると、歴史の教科書では味わうことの出来ない、確かな現実という実感が伴います。

二・二六事件 脱出

二・二六事件脱出