ネタバレあり
勢い、塚本晋也監督版も観てみた。
市川崑監督版は実は日本国内で撮影されたものらしいのだが、塚本晋也監督はフィリピン・ミンダナオ島でロケをしたようだ。
おかげで南国の島感が出ていたし『シン・レッド・ライン』同様、戦争と自然と対比するように、自然描写は美しく撮られている。
もっとも市川崑監督版も観ている時は国内で撮られてるとは気づかなかった。
とにかく、塚本監督自ら主演を演じるくらい気合いが入っている。
監督はこの作品の何にそんなに惹かれたんだろうか?
物語は市川版と流れはほぼ同じ。主人公がちょいちょい咳き込むので、市川監督の映画より肺病感は出ていた。
ただ、やっぱり、俳優に戦時中の空気が感じられない。
これは『日本のいちばん長い日』と同様、戦後間もないまだ戦時中の空気感が残っている時代に撮られたものと、そこから70年以上過ぎた現代では、どうしてもリアリティが違う。特に冒頭の上官が塚本版の方だと全然当時の上官の雰囲気が感じられなくて、のっけからつまずく感じだ。
市川監督の作品ではあまり描かれなかった残酷描写は、この映画ではまるでそこが見せ場と言わんばかりに描かれる。だからと言って悲惨さがより表現出来ているとか、リアリティが増すかと言うとそういうもんでもなく、若干やり過ぎ感があって、逆に嘘くさく感じてしまう瞬間もある。なんというか、やっぱり『鉄男』の監督だなーという気分になるというか。
とりあえず、良くも悪くも刺激的な場面が多いし、物語はわかりやすく簡潔でテンポも早いので、市川版より眠くはならず、さくさくと観られる感じではあるので、見やすさと言う意味ではこちらの方が見やすいかもしれない。特に冒頭の部隊と病院を行ったり来たりする描写はすんなり入ってくる感じ。主人公のモノローグも多いので、状況説明もわかりやすいし、現地の人間との会話でも字幕があるので、何を話しているのかがわかりやすい。市川版は一切そのあたりの説明がないので雰囲気で察する感じ。でも、それはそれで悪くなかったけどね。
あと、感情表現も塚本版はわかりやすく描いている。市川版はどこか感覚が麻痺したような無感情な空気が流れているので、主人公の心情がわかりにくくはある。ただ、こんな状況にあったら人は感情が麻痺していくんだろうなーという意味では、市川版はリアルに思えた。
市川版では主人公は人肉を食べなかったが、塚本版ではそれとは知らず主人公が人肉を口にする。
このシーンに関してはやはり食べてしまう方が自然かなーという気はする。というか、割とこの食べてしまったということが要じゃないのかなーという気もする。主人公がある種の一線を越えた瞬間って言うかねー。その点市川版はちょっと日和ったかなーという気はする。
しかし、最終的に心に残るのはやっぱり市川版だなー。
と言うのもやっぱり映画って言うのはラストが肝心で、間の過程はともかくラスト次第で凡作にも傑作にもなる場合がある。
市川版のラストは完璧だった。それまでの長々と続く鬱屈した描写も、このラストをより効果的に見せる上で必要だったんだなーと思えるほどに。
対して塚本版のラストはだらだらとして締まらない感じ。なんとなく間延びして蛇足のようにも思える。つまり心に刺さるものがなかった。
原作のあらすじを読んでみたのだが、結末に関してはそれぞれ違うようだ。
原作においては主人公は精神病院に入り、妻が主治医と浮気しているという救われないもので、そもそも原作はキリスト教的神の宗教観を一人称という形で描いているので、あらすじを読んで「あの場面はそういう心情だったのか」と知る感じではある。つまり主人公の独白という性質上、映像化がちょっと難しい作品という印象だ。しかも市川版も塚本版も宗教的バックグラウンドは殆ど描いていないので、原作で描かれている心情は余計にわかりにくいものとなっている。
塚本版がラストで描いた、主人公が食事をするときの奇妙な行動も映画からはいまいち意味が伝わってこないのだが、原作のあらすじを読んで、かつて命があった食物に頭を下げわびる行為を表現していることがわかった次第だ。
とにかく原作の結末を原作通りに描くと、宗教観を抜きにしてはなかなかわかりにくいもので、そのあたりはキリスト教的宗教観のない観客にも市川版は非常にわかりやすい形で落とし込んでいて見事だなーと思う。原作や塚本版のように日本に帰る描写もなく、あの島で完結したことも、作品がシンプルにまとまった感じがする。
なんだか塚本版下げの、市川版上げみたいな感想になってしまったのだが、とりあえず塚本版の方がカラー作品だし見やすいのは事実で、グロテスク描写がエグすぎるけど、一般的に入りやすいのはこちらかもしれないとは思う。両方ともあらすじと言う意味では、表現方法やラストの違いはあっても、大きな違いがあるわけではない。
ただ、自分がおすすめしたいのはやっぱり市川版かなー。