翌日になり、少し足がだるくなっていましたが
この日は『カンチャナブリ』へ向かうことになりました。
この写真は、第2次世界大戦連合軍共同墓地内にある十字架です。
この地で亡くなられた連合軍側の人が葬られています。
イギリス、オーストラリア、オランダの人のお墓で
墓石に書かれていた内容を見ると、殆どが30才までの若い人でした。
ここは『JEATH博物館』です。
ここは戦争捕虜の掘建て小屋を復元された博物館で
1977年に設置されたものです。
規模や内容的には、すこし物足りない博物館でしたが
戦争の傷跡を理解するためには、よい博物館です。
次に向かったのは『クワイ川鉄橋』です。
そこへ向かうのにボートに乗ります。
少し大きなカヌーにエンジンをつけたようなボートで
迫力満点です。
クワイ川鉄橋に着きました。
この橋は、『戦場に架ける橋』でも有名です。
この橋は、今でも電車が通っている現役の橋で
電車が通過していない時には、この橋を歩いて渡る事ができます。
早速、ワクワクしながら渡りました。
ここへは、夜の開催される『クワイ川鉄道週間の花火大会』を
見るために来たのですが、開催日が急遽変わってしまい
昼間に変更しました。
少し残念。。
鉄橋の観光も終わり、次に鉄道に乗りました。
この鉄道は、第2次世界大戦の時に日本軍がビルマへの
補給ルートを確保するため、たった1年程で415kmもの
建設を行った歴史があります。
そのため、何十万人もの多数の現地人や捕虜が亡くなったので
『死の鉄道』とも呼ばれています。
今までは、戦争を被害者の立場で見てきましたが、今回は初めて
加害者としての立場で見る事ができました。
この後、ふたたびバンコク市内へ戻ります。
この日は『カンチャナブリ』へ向かうことになりました。
この写真は、第2次世界大戦連合軍共同墓地内にある十字架です。
この地で亡くなられた連合軍側の人が葬られています。
イギリス、オーストラリア、オランダの人のお墓で
墓石に書かれていた内容を見ると、殆どが30才までの若い人でした。
ここは『JEATH博物館』です。
ここは戦争捕虜の掘建て小屋を復元された博物館で
1977年に設置されたものです。
規模や内容的には、すこし物足りない博物館でしたが
戦争の傷跡を理解するためには、よい博物館です。
次に向かったのは『クワイ川鉄橋』です。
そこへ向かうのにボートに乗ります。
少し大きなカヌーにエンジンをつけたようなボートで
迫力満点です。
クワイ川鉄橋に着きました。
この橋は、『戦場に架ける橋』でも有名です。
この橋は、今でも電車が通っている現役の橋で
電車が通過していない時には、この橋を歩いて渡る事ができます。
早速、ワクワクしながら渡りました。
ここへは、夜の開催される『クワイ川鉄道週間の花火大会』を
見るために来たのですが、開催日が急遽変わってしまい
昼間に変更しました。
少し残念。。
鉄橋の観光も終わり、次に鉄道に乗りました。
この鉄道は、第2次世界大戦の時に日本軍がビルマへの
補給ルートを確保するため、たった1年程で415kmもの
建設を行った歴史があります。
そのため、何十万人もの多数の現地人や捕虜が亡くなったので
『死の鉄道』とも呼ばれています。
今までは、戦争を被害者の立場で見てきましたが、今回は初めて
加害者としての立場で見る事ができました。
この後、ふたたびバンコク市内へ戻ります。