「アニュゥス、アニュゥス、アニュゥス・・・・・アニュゥス・・・」
青年から大人にになりかけていた俺は、彼女の名前を連呼しながら疾走していた。
子供のように迷子のように泣きながら・・・。
幸い、あの小屋はパレルモでも町外れにあり、人とすれ違うこともなかった。
すぐに、海を見渡せる高台に着く。
方向から夕日を見ることは出来なかったが、海の色の変化で間もなく完全に日が暮れるのがわかった。
泣きじゃくりながら、ぼうっと海を眺め続けた。
美しい月が街明かりと共に輝きだす。かつての恋人と見た同じ風景に心を乱されて嗚咽が漏れる。
アニュゥスという名前は、彼女の本名なのか芸名なのかもわからなかった。
彼女は仲間と共に遠くの故郷を離れて街から街へと旅していたということしか知らない。
彼女は自分の知らない言葉や文化、音楽、ダンス・・・未知なものに惹かれると同時に、自分は取り残されたような寂しさをおぼえたものだ。
彼女のすべてを手に入れたかった。
すべてを手に入れるどころか、彼女はさらに遠くへ飛び去っていってしまった。
彼女の魂はどこまでも自由で奔放だった。
初めて人殺しをしたというショックよりは、彼女を失ったショックに打ちのめされていた。
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2011年
私は彼女が、アニュゥスだと知ってからは苦悩した。
なぜ、出会ったのだろう?
人殺しのカルマの清算?仕返しが待ってる?
しかし、彼女に出会うと、恋愛独特のドキドキと切なさに心が苦しくなる・・・
やはり、彼女も自分の未知の世界を持っている人で、彼女の読んでいる本を読もうと努力したり、少しでも彼女の世界に入ろうともがいた時期もあった。
すべてを捨ても彼女と恋人になりたい? NO
彼女と親密な関係になりたい? Yes
彼女とHしたい? Yes
気持ちを打ち明けたとしても、振られて疎遠になるのも嫌だし、付き合えたとしても永遠の恋人同士でいられないことも、十分な大人になっている私はわかっていた。
彼女の魂の前では、自分は完敗だった。
なすすべもなく、無力感にとらわれる自分。
どうしたいのか、自分でもわからず頭の中で気持ちが空回りする・・・
7ヶ月も悩んだ末に、気持ちを打ち明けた。
彼女からは、気持ちに気づいていてくれたこと、友達でいようという返事があった。
振られたハズなのに心は晴れ晴れしていた。
「友達」
彼女から避けられるのが怖かっただけだった。
彼女は、とうに自分の気持ちを認めてくれながら、今まで友達付き合いをしてくれていたのだ!!
数日後に、彼女から恋人が出来たことの報告があった。
私は手放しで喜べた。
祝福の言葉を贈る。
簡単なことだった。
すべてを手に入れたい気持ち。自分の中に取り込もうとすればするほど、未知の多さに苦しくなる気持ち。
もう、そんなことをする必要はなかった。
未知は未知のまま、彼女をありのまま認めればよかったのだ。
彼女の恋人ごと祝福できた途端に、それらの事を悟った自分がいた。
わかってしまえば、あたかも昔から知っていたように・・・
きっと、彼女との魂の再会は私の学びのためだったに違いない。
雲ひとつない秋空が、急に眩しく感じるようになった。
