ベッドの頭上からとっさに取った刀に手応えがある。


呻いた男がベッド脇に倒れこんだ。たぶん、即死だったに違いない。



真紅のビロードのベッドカバーが辛うじて目の端に飛び込む。


しかし、男の死体を検分する気にもなれなかった。
男を見なくても、とっさに状況は呑み込めた。

同時に、恐怖とも怒りとも区別がつかない感情が沸き上がる。



兄貴を殺っちまった!!



女は気丈なのか、それとも恐怖のあまり声が出ないのか沈黙が続いている。


沈黙に、自分の心臓の音がバクバクと闇に響くような錯覚に見舞われた。口の中はカラカラに渇き、次に身体中が心臓になったように脈うった。

沈黙は長く感じられたが、実際は1秒もなかったのかもしれない。

女が動いた瞬間、長い髪を掴んでいた。すべてがスローモーションに見える。掴んだ髪ごと女を地面に這いつくばらせていた。



「これから、黙って俺の言うことを聞け!」

何発か女を殴った。



金を用意させたが、どうやって屋敷を出たのか、殆ど覚えていない。



気づくと、小舟に乗り海上に出ていた。真っ暗な海に、街の灯りがポツポツと煌めいて見える。



明日になれば、マフィアの追っ手が自分を血なまこになって捜し始めるだろう。

それとも、もう追っ手が来ているだろうか?




涙が、街の灯りをボヤけさせた。
もうパレルモに戻れることはないだろう。




その風景は右後方へと流れていき、次第に小さくなっていく…



俺が見た故郷は、これが最後だった。