ネタバレあり
五・一五事件、二・二六事件、歴史の教科書の中でも近代史はさらりと流されてしまうので、いまいちどういう事件なのかぴんとこないまま、なんとなく知ったような気分でここまで来てしまいました。
なんで、今頃になって、どういう事件だったのかきちんと知ろうと言う気持ちから、この映画を観ることに。
公開当時、テレビでCMもよく流れていましたが、当時は少し気になりつつもスルーしてしまいました。
改めて、監督五社英雄だったんだなーとか、こんなにオールスターキャストだったんだーとか、驚きを感じます。
以前、江戸東京たてもの園で二・二六事件で暗殺された高橋是清の移築された邸宅を観て、その暗殺現場となった部屋も観たのですが、じゃあ、具体邸に高橋是清が何をした人なのか、どうして暗殺の対象になったのかはいまいちわかりませんでした。
この映画においても、殺された重臣たちが、何故殺されるのかはいまいちわかりません。
何しろのっけから、いきなり暗殺がはじまるので、殺される側の人物像がまるでわからないのです。
最初に説明しているように、社会情勢の不安や、農村困窮の要因によるフラストレーションがクーデターの引き金となったのはわかるのですが、二・二六事件を調べると、wikiには「陸軍では統制派と皇道派の思想が対立し、また、海軍では艦隊派と条約派が対立」とあるように、背景にはまだ色々あるようです。
また、「長の陸軍」「薩の海軍」と、薩長の因縁もあるようで、単純明快という話しではないようです。
さすがに五社英雄なんで、画は綺麗でした。いつものエロティシズムもなく、硬派な出来です。
でもちょっとセンチメンタリズムに流され過ぎかなーという感じもします。それに、なんとなく決起部隊の将校の家族描写よりは、暗殺された重臣たちの家族描写などの方が観ていて辛かったです。
映画としては暗殺後の描写がどうにも淡々とし過ぎちゃって、ドラマとしても盛り上がりに欠けます。
1989年の公開当時は、まだ昭和天皇の姿を描く事が憚られたのか、天皇は姿を見せることなく終わるし、天皇、陸軍上層部、決起部隊、海軍陸戦隊との駆け引きや緊張感など、もっと盛り上げる要素があったとは思うのですが、なんとなく淡々と終わってしまった感じです。
ドキュメンタリータッチといえばドキュメンタリータッチなんでしょうが、描き足りてないというか。
竹中直人は磯部浅一になんとなく似ています。
三浦友和演じる安藤輝三は、映画では兵士に「吾等の六中隊」を合唱させ、ピストル自殺をするところで終わりますが、史実ではこれは自殺未遂に終わり、最終的には軍法会議で死刑執行となります。自殺は未遂に終わるけど、結局銃殺されてしまったんですね。
映画では、三浦友和がやたらまわりに「死ぬなよ」「死ぬなよ」と、まるで「押すなよ」「押すなよ」の前振りみたいに、フラグたちまくりの、そのたびに三浦友和は「死なない」「死なない」と言ってるのに、結局自殺するんかい!って感じではありました。
加藤昌也演じる坂井直は部隊を解散し、最後に中尉殿に敬礼と号令がかかりますが、部下は誰も敬礼しなかったの何故なんでしょうね?
中途半端に解散させられたから不満だったのでしょうか?
とりあえず、この映画だけでは、相変わらず事件の全貌がよくわからなかったので、2019年に放映されたNHKスペシャル『全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る~』を観ました。
映画でも描かれていましたが、暗殺の直後、最初は陸軍の上層部川島陸軍大臣も決起部隊を支持するような発言をしています。
決起部隊の目的は天皇を中心とする軍事政権でした。
昭和天皇は当時34歳ですが、決起部隊の「昭和維新の実現」という訴えに激怒し、「近衛師団を率いて鎮圧するも辞さず」との意向を示します。このあたりは半藤一利・能條純一の『昭和天皇物語』でも描かれています。
しかし、実際、天皇は、海軍が決起部隊に加わる可能性を懸念しており、気持ちが揺れていたようです。そこで軍人皇族の代表であり、海軍の伏見宮に相談し、伏見宮に海軍が決起部隊に加わることはないと断言されたことで、陸軍決起部隊の鎮圧方針を固めたそうです。
実際のところ、海軍内部にも決起部隊を支持する者がいたようで、決起部隊から海軍に働きかける動きもあったようです。
天皇が下手に動けば、逆に自分が排除され、海軍の伏見宮や陸軍との関係が深い弟の秩父宮を軍部が天皇として祭り上げる恐れがあったということで、昭和天皇自身も一つ間違えば危うい立場に立たされるという危険があったようです。
天皇さえも身が危ないという、このあたりの政治的な駆け引きの恐ろしさを感じます。
とりあえず、海軍が後ろ盾となることで、天皇は強い姿勢で決起部隊の鎮圧に乗り出すことができたようです。
海軍陸戦隊が決起部隊の鎮圧に乗り出し、まかり間違えば市街戦なる恐れもあったようで、大変な緊張感に包まれていたようです。
岡田為次海軍中佐は決起部隊と対面し、彼らから情報を引き出すためにのらくらと時間を稼ぎ、陸軍の上層部は決起部隊を説得することで事態を収束できると考えていましたが、できなければ容赦なく切り捨てる構えでした。ああ、無情。
事件三日目で天皇の奉勅命令が出され、決定的に決起部隊の行動は天皇の意思に反する物となります。
陸軍上層部は奉勅命令を伝えずにいたのですが、決起部隊は独自に奉勅命令が出された事を知り、反逆者となった事を知ります。
天皇には反逆者と見なされ、陸軍上層部に見放され、海軍とも決裂し、まさに絶望状態です。
いよいよ決起部隊の鎮圧に乗り出す陸軍と陸戦隊。
陸軍近衛師団(天皇の警護の陸軍部隊)、山下誠一大尉は磯部浅一と親しい間柄で磯部浅一は天皇の本心を聞きたいと面会します。
しかし、磯部は天皇を守る近衛師団に銃口は向けられないいとしつつも、自分たちを鎮圧するなら反撃すると、二人の溝は深まっていったようです。
本計画は10年来熟考したもので昭和維新を決行するため撤退は出来ないと言うのです。
いや、10年来も熟考してたんですね。
決起部隊を支持する市民もいたようで、当時の社会不安や生活不安から何かに期待し救われたかったのでしょうね。
四日目、陸軍ついに鎮圧に動き出し、一触即発の状態だった鎮圧隊と決起部隊。
兵士の多くは事前に詳細を知らされないままに上官の命令に従っていましたが、ここで自分たちが反乱軍となったことを知ります。
NHKスペシャルでは鎮圧隊と陸戦隊に所属していた元兵士の証言が見られるます。
どちらも100歳を超えていますが、記憶も口調もしっかりしています。
ついに決起部隊は次々降伏。
最後まで抵抗した決起部隊が山王ホテルの安藤大尉の部隊と言う訳です。
このあたりの流れはNHKスペシャルの方が映画よりずっと緊迫感があり、映画もこのような緊迫感を描けたらもっと面白い映画になったのになーと感じます。
最終的には弁護人なし、非公開、一審のみの暗黒裁判と呼ばれた軍法会議により、決起部隊の青年将校、思想家など首謀者19名は銃殺刑となります。
事件は鎮圧されましたが、その後も事件への恐怖心を利用して軍部が政治に関与するようになり、政治家も財界人も二・二六事件の恐怖心で陸軍に抵抗する気力を失ってしまいます。
一時は、軍部に軽視されながらも昭和天皇は自分の立場を守り、さらに神格化が進みます。
こうして天皇の高まった権威を利用して軍部が天皇を頂点とする軍国主義を推し進めていきます。
つまり、結果的に決起部隊が目指した天皇を頂点とする軍事政権、軍国主義が達成した事になるのです。
そして二・二六事件からわずか9年後、日本は戦争に突き進み、壊滅的な敗戦を迎えます。
昭和天皇が忘れられない出来事ふたつあげています。
ひとつは二・二六事件。
もうひとつは終戦の時の自らの決断。
それほどに二・二六事件は日本の歴史を大きく転換させた事件だったんですね。
晩年昭和天皇は二・二六事件の日をつつしみの日として静かに過ごしたそうです。
83年の時を経て蘇った最高機密文書によると、そのうちの極秘文書で海軍は事件の七日前、二・二六事件の首謀者と殺される重臣の情報があらかじめわかっていたようです。そしてこの期に乗じて国家改造計画を断行とか。陰謀論ではないけど、これは軍部が結託して用意周到に計画されたクーデターだったのではないかと言う気がしてきますね。
NHKスペシャルでいくらかは補完できましたが、まだまだ、二・二六事件の全貌はわかりません。
原宿には二・二六事件の慰霊碑像が建っているようです。
国を憂いた愛国者なのか、はたまた反逆者なのか、軍部の踏み台だったのか、彼らの死は一部には感傷的に捉えられているようにも感じます。
しかし、このような暗殺や暴力で国を支配しようとする動きはやはり恐ろしいですね。
映画では触れられていませんが、この暗殺から辛うじて一命をとりとめた鈴木貫太郎はのちの終戦に大きく貢献します。二・二六事件で、一度は軍部により命を落としかけた鈴木貫太郎が、政治家も財界人も陸軍に抵抗する力を失った中、再び命を危険を冒して終戦の為に力を尽くす(実際宮城事件ではまたもや命の危機にさらされている)、その勇気になんだか改めて感動を覚えます。
彼が最後に残した言葉「永遠の平和、永遠の平和」と言う願い通り、どうか、日本が末永く平和でいられるよう、祈るばかりです。