厳密には映画ではないのですが、ユニバーサル・シネマ・コレクションとして2011年9月に行われたオーストラリア公演のDVD化したものです。
言わずと知れたアンドリュー・ロイド=ウェバー『オペラ座の怪人』の続編で、今回もアンドリュー・ロイド=ウェバー自ら製作、音楽、脚本も手がけております。
ミュージカルを観る前からサントラを入手して聴きこんでいたのですが、さすがはアンドリュー・ロイド=ウェバーというか、『オペラ座の怪人』にはかなわないまでも、素晴らしいスコアだったので本編を観るのを楽しみにしていたのです。
去年は怪人は市村正親鹿賀丈史のダブルキャスト、クリスティーヌは濱田めぐみ平原綾香のダブルキャストという日本公演もありましたが、ぼやぼやしてたら見逃してしまい痛恨です。
幸いオーストラリア公演のBlu-Rayが安価になっていたので購入して観ることができました。

もともと、次代の怪人と歌姫と言われるラミン・カリムルーシエラ・ボーゲスによって2010年にロンドンで初演されたものなのですが、何故オリジナルキャストである彼らの公演ではなく、オーストラリア公演の方がDVD化されたのか、おそらくそれはオーストラリア公演の方が出来が良かったからなのでしょう。
演出家のサイモン・フィリップスの手腕もあり、当初微妙な評価だった続編がそれなりに観られるものに完成度があがったものと思われます。
とにかく舞台セットの絢爛さは素晴らしいです。舞台は『オペラ座の怪人』から10年後、リゾートして繁栄の最中にあるマンハッタン、コニーアイランド。ヨーロピアンのムードからアメリカンな雰囲気へと代わり、オペラではなく、ショーといった趣。デビッド・リンチを思わせるサーカスや見せ物小屋の描写など、怪奇ファンタジーっぽい雰囲気が最高です。
音楽も聴き混んでいるので耳なじみもあり、実際俳優が歌っている姿も感動的で、ミュージカルとしての出来は決して悪くありません。

ここからネタバレ

このミュージカルで一番好きなナンバー"The Beauty Underneath" などはシーン共にこの舞台で最も魅力的な見せ場となっているのですが、観ようによってはこの場面はまるでコントです。
怪人が息子と対面し、互いに親子だと知らない状況で意気投合するというものなんですが、息子はフリークたちの姿を美しいと感じる感性の持ち主で、怪人は「この子なら私の真実の姿を見せても受け入れてくれそうだ」という期待ががんがん高まります。音楽もここだけ突出してロック調です。もともと『オペラ座の怪人』で最初に怪人を演じたマイケル・クロフォードは幽霊のような声で、いかにも怪奇なイメージでしたが、ジョエル・シュマッカー監督の映画『オペラ座の怪人』で怪人を演じたジェラルド・バトラーが完全にロックのイメージだったので続編の怪人はそっちのイメージに引っ張られた感はあります。
で、もうロックな曲調の中、息子であるグスタフは父親である怪人の言葉にいちいち共感し「YES!」とか「YEAH!」とかどんどんテンションが高まり、いよいよ最高潮に達してここぞとばかりに怪人が仮面を脱いだら「きゃー!」と言う甲高い悲鳴と共にグスタフが逃げ出しちゃうんですよ。
いやいや、この展開はあまりに怪人が気の毒過ぎるというか、グスタフ、さんざん盛り上がって置いてその反応かい!とあまりにひどすぎて笑えてしまうんですよね。

とにかく音楽とセットは素晴らしいのに、このミュージカルを微妙な評価にしてしまうのは、すべてそのストーリーにあると言っても過言ではありません。
それはもう、やっすいメロドラマみたいなお話ですよ。

続編とは言うものの、ガストン・ルルー原作の『オペラ座の怪人』とは無関係というか、原作とされるフレデリック・フォーサイスの小説『マンハッタンの怪人』も本作の製作のためにロイド=ウェバーが執筆を依頼したものなのです。言ってしまえば二次創作みたいなもんですよ。
ミュージカル『オペラ座の怪人』はもともとアンドリュー・ロイド=ウェバーが歌姫サラ・ブライトマンの為に書いた作品と言われています。映画館で上映された『オペラ座の怪人 25周年記念公演 in ロンドン』を観た際も、公演の後に登場したアンドリューは離婚した元嫁サラにまだ未練たらたらの様子で、隙あらば彼女の手を握り「僕の歌姫」と呼びかけ、自らを怪人とさえ言っていました。
つまり、アンドリューは完全に自分と怪人を重ね合わせているのです。
その彼が作り上げた『ラヴ・ネヴァー・ダイズ』は悲恋で終わった怪人の救済に終始されます。怪人救済の為のストーリーなので、実はクリスティーヌと怪人が出来ていて、グスタフという子供まで生まれていたという、とんでも展開が起こり得る訳ですよ。当然怪人の恋敵だったラウルも賭博で身を持ち崩した駄目男に転落です。このわかりやすさも笑えてきますね。
もともと『オペラ座の怪人』のクリスティーヌと怪人の関係は、少なくともクリスティーヌにとっては怪人は父親的存在であり、師匠であり、彼女が怪人に注ぐ愛は神の愛に近い慈愛だったので、ふたりが男女の関係になるというはあり得ないですが、もうアンドリューにとっては自分の分身である怪人は実は歌姫に男としても愛され、愛の結晶を儲けていたという己の願望を満たすための素材に過ぎません。
そもそも『オペラ座の怪人』はオペラ座に潜むゴーストのような存在であり、時に人をも殺める恐ろしい殺人鬼なのですが、そんな毒気はすっかり抜け、ただ一途にクリスティーヌを愛する才能溢れる作曲家というポジションだけに収まってましたからね。

怪人とラウルがクリスティーヌが歌を歌うかどうか賭るあたりも、ライバルさえも俺様の音楽という才能の前には完敗するのだと言わんばかりです。このミュージカルのハイライトである、クリスティーヌの"Love Never Dies"も、アンドリューの歌姫に対する渾身の愛をこめた名曲ですが、もう、お話がこの歌一曲だけに集中してる感がありますね。
ちなみに今年『濱田めぐみ20周年記念コンサート SPECIAL ENCORE』に行ったのですが、その中で濱田めぐみの『ラブ・ネバー・ダイ』公演初日にアンドリューが訪れ、彼女が歌う"Love Never Dies"を立ち上がって聴き入っていたと言います。ホント、この人は根っからの歌姫好きですね。

結末に至ってはさすがに怪人がクリスティーヌを略奪してめでたしめでたしはあり得ないと思ったのか、ちゃっかりクリスティーヌを殺してその愛を永遠のものにし、その愛の結晶である息子に受け入れられるというものになっています。
どうしようもないくそメロドラマではりますが、最後に息子が怪人の仮面に触れる場面はちょっと感動してしまいましたね。ラストは悪くありません。

この物語で一番気の毒なのはなんといってもマダム・ジリーとメグ母娘ですね。献身的に怪人に尽くした挙げ句、「それには感謝してるけど、君はクリスティーヌほどの才能ないから」とズバリと言われてどん底にたたき落とされる、報われない話です。
ホント怪人は女心のわからん男でございます。
そんなラウルと違う意味での駄目男のとばっちりを受けて、流れ弾があたって死ぬクリスティーヌも気の毒っちゃー気の毒だけど、自分から怪人をふって、イケメン金持ち男を選んでおきながら、あたかも「あなたが私を見捨てた」と怪人を責める自己中っぷりですし、なんちゅーかどっちもどっちです。
いや、これはすべてアンドリューの願望なんでしょうがないんですけどね。こんだけやりたい放題の作品を作れたというのはある意味幸せなことでございましょう。

とにかく、ホント舞台セットと音楽、これだけでも見応えはあるので、ミュージカルとしてのクオリティは高いと思うし、ストーリーのしょーもなさはこの際お笑いと思って観ればそれはそれで楽しいですよ。