乳がんが発覚したその年、トモは片胸の切除と抗癌剤治療を受けました。


片胸切除といってもリンパ周辺までゴリゴリされたと本人は言ってて(全身麻酔じゃないの??聞いた話だったのか?)ワキのあたりがめちゃくちゃ痛いと言った。

トモは思いがけない自宅出産をしてしまったくらいに痛みに鈍感で我慢強い。そんなトモがめちゃくちゃ痛いというんだから相当痛いんだなと思った。


いつも綺麗にしてたストレートのロングヘアは、抗がん剤で見事に抜け落ちてしまったらしい。

らしいというのは、毛の抜けた状態で誰にも会いたくないというので、毛が生えるまでのしばらくの間は会うのを避けていたから。

メールと電話だけは毎日のようにしてた。


この時の検査では初期の段階で転移もありませんという話でした。


でも、ひと通りの治療が終わって1年と少し経った頃にトモから突然のメール(もちろんその間も会ったり電話やメールは頻繁にしてた)


「入院した〜○○病院」


○○病院だとメンタルの方か??

何がなんでどうして入院したのかの説明もないから、とにかく急いでお見舞いに行くと


「なんかね、調子悪いから検査したら肺と背中の間のとこにがんがあるらしくって」


「手術できない場所だから抗がん剤とか放射線で治療するっぽい」


え?それって転移があったってこと?

手術できないってことあるの?まだ前の治療終わって間もないのに?


転移していたものが見つかっただけなのか、新しいがんなのか(そういうことある?)わからないけど、乳がんとは別の場所にがんが見つかったことだけは確かで、本人は笑ってるけど私はとてもとても嫌な感じしかなかった。


この入院はしばらくして無事に退院したけど、それからも通院は頻繁にしてました。


メンタルの病院も変わらず通っていたし、昔から通院が日常だったからどれがガンの通院でメンタルの通院かまで把握できなかった。


この時28歳


当の本人は食欲旺盛(最初の乳がんの治療のあとから急激に太ったので、別人のようになってました)とても元気で、ラルクがライブするといえばチケットをとる!いこう!と誘ってくる感じでした。


この頃になるとラルクも個々の活動が増えてライブも年1するかしないかになってたはず。

私はHYDE単体のライブとかも行ってたけど、トモが好きなkenちゃんはのんびり活動してたと思う。

ラルクとkenちゃんはトモの生きがいなんだからもっと頑張ってくれ!と思ってた。



肺と背中の間のガンのことはあまり語られることなく、まるでなかったかのようにされていた。無知な私は治療で散ったのかな?なんて軽く考えてました。


ここから1年しないうちに、最悪のお知らせ


「骨に転移した、脳にも」


ああ、左足が痛いって言ってたのこれのせいなんだ…痺れるっていってたのもきっと。


無知な私でも骨にがんが転移したらオワリみたいな感覚はあって…初期の乳がんだったはずのものが、肺と背中の間に転移してて、さらに骨と脳??

乳がんがわかった時点ですでに転移してたってことだよね。


医者がいうにはそうじゃないらしいって聞いたけど、短期間であちこちにできるなんて疑問でしかない。抗がん剤もしてきたのに。


脳のガンにはガンマナイフというのをして、骨の方はどんな治療だったか覚えていないけど、とにかくまた通院通院の日々でした。


それでも通院の合間にラルク関係のイベントがあれば一緒に行って、イベントがなくてもカラオケ行って歌ったりもして。


この数年の間に私は離婚して子を連れて横浜に引っ越しをしてしまったから、前みたいに頻繁に会うことができなくなりました。

(その少し前にトモも旦那さんの実家の方へ引っ越しをした)


私は祖母が亡くなり、トモも名古屋にいないしここにいる必要なくなったな〜と思って思い切って横浜に行ったんだけど、なんと私が横浜に行ってすぐにトモは名古屋に帰ってきた。



まさかの入れ違い…



旦那さんの実家というのは田舎あるあるで、同じ敷地内に家を建てて〜というやつだった。

当初の話では、敷地内に新しく家を建ててあげるからおいでと言ってたのに、行ってみると新しい家は義両親たちが住み…

自営の工場兼自宅みたいな、工場の上にある部屋がトモたちの住処に…



もとから折り合いも悪かったし、騙されたトモはご立腹でした。義父に


こんなど田舎じゃロクな病院もなくてまともに治療できないンですよネェ


と。やられたらやり返す、さすがトモ。

治療のためという名目で、実家のある名古屋へ出戻って来たというわけです。


義父の名古屋コンプレックスが酷くて陰湿にいじめられてたからね…



入れ違いになってしまったけど、ディズニー好きなトモファミリーは頻繁に関東へ来てくれたし、会えば思ってたよりも元気だし、経過は順調なんじゃないかと思ってた。


その年の夏、トモはライブに行く直前に発作をおこして倒れてしまいました。

これが大きなターニングポイントになったと思う。


それまでも度々倒れてて、月イチ行ってた美容院も迷惑がかかるからと禁止になったりして。


ライブの前に倒れてライブに行けなかった


っていうのが、ライブ命のトモには耐え難い苦痛だったんだと思う。

ライブに行きたいから辛い治療も頑張ってた。

泣き言いわないトモが、ガンマナイフは痛いから嫌だと何度ももらしてた。


トモはこの日を堺に一切の治療をやめてしまいました。


自分の中で限界を感じてたのかなぁ?

でも、治療やめたって言ったときの顔は晴れ晴れとしてたよ。










あんじの超絶お気に入り品