※ネタバレあり

 

中学の時にさだまさし『防人の詩』の歌を全校生徒で歌わされた記憶があるのだが、なんとも陰気な歌だなーという印象。

 

その『防人の詩』を挿入歌に東映で製作されたこの映画は、公開当時右よりの作品として批判を浴びたが、実際観ると、軍国賛美とか戦争賛美という印象はない。これを観て、戦争や軍国が素晴らしいと思う人が果たしているのだろうか。私はただ戦争の空しさしか感じなかったのだが。

 

日露戦争は日本が勝利した戦争として持ち上げられることもあるが、局地的な戦いには勝利したものの、全面戦争で戦う力はなく、実際はアメリカの仲介で講和に持ち込むのが精一杯。ロシアもまた、一部の戦いには負けたものの、全面的に屈服することなどあり得ず、故に賠償金を支払ってない。

日本はこの戦争で膨大な借金をかかえ、その負債が1986年にまで及ぶ。

実際のところ、この戦争で日本が得をしたことがあるのかは謎(様々な権利は得たようだが)。戦わなければロシアに植民地化される恐れはあったのかもしれないが、金貸しに仕組まれたという見解もあるようで、日露戦争の是非についてはよくわからないと言ったところ。

 

物語は旅順攻略戦の指揮をとった乃木希典を中心に描かれるが、演じる仲代達也が大きな目をうるうるさせながら、ふたりの息子の死や、多くの兵士の犠牲に胸を痛める乃木大将の繊細な感情を演じている。

史実にはない明治天皇の前で泣き崩れる演出はいささか感傷的過ぎる気はするが、乃木希典はこの戦争の犠牲には相当自責の念があったようで、日本に帰ることもためらい、天皇に責任をとって自刃したいと申し出たそうで、天皇に自分が世を去った後にせよと言うような説得をされているらしい。

実際、彼は天皇崩御後、殉死として妻と共に自刃する。腹を十字に切り、自ら剣先を当て、自害したというのだから、その責任感は相当のものだったのだろう。

このように、乃木希典は旅順攻略に成功し、国民からは歓迎のムードで迎え入れながら、結末はなんとももの悲しいものである。

 

もうひとりの主役があおい輝彦演じる民間人小賀武志。

金沢の教師で、ロシア文学を学び、ロシア聖教会にも通っている。(おっと、ニコライ堂ではないか!)

戦地に赴くまでは「美しい日本、美しいロシア」と子供達に教え、戦場で死にかけたロシア人に殺せと言われても殺すことをためらっていた彼が、やがてロシア人に憎悪を抱き、軍規に背いてロシア人捕虜を殺そうとしたり、ロシア人の兵士とタイマンで殺し合いするまでに変貌する。

彼の婚約者演じる夏目雅子も反戦を訴え、同じくロシアを愛する女性であったが、小賀の死を知って再び「美しい日本、美しいロシア」と言う文字を黒板に書こうとするものの、「ロ」から先が書けなくなってしまうのだ。

このように他国に対する友好的感情さえもが戦争の前に踏みにじられてしまう。

 

ロシアの旅順要塞は攻略不可能ではと思えるようは堅固さで、実際日本兵はただただ突き進み、全滅していくという、歩兵の命がなんと軽く扱われることか。

もともと上層部は武家の出であり、彼らからしたら庶民はそれこそ捨て駒程度の感覚だったのかもしれない。映画の上層部の台詞でも「死人の数が想定してたより一桁多い」と軽い感じで語られる。

累々と転がる死体の山は、どこか昆虫の戦いのようにもみえる。人間にも昆虫のような戦闘的本能が宿っているのかなーという気分だ。

そして、中間と最後で流れる『防人の詩』が、感傷を煽り過ぎてる気がしてちょっと微妙。

子供達が無邪気に戦争ごっこに興じる先に、戦死した遺族の列が続く描写は印象的。

 

まだ武士道や騎士道が残されていた時代ということもあって、24時間の休戦協定の最中には、互いに酒や煙草を交換したり、のどかな風景があったりする。それでも24時間過ぎれば再び殺し合いをしなければならない。なんと奇妙なことだろう。

途中で、弾切れを起こした日本人に、間もなく子供が産まれると言うロシア人が酒を渡すシーンでは、一緒に缶詰を渡そうとして、手榴弾と誤解された為に日本兵に撃ち殺され、そこから殺し合いになるあたりも実にやるせないものがある。

ロシア兵が「ママ、僕に力を」と言いながら戦う様は、互いに愛する家族のいる者どうしが殺し合う悲しさを感じさせる。

ロシア兵がカリンカを歌いながらコサックダンスを踊る様はいかにもな描写。

 

日本兵は「天皇陛下ばんざい」「お母さん」と叫びながら死んでいく。これは太平洋戦争でも一緒だと思うが、大儀のために死んでいくことを慰めとする者と、もっと身近な存在を思って死ぬ者と二分される。

ある種、「●●のために」と言う言葉は己のモティベーションを保つ上で有効であり、何かの、誰かのためにという言葉は崇高とされる。国のため、天皇のため、仲間のため、家族のため、愛する人のため、●●に入るのは個々の好みによるものかもしれない。

まあ、この●●のためにというのは諸刃の剣という感じもするのだが。

 

旅順の戦いがどこまで史実に沿って再現されているのかわからないが、小銃、軍服には時代考証的な間違いがあるらしい。

しかし、シナリオの正確性を期すために、当時の軍人を監修におくなど、ある程度戦場での出来事は史実に近いものなのかもしれない。

最終的に旅順を攻略出来たのは、丹波哲郎演じる児玉源太郎の戦略あってことのように描かれていたが、このあたりも実は彼の介入は大きなものではなかったという見解があるようだ。

 

15億円の制作費をかけて撮った映画だけあって、戦場のシーンはなかなかの迫力があった。

 

それにしても森繁久彌伊藤博文ははまりすぎだ。