1年半ほど前まで、我が家にはずっとウサギがいました。

 

今は家を離れて酪農の会社で働いている長男が、幼稚園のときにウサギを飼いたいと言ったのが始まりです。

ウサギは鳴かないし散歩に連れて行くこともないし予防接種を打つこともないし

じゃあ飼ってみるか、という程度のノリで飼い始めました。

 

ウサギはなつかないと私の父はよく言っていましたが、愛情を注がれてなつかないものはいません。

もともと臆病な草食動物ですので、一度信頼すると、とことん甘えてきます。

その当時、妻・長男・次男と暮らしていて、我が家には女性が妻しかいなかったからか

はたまた母性に惹かれたのか、妻に一番なついており、妻が歩くと後をついて跳ねていました。

 

初代(同じ名前で3羽飼ったので初代・二代目・三代目と呼んでいます)が月に帰り(ウサギが死ぬことを月に帰るといいます)

辛くてたまらない日々が続きましたが、やがて悲しみが癒え2代目を迎えました。

そのころには、子どもたちも中学生や小学生になっており、交代でケージの掃除などをするようになりました。

二代目は小型のウサギでチョコチョコと動き回る子でした。

 

ちなみに、我が家で飼い続けたウサギたちは、真っ白で目が赤い雄ばかりです。

長男が最初に選んだ初代がそれだったので、二代目以降もそんなウサギを取り寄せてもらいました。

今は、白くて眼の赤いウサギは店頭にはいないのです。

また、必ずミックスにしていましたので、飼ってみないとどれくらいの大きさになるかはわかりません。

 

そして、我が家の最後のウサギとなった三代目。

大みそかにお迎えしました。

この子は生後1か月でやってきたのですが、今までの子らに比べてあきらかに大きい。

耳もやたらに長い。

耳の長いウサギは大きくなるとよく言われますがその通りで、三代目はどんどんと成長していき

体重4.3kgでやっと止まってくれました。

ウサギの中で一番人気のネザーランドドワーフは1kgなくて、手のひらに乗るそうですが、

この子を手のひらに載せると手首を骨折しそうです。

ニュージーランドホワイトという食肉用や毛皮用に改良された大型の品種の特徴が強く出ていました。

 

大きいからか動きもスローで、いつもどこかで寝ていたような記憶があります。

そして一番甘えん坊で、誰かが座るとすぐ寄ってきて

頭を突き出して撫でて欲しがったり、脚に体をくっつけてきて寝たりしていました。

 

三代目は、ケージの出入り口の留め金を歯で開けようとするので、

歯が折れては大変と、ケージの入り口は開けっ放しで24時間放し飼いになっていました。

そうなると被害も被るもので、扇風機などの家電のコードを齧られてたこともたびたび。

そのたびに百均でプラグを買ってきて修理したものです。

ひと年取ると齧らなくなりましたが。

 

いつもどこかに三代目がいる。

そんな毎日が続いていました。

それが皆の当たり前の生活になっていました。

 

ところが、ある日うっ滞で動物病院に連れて行ったときに、先生が三代目のお腹にしこりがあるのを見つけられ

検査した結果、それはガンでした。

先生が、今なら勝ち目はあるとおっしゃったので手術を決意。

手術は無事に終わりましたが、食欲が戻らず、元気もなく、

また動物病院で検査してもらうと、転移が見られるとのことでした。

手の施しようがないので、延命治療か安楽死も考えることも告げられました。

数日、毎日痛み止めの注射と栄養の点滴を打ってもらいましたが、

やがて呼吸が荒くなりました。

肺に水が溜まり溺れかけているような状態だと先生に言われ

もうこうなっては生きているだけで苦しい、まったく眠れてもいないだろうと思うと

早くこの子を楽にしてあげるのが、私たちにできる最後のことと

家族で話し合った結果、安楽死を決めました。

 

そして7年と8か月我が家で暮らした三代目は、初代と二代目が待つ月へと帰っていきました。

 

辛いことがたくさんあったのは事実ですが、ウサギたちの話をするときは

楽しかった思い出話ばかりになります。

初代からデジカメで毎日のように写真や動画を撮っていましたので

時折見ては、こんなことがあったな、かわいい子だったなと

ウサギたちと過ごした日々がつい昨日のように思い出されて、つい微笑んでしまいます。

 

もうウサギを飼うことはないです。

あの子たちに十分すぎる幸せをもらいましたので。

妻も、かわいいんだけど体力がいるしお金も掛かるしと言っています。

 

 

今日は久しぶりに月でも眺めようかな。