蒙(もう)を啓(ひら)くと書いて啓蒙(けいもう)と読む。

無知蒙昧という言葉があるが、無知という暗闇に囚われている状態をいう。

無知から解放するというのが啓蒙となる。

しかし、物々しいものだなと思わなくもない。

それに、この言葉を子供の頃から聞いて育った。

どういう家か疑問に思われるだろうが、使っていた親も辞典で引いて意味をしかと理解して使っていたかは分らない。

啓蒙の前に「新聞」を付けて「新聞啓蒙」と言っていた以外に聞いた覚えはないのだから。

勧誘と言わずに啓蒙と語る。実に宗教だなと思わざるを得ない。

何の宗教か語ると面倒な事になる(上の単語を知っている人なら既に分かるだろうが)ので言わないが、30年近く連立与党を組んでいた党の支持母体と書けば伝わるだろう。

 

啓蒙という言葉を使っていたかは分からないが、そういう信条を持つ思想や、類した名を持つ組織が世にはある。

 

例えば共産主義。

かつて熱烈に広まった時、彼らはこのように考えていたと聞く。

「理性の光で世の中の闇を全て照らし出す事が出来る」と。

理性云々は一時期の熱病の様なもので、今でこそ批判的に見られている科学というのも理性の塊な訳で、昔は科学万能という風潮が当たり前だった。

証拠が確実に出る科学と違い、頭の中だけの話(共産主義に限らないが)は、時と場合によっては感染症のように広まったり、根強く残っていたりする。

かつてのペストや近年の話を持ち出すまでもないが、こじらせた風邪が長引いて咳が止まらないかのようである。

 

ただの風邪なら風邪でいいのだが、それを腸チフスだヒ素中毒だと、あさっての診断をして、荒唐無稽の治療を施す。

今も昔も変わらない有様を、怪しげな話を持ち出しつつ書く。

 

 

啓蒙を宗とした思想については上述した通り。

では類した意味の名を持つ組織とは何か?

陰謀論者がよく語る「イルミナティ」がそうなる。

この言葉は「光を掲げる」だとか「明かりを灯す」という意味で、悪意を微塵も感じないが、皮肉めいて書いた共産主義の信条と似てはいる。

しかし、現代では悪の結社の名として流布している。

この名称を最初に公式に掲げたと考えられるのが、西暦の1700年代だったか、アダム・ヴァイスハウプトという人物がドイツのババリアで結成した時だった。紀元前まで遡れば他にもあるかもしれないが、主眼ではない。

中身も世に理性の力を広めようという知識人が集まった思想集団だったので、看板に偽りなしだったと言えよう。

しかし、当時のキリスト教会全体かは不明だが、科学的な理性というのは都合が悪いと思ったのだろう、会派の一つのイエズス会の神父が「彼らは悪の組織だ」とプロパガンダを行なったり、内部分裂の工作を計ったという。

イエズス会の働きかけについては日本語版のウィキには記述がなく、英語版では確認できるとは何年か前に聞いたものだが、今はどうなっているかは分からない。

ババリアのイルミナティなのでババリアン・イルミナティと呼ばれる。

バーバリアンと表記しているのもあった気がするが、それでは野蛮人の集まりかと勘違いしようもの。

世論工作に分断で崩壊し、消えたか地下に潜ったらしいが、それが現代で罵られる「イルミナティ」に繋がっているのかは怪しい所である。

これは聞いただけの話だが、ラテン語の知識があれば陰謀論に触れていなくても「イルミナティl」という言葉に惹かれる一般人はいる。

なので、「イルミナティ」を称する組織は数多ある。

 

どいつもこいつもドイツから繋がっているのだ陰謀結社だ、とするのだろうか。無理がある。

大学のサークルがそう名乗っていたとして、中身はシュタイナーの読書会なら、悪の秘密組織とどう繋がるのか考え難いものである。

シュタイナーはルシファーを肯定的に書いているので悪党だという、知性をかなぐり捨てたような批判もできなくはないが、キリスト教というより教会原理主義レベルの批判というより信仰の押しつけである。

ヤクザが慈善事業的な事をしていたりするというのもあるので十把一絡げには出来ないとしても、ただのサークルまで巻き込むのは想像力が豊かですなとしか言えない所ではある。

これは正にただの風邪を腸チフスだヒ素中毒だと言い募るのと似ている。

それは本当にヒ素中毒なのか?と問うても聞く耳を持たなくなっている。

中毒しているのはどちらかと、首を傾げる事しきりである。

 

最近の陰謀組織の名称としては、これらの上にあるのだ!的な存在として、ニンテンドーではないD.Sというのがある。

つい最近できた言葉なのかと思ったが、なんと、昭和の戦時中の新聞に「地下政府」などと書かれていたそうな。敵国へのプロパガンダだったのかは分からない。

当時の井戸端会議で「米国の地下政府が」とか「ユダヤの秘密組織が」と言った会話がなされていたとかなんとか。

当時の新聞も嘘っぱちが多かったので、新聞に書いてあるから本当だとは言い切れないが、どこからかそういう情報が出回っていたのだろうと考えられる。

ただ、終戦後にはこの手の話は新聞にまったく書かれなくなったという。

デマだから消えたのか、真実だから消えたのか。

その辺りは分からないが、不審を感じられてもおかしくはない。

 

と、長々と書いて来たが、組織がどうこうというのは余り関心がない。

そういうのは専門家?に任せておくのがよい。

医者でも風邪を誤診する時があるので、自称専門家とやらは眉に唾して見る程度でよいのは言うまでもない。

 

それより気になるのは心理構造やその動きである。

 

ユダヤ人が陰謀を働いていると言い出したのは誰か?

特定個人なら某総統になるが、これらはずっと昔からある。

個人ではどうしようもない状況で出来上がった憤懣を、直接関係ない対象にぶつけるというのは現代でもあるが、大昔のヨーロッパではそれがユダヤ人に向けられた。

こういう憤懣の原因は大抵は経済事情から来るもので、なおかつ近年までの日本と同様、大昔の欧州人も金銭は汚い物と考えさせられていたので、金融業はユダヤ人に押し付けていた。

そんな大半のバカより遥かに賢いユダヤ人が成功しない訳もなく、自分の愚かさを棚に上げて(一概には言えないだろうが)不満解消のためにでっち上げられた、という経緯があるという。

「それでも、そう思われる程ユダヤ人にひどい所があったに違いない」という、言いがかりに近い話を某物理学者が開陳していたものだが、現代人ですら視野狭窄で妄言を吐くのだから、もっと視野が狭かったと考えても差し支えない中世人なら燎原の火の如く広まってもおかしくはないだろう。

「そういう酷い事を言う日本人がいるのだから、日本は悪い人の国だな」と言われたら、反論の余地が無くなるだろう。

といっても、ユダヤ人には奇妙な選民意識があって、他者を見下す意識が強いのは事実ではある。全員ではないだろうが。

 

さて。啓蒙やらイルミナティやらで話が散らかってきたが、組織に関心がない、という話に戻る。

 

戻るのだが戻らない話をするが、共産主義の歴史観というものをご存じだろうか。

階級闘争史といって、民衆は支配者に常に抑圧されてきて、それに反抗し続けてきたのだと、歴史をそう見ている。

実際、戦後にマルクス主義的な学者ばかり残された(公職追放で国粋的な思想の学者は追放された)ので、日本史もその見方のみで解釈されてきたという批判がある。

民衆だとか庶民というと具体性に欠けるので、全部に当てはめるのは馬鹿馬鹿しいという実例を書く。

昔、欧米では黒人を奴隷としてこき使ってきたというのが歴史的事実としてあるのは周知の話。

では、彼らはどうやって連れてこられたのか?

そりゃ船で、という話ではなく。

力づくでかっさらったのか?そういうのもあったろうが、全員捕まえるのは当時の航海技術では後悔するだろう。

現地で取引をしていたのである。

そして、「仕入れ」を担当していたのも現地人である黒人だった。

これだけで階級闘争史は瓦解しようもの。

だというのにこういう話は無視され、「黒人は皆辛い目に遭ってきた」という話ばかり流布されてきた。

この話も深入りすると面倒になるが、飽くまで例として挙げたに過ぎない事をお断りしておく。

 

階級闘争史の話に戻る。

 

要約すると、支配者が常にいて、民衆は常に支配と抑圧を受けていると考える。

この理屈。どこかで見た覚えはないだろうか?

 

まるっきり陰謀論者の理屈である。

 

共産主義者は陰謀論者だった?という話ではないが、多分変わらない。

 

先日書いた、某翻訳者。

 

そ奴の卒論は「共産党(思想?)が世界を裏から支配している」という内容のものだったと、その概要をHPに書いていた。

今ではそれを「イルミナティ」としたらピッタリ当てはまると。

起点と結論以外は賛同できるかなと、今では思う。

 

起点と結論に何故賛同しないのか?

 

彼奴の翻訳書に書いていたはずだ。

 

その翻訳書の原著者は先日ぶ書いたデーヴィッド・アイクだが、彼はこう述べている。

曰く「イルミナティは組織ではない」と。

ロスチャイルド・シオニストだったか、そういう支配者層が指令を下す時に使うネットワークの名称であって、特定組織を指してはいないのだと。

 

また戻るが、陰謀論者の理屈が階級闘争史、つまり共産主義者と変わらないと書いた。

こういう考えを持つ人間が全て共産主義者だとは言い切れまい?

なのに同じ思考回路を持つ。何故か?

 

昔のヨーロッパ人が己で解消のしようがない不満をユダヤ人にぶつけたように、困り果てた人は似たり寄ったりの行動をする。

貧すれば鈍する、という奴である。

 

どこかの誰かが指令しなくても、もしくは直接そう仕向けなくても貧させて鈍させれば、皆同じ事をしでかす。全員でなくてもそうなる人は一定出る。

 

これは近年構築されたネットワークではなく、人が常に陥る可能性のある隘路であって、秘密結社がどうこうという話ではなく、本能の迷走が起こしているのである。

 

秘密結社がいようがいまいが、人は本能の、本能に沿った感情の刺激を常に受けている。

つまり感情に流されているのだが、その感情を見つめて制御するか乗りこなすかをしない者は自身と見なす物以外の何かのせいにするのが世の常である。

弘法も筆の誤りというように常に乗りこなせるものではないが、失敗するのと最初から考えもしないのとではまるで違う。

 

アイクの言う「イルミナティ」は、どこかの誰かが指令に使うネットワークではない。

貴方の中に元から備わる光明、つまり「イルミナティ」に対して目を背けているから、他者の「イルミナティ」に乗っ取られているのだ。

 

人は皆「イルミナティ」である。

自身の身を自身で照らすか、他人に照らしてもらうかの違いでしかない。

他者の光は時としてありがたいし、また己の光で他者を照らすのは実に有意義である。

だが間違えないでほしい。

光が反射しなければその物体を認識できない。

つまり反射も含めて光を出せなければ、それは全てを暗闇に閉ざす、無明の闇なのである。

貴方の「イルミナティ」はどちらかな?

それはどちらでも結構。結社のせいで結構だ。

 

では、よき終末を。