廊下の角を曲がると、争うような声が聞こえてきた。
修道院長と副修道院長だ。修道院長の部屋(執務室のようなところ)で、何かを言い合っている。
幸い、ここの修道院の廊下は昼間でも薄暗く、陰気くさく、陰に身を潜ませると殆ど姿を隠すことができる。
じっと、耳をそばだてて神経を集中させた。
どうやら、俺の処遇のことを話しているらしい。出て行けと言われれば出て行くんだが・・・
自分はどちらかというと無宗教だ。故郷にはやたらめったら教会だのモスクだのと乱立していたが、逆に宗教に熱心な人の方が珍しいのだった。キリスト様、マリア様といわれてもあんまりピンとこないし、気持ち悪い。パレルモ人の多くはそうではないだろうか?現実主義でひとつの神を崇め奉るのは性に合わない。
この修道院の修道女たちは、幼い頃からここにいるらしい。そして、なぜかここで出産する修道女もおり、修道院で生まれてこのかた俗世間を全く知らない女たちもいる。清らかな・・・?それは大嘘。本当に笑える現実が修道院にはあるのだ。何ヶ月間かここに滞在してわかったのは、一番、俗世間に染まっているのは修道院長と副修道院長ではないかということだった。どこに行っても女たちはおしゃべり好きだ。特にあの二人の女の話は、いつも話題になっていた。
ここは、歴史が長いベネディクト会の教会ではないらしい。クリュニー会という100年足らずの一派でベネディクト会の流れを受け継ぐ教会であり、施しや救済も行っている。教皇の直接の保護の元で、クリュニー教会をトップとして、子修道院、孫修道院と組織だっている。修道院長は修道院内で決めてよいという仕組みらしい。そして、7つの身分の昇格があり、女性の司祭も過去に存在したという・・・。元マフィアで現実j主義の俺にとっては、この手の話は非常にわかりやすい。
つまり、教皇を頂点とした出世競争および、修道院どうしの競争が繰り広げられている。
あの修道院長と副修道院長はライバルであり、今日の坊さんは、きっとお偉い人に違いなく、気に入られた方が出世街道まっしぐらってことか?
「修道女たちが堕落したのは、あなたの責任でもあるんですよ!!一刻も早く追い出すべきです」
「救済しておきながら、都合が悪くなったら追い出すなんて、神の名において恥ずべきことだとは思いませんか?救済して掃除人としてしばらく雇っていることにしてはいかがなものでしょう?」
は???パレルモの市民を震え上がらせた俺が掃除人??
やーなこった
何考えてるんだ?あの院長は?
「あのような品がない男では、かえって修道院の評価を悪くします」
そりゃあ悪かったね!
早めに修道院を出たほうがいいようだな。
言い争う女達を後にし、部屋に荷物を取りに戻る。
中庭にベティの姿を見た。
ベティは金髪の双子よりも、美人ではないが修道院の女達の中では特別に好きな存在だった。
16歳と若いのだが、どことなくママン(母親)を思い出させる雰囲気を持っている。
ノルマン人の冷たい風貌よりは、温かみのあるふっくらしたさわり心地と茶色の髪は安心感を覚えた。
駆け落ちを迫られるのは玉にキズだったが、それも彼女の純真さで魅力でもあった。
ベティは中庭の手入れをしていた。そばかすのあるふっくらした頬が笑顔を作るが、ふと顔をこわばらせた。声をかける気にもなれず、黙ってベティの前に立つ。
ベティは自分の方に飛び込んできた。
ギュッと抱きしめると、久しぶりに胸の中に込みあがる感情に自分でも動揺する。
泣きたいのか?この俺が?
安心感と自分が抱きしめられている感覚に身を任せた。
不思議な感覚だ。
自分でもこんな気持ちになる心が残っていたとは・・・
どれくらいたったのだろう?実際にはそんなに時間がたったわけでもないかもしれない。
ふと、慣れない気配に目を開ける。
あの、偉い坊さんだ。
自分でも訳が判らない殺意が込み上げてきたと同時に体が反射的に動いていた。
スローモーションのように、僧侶の白っぽい衣装が血に染まっていく。
僧侶は何が起きたのかわからない声にもならないうめきをあげて、くずおれていく。
片手を伸ばして、大きな口をあんぐりあけて・・・
耳元で響く金切り声で我にかえった。
ベティがパニックになって、いつまでも叫んでいる。その声に人が駆けつける足音や窓から中庭を覗きこむのを感じた。
ちっ、殺っちまった!
またしても大失敗だ。なんて運が悪いんだ?
叫び続けるベティを後にして、走り続けた。
修道院を出るまで何も覚えていない。何人かの修道女を突き飛ばしたかもしれないが、それも記憶にないほど夢中で走った。
あの修道院はどうなったかは、全くわからない。
見知らぬ盗賊が入ったことにして隠し通すのか?しかし、人の口に戸は立てられないだろう。
修道院長も、副修道院長も、ベティも・・・どうなっただろう?
逃亡者は、見知らぬ町へと足を運び続けるのであった。
<おわり>
これは、1000年前の多分、フランスのブルゴーニュ地方のとある修道院で起こったお話。
前世の記憶をもとに書いています。
さっき、書いていて気づきましたが、この男、同じような過ちを何回もしているんですね~(汗)
ちょっとは、学習しろよ。
本編も、これから書いていきますんで、お楽しみに?