天災は一瞬にして全ての物を破壊し人の命まで奪ってしまう。
人間の力では、何も出来ない恐ろしい災害です。
被害に遭われた方々のお見舞い申し上げます。
ボランティアの方々本当にお疲れ様です。
毎日の生活にご苦労されている方々が、1日も早く普通の生活ができます様にお祈り申し上げます。
私の地域は、今の所大きな被害は少なく、通常生活ができる事に感謝します。
仕事帰りに道路が冠水して、買ったばかりの電気自動車で入って良いか躊躇いながらゆっくり進みました。とっても怖かったです
次の日は病院の診察が終わり、薬局で薬を処方してもらいに行ったら、バケツをひっくり返す様な雨になり、外へ出ることができませんでした。とっても焦りました
でもこの程度の事で、今普通に生活できることに感謝です🙏
天災ではない我家の災難(課題)
☆長女の手術(1年後の胸の再建手術)
本人が1番辛いのですが、ママがいないことで、孫と婿の試練でした。
学童のお弁当作りから送迎、食事、入浴、家事全般、私も少しお手伝いしましたが、婿が本当に頑張ってくれました。感謝です🙏
長女は退院でき、日毎に回復に向かっております。
☆主人が脳梗塞後の検査と診察
検査結果は良好で、薬を飲みながら普通に生活しております。
☆長女の車が壊れる
23年乗り続けた骨董品の様なタントが動かなくなる。シフトレバーがどこにも止まらず、ブラブラしてると
通勤にどうしても2台必要で、新しい車が来るまで私の出番が多くなりそうです
タントありがとう
☆帯状疱疹の予防接種
国からの援助が出る年齢になりました。
私は10歳の時に帯状疱疹に罹りました。
風邪をひいて学校を休んでいた日、左肩と背中辺りが痛く、母が寝違えてしまったのかな?とトクホンを貼ってくれた。次の日、剥がすと水膨れが数個
かぶれてしまったのだろうと思っていた。
どんどん水膨れが広がり、左胸から肩背中へと広がっていった。皮膚科に行くと、その当時聞いたことのない病名「帯状疱疹」だった

その頃の帯状疱疹の治療は、白いベタベタした薬を塗りたくって包帯をするという原始的な方法だった。寝ても起きても何してても痛い。何日か学校を休み、やっと登校した日が健康診断という最悪な事態
包帯を巻かれた私の体を見て、友達がどうしたの?と集まって来たことを思いだした
その時の医師は免疫が付くから一生罹らないとおっしゃっていた。
今の医学的見解は免疫力がなくなっているとのこと。仕方なく接種した

次の日、接種した左腕は痛く、微熱と筋肉痛と倦怠感
副反応が辛い
☆カナダに行った次女
1年の契約だったワーキングホリデーを、もう1年延長し、今年10月に帰国くる予定ではあるが、本当に帰って来るだろうか??
外国で生活している娘の心配が長すぎる
天災から思えば、些細な我家の災難である。
後から後から災難、課題が湧き出てくるが、
ひとつずつ、ゆっくり、焦らず、ポジティブに、
解決しながら前に進んで行こう!
それには、健康な心と身体であること!
心と身体に良いことを探して
自分のペースでゆっくり行こう





