私は「普通の会話」がしたかったらしい。 | アネモネ・カフェ1号店★徒然ブログ(時々フランス語(*^^*))

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パリとカフェが大好き。
その2つが重なってフランス語学習しています。
フランス語学習を通して、日本人が語学を身につけていく脳の段階を研究してます。そして夢を叶える見えない脳のしくみも(^o^)。

アネモネです。






会食を待つ間、
近くのミスドに席を確保して、
三時間もいた。






フランス語の旅行会話の学習もはかどり、
けっこういい気分になっていた。







二時間半ぐらい過ぎた頃、
ひと組の母子が隣の席にやって来た。





母が80代で娘が50代後半ぐらい。





おそらく母は独り暮らし。
娘が誘い、
久しぶりに二人でショッピングに来たみたいで、
母はバッグを買い、
別れる最後にミスドのドーナツも、
持ち帰り用の箱でそれぞれ買い、
席でコーヒーを飲んでまったりしていた。







聞くともなく話が耳に入って来ると、
母は足腰は弱くなっているが、
脳は元気で、ちゃんと娘と会話のラリーをしている。



娘「みかん、買っていく?」



母「そうだねえ」




娘「あ、やっぱり要らないか」




母「うん、今日は要らないわ」




娘「じゃあみかんはやめよう✨」







そう言えば、
私が母と最後に普通の建設的な?母子の会話をしたのは、
亡くなった数ヶ月前の話ではない。
5年前の話だ。




認知症みたいになってしまった症状の母とは、
もう5年も、まともな母子の会話をしていない。
最後の数ヶ月は母は3分に一度同じ話を繰り返した。
私は気が狂いそうで常に常に腹が立っていた。
「同じ会話繰り返す無限地獄」みたいな感じだった(笑)。






結局、いろんな機能が衰えたり病んでいた母は
地球生活がもう限界(寿命)だったってわかっているし、
今、親が健在の人を必要以上に羨ましいとも思わない。
むしろたくさん親孝行して欲しいと思う。

どんなに嫌いでも、話せば喧嘩になってしまっても。






でも、「生きているのが羨ましい」とは別の感情で
私も母と「あんな風にもう一度、普通の母子の会話をしてみたかったんだなあ」と気づいたら、
涙が出た。






ミスドで(笑)。






人は
いつか老いたり病んだりして、
話せなくなる時が来る。
コミュニケーションがうまく取れない時が来る。




そんなとき、つくづく人間って
コミュニケーションをとって、
生きていく動物なんだなあと思う。





近くにいてくれる誰かと、
たくさん話してください。
普通のとりとめない、話でいいから。




ある日突然うつ病になる。
ある日突然脳梗塞になる。
そんな日が突然来る場合があるから。





その日が来る前に。






今日も良い一日を✨\(^_^)/