今現在、私が乗っている車は日産のノート。

ここで私が今までに乗ってきた車の遍歴など。

 

まず最初に乗ったのが中古で買ったホンダのシティー。

背の高い初期の方です。

シティーは小さくてなかなか面白い車で、とても気に入っていました。

セミオートマのホンダマチックで、星マークのスターレンジがあったのもオチャメでした。

 

車の購入は、大学4年のときに就職が決まったのを機に決めました。

大学時代に住んでいた大阪は、JR、私鉄、地下鉄、バスと交通機関が発達しているので、移動に車がなくても困りません。

また、当時はベルーガというヤマハの原付に乗っており、近場の移動に便利で、結構遠出もしていました。

ですが、私の実家のある地方都市では、車がないと困ります。

生活できないということはないのですが、電車はJRのみで、便数も多くはないです。

何よりも通勤のことを考えると、職場が駅に近いとは限らず、電車通勤をすると生徒も乗っているので、生徒のマナーが悪いとストレスが溜まると卒業した先輩から聞いていましたので、これだけは避けたい。

 

ところが、私の家に車がないのもあって、大学1年のときに免許を取得してから車を買うまで

一度も運転をしていなかったのです。

たまに車を運転する夢をみても、止まるときは足をついて止まり、曲がるときは体を倒して曲がる夢を見ていて、そのことを友人に話したときに大笑いされました。

それくらい、運転を忘れてしまっていたのです。

今のうちに慣れておかないという危機感が強くありました。

 

しかし、買うにあたって問題がありました。

それは、車を買うのはいいのですが、3年もハンドルを握ってない人間が、

交通量の多い大阪の公道をいきなり運転して帰るのは無理という問題です。

でもそれは車に乗っている友人に一緒に販売店まで行ってもらい、

寮まで運転して帰ってもらうという方法でクリアーできました。

もっと問題なのは、自分が運転できるようになるのかということ。

寮に帰り付き、とりあえず座ってみるかと運転席に座ると、その瞬間に緊張感が走り、

心臓がバクバクしたのを覚えています。

こんなので運転なんてできるのか?とさえ思いました。

できるとは言えない。でもやるしかないんだ。とアムロのように身を奮い立たせ、

少しずつ慣れようと、深夜や早朝にゆっくりと走ることから始めました。

後ろから車が来ると、すぐに左に寄せて止まって行かせて、

通り過ぎるのを確認してまた発進といった感じで練習を続けました。

練習の甲斐あり(笑)、何とか卒業までには普通に運転できるようになりました。

 

教員の新採用は、まず県北や定時制からスタートするといった教員あるあるがありますが、

私はそのパターンにどはまりして、卒業しての最初の赴任地が家から通えない県北の最果ての地でした。

旅立ちの日には、車にすべての荷物を積み込み、直接赴任地に向かいました。

荷物のあまりの重さに、走り出しの寮の前の坂道を、アクセルいっぱいに踏んでも

のろのおろとしか進まず、1200ccのエンジンにはかわいそうなことをしました。

生まれて初めて高速道路にも乗り、数時間かけてたどり着き、

その後、かの地で異動までの3年間を過ごしました。

雪深いところで、冬になるといつも朝に車に雪が積もっていたのも懐かしいです。

同じような境遇の若い教員が多くいて、よく近隣の他県の観光地などへ出かけたものです。

私と一緒に独身生活を謳歌してくれた車でした。

 

次に乗ったのが日産のブルーバードSSS。

これは、なんと父が新車で買ってくれました。

父は飲食店の商売で成功しており、自宅を建て替えたり、アパートを新築したりと、

かなり資産を持っていたようです。

そのころには3年の刑期(笑)を終え、異動で市内の学校に赴任し、

実家に帰っていました。

やがてシティーにいろいろと不具合が出始め、ついにドアの内張が取れ始めたため、

買い替えを決めました。

何かのついでに父にそのことを話したときに、

「自分が昔に大変お世話になった方が車の販売をしており、

 その方にお礼に車を買いたいが、自分には免許がない。

 日産のセダンなら買ってやるが、どうだ。」

という旨の、思いもよらない発言が飛び出しました。

昭和11年生まれの古い人間の父は、社会人ならちゃんとしたセダンでないと

教育委員会などの堅いところに行くのに恥ずかしいという考えを持っていました。

もうそのころは、校長や教頭でもSUVなどに乗っていたのですが。

特に次の候補を考えていなかったのもあり、二つ返事でお願いし、

無難でネームバリューもそこそこなブルーバードにしました。

妻と付き合い始めたのがこの車のときで、妻は初めて車を見たとき、

若いのに何でこんなおじさん車に乗っているんだろうと思ったと結婚した後に言っていました。

ブルーバードには2人目の子どもができるまで乗っていました。

 

長くなってしまいましたので、ここまでで前編とさせていただきます。

次回の後編へと続きます。