前会社を退職して、毎日のんびり過ごしておりました。
夏になる寸前に、急に仕事の要請がありまして…官公庁での仕事を頼まれて、いそいそ通勤しておりました。
そう、11月末まででした。
通勤に車が使えなくて、電車&バスを利用しないといけない。同じ市内なのに、待ち時間含めると1時間ちょっと。
車なら20分程度なのに…真夏の暑い時期は、通勤も大変でした。
1番歩くのが、自宅から駅までの5分。笑。
到着駅からバス停へ。市内巡回バスに乗り、玄関先の停留所まで。
土日は休みでしたが、毎日の通勤は慣れるまでが大変でした。
仕事内容は書けませんが、とある申請書類の受領から受付、入力からチェック、審査までの一通りです。
締切り期日前には、日に数百件の案件を捌いても次から次へと申請書が積み上がり、残業も出来ず日々書類との格闘でした。
11月末までの約束だったので、終わるか否か…11月は毎日が必死でした。
でも、どうにか間に合う事ができて、無事終了しました。
ホッとした時に、孫のインフルエンザで娘家族が全滅して、毎日ドア越しに食材や日用品などを届けてました。
気が抜けたのか、私も風邪を引いてしまい、咳込むように。12月になって、かかりつけ医に行きました。
咳き込んで胸が筋肉痛にような痛みが出ていた事…先生が、レントゲンの他に心電図も取ろうか?との事で、心電図と採血まで。
もちろんインフルエンザとコロナの検査も。
すると、なんやら先生と看護師がバタバタ。
(官公庁に通勤してる時に、私の車の必要性がなくなり、故障と車検が重なる事から、手放すことになり車が無かった)
かかりつけ医までは、娘に乗せてもらい待っててもらっていた。
すると、看護師さんから〇〇病院の診察券ある?とか、誰か一緒に来てますか?とか
意味もわからず、「娘に乗せてきてもらったので、駐車場にいます」と。
看護師さんが駐車場に行って、娘に何やら話をして院内に連れてきました。
いきなり言われたのが、「心電図の結果が、ちょっと良くないので、大学病院に行って再検査してもらいましょう」と。
先生は目の前で大学病院へ電話してるし、看護師は救急車の要請をしてるしで…あれよあれよと言う間に、救急車に乗せられて大学病院へ。
ここまでの間に、何が何だか知らされてなく、緊急を要するみたいな慌ただしさで大学病院へ。
到着した途端、着てる物全て脱がされて、集中治療室?へ。何の説明もなままカテーテル。
後で聞かされた病名が「急性心筋梗塞」Σ(゚д゚lll)
いきなり入院になりました。
絶対安静になり、集中治療室から脱出したものの、看護師室の目の前の個室に。(重症度が高めの人が入る個室)
病室への家族の見舞いもできなく、何が何だかわからない入院に不安しかなかったです。
一瞬…私〇〇のかな?とか大丈夫なのかな?とか…色々自分なりの想像を掻き散らかしてました。
実際、私自身元気で普通に会話できます。歩けるのに歩いてはダメだったし、寝たきり状態でした。
そんな入院生活を送りながら、暇な日々を過ごして…
1週間が経過する頃に、やっとシャンプーして貰えることに、涙が出ました。
先生からの説明では、前回のカテーテルは検査だけだったので、次は治療でカテーテルします!との事。
腕からのカテーテルだったので、今度は反対側。最悪は、足の付け根からも入れるかも?って言われた。
また何が何だかわからない状態で、カテーテルの日を待つ。
パジャマや着替えを娘と主人が交代で病院に来てくれました。その時に、説明を受けてる主人から説得されて、やっと自分の立ち位置がわかった感じでした。
次のカテーテルが終わったら、2〜3日で退院って言われたので、やっと帰れる安堵感に、夜も眠れるようになりました。
大部屋(と言っても4人部屋)に移っても、私が1番年下で。周りの人は90歳のおばあちゃんと76歳の人でした。
特に会話する事もなかったけど、やたら話したがる76歳の人は、カーテン越しに毎日数回話しかけてきます。
一回り以上も年上だけど、元会社の人と変わらない年齢だったので、適当に会話をしました。笑。
カテーテルの日。
前回より痛みがなく、傷も小さくて、経過は順調。退院もすぐ決まりました。
今は入院中の跡はほぼ無くなりましたが、入院中は両手にカテーテルの傷跡や点滴の跡で青タンになって、冬で良かったと思ってます。
入院から2週間。
無事に退院しました。久しぶりの我が家が、やたら寒かった。
病院内では、半袖のパジャマで十分だったのに、我が家はセーターでも寒いくらい。
退院しても、一つをやると一休みしないと次が動けない。そんな状況で、少しずつ生活にも慣れてきました。
入院中、主人からのLINEに大笑い。
仕事の伝票の書き方がわからないと、一生懸命訴えてきたり…
請求書の書き方がわからないと、一生懸命訴えてきたり…
電話が出来ないので、説明を文章化するのが面倒で、とにかく言った通りに書いて写メ送ってと。
どうにか出来てるので、OK出しました。
娘曰く…毎日、餌やりに行ってた。笑。との事。
餌って…爆。
ご飯だけは炊けるからと、おかずを毎日持参したそうだ。
クレイマークレイマーの主人。
1つ出来ても、次がまた出来ない問題。
そう、洗濯機が使えない。笑。
洗剤と柔軟剤の入れる場所と、スイッチがわからず。
数日苦戦していた模様。笑。
普段、洗濯物の取り込みは出来ていたのに、洗濯をした事がない。
米は研げるが、おかずは惣菜を買うか、コンビニ行くしかなかったから…レンジでチンが難しいかったみたい。笑。
娘が、一つ一つ教えて大変だったと申しておりました。
そこで、私に一言…「だから、絶対お父さんより先に逝かないでね」と。爆。
年末で忙しい時に、こんなドタバタ劇をしておりました。(劇ではなく、本当の入院です)
なので、年賀状の準備も、お正月の準備もまだ全然できてません。
でも、どうにかなる!笑。
元気なら、何でも出来る!
病気になって、つくづくそう思いました。
実際、当の本人は全く元気なままなので、ご心配なく。
良い経験をさせて頂きました。
病院食で、いいダイエットもできました。笑。
いつまでも、健康体で居られないって事も、自覚させられました。
少しでも、長生きできるよう、これからも頑張ります。
また落ち着いたら書きますので、よろしくお願いします。