第120話 (第7章 最終話)

 

 

「あのさ、大樹」

 

「何?」

 

「今まで大樹的な女の子の落とし方? 聞いてきたけど、俺、それ女の子をモノ的に扱っているように思うし、相手に失礼な気がするんだけど」

 

「いや、違う。モノじゃない、品なんだ。男への贈答品」

 

「モノと品とはどう違う?」

 

「そっ、それは……」

 

「ほら、同じだろ」

 

義雄は、フン、と言った口調の投げ言葉。

 

「みゆきさん。話、面白い展開になってきそうですよ」

 

ファミレスの入り口で恵ちゃんが首を可愛らしく傾げて微笑む。

 

「起承転結の転ですね」

 

みゆきさんもすっかり会話の行く末に興味津々。店のドアを開け恵ちゃんを先に中へと手招く。

 

「大樹はさ、女の子の気持ちを無視して、自分のペースに女の子を巻き込もうとだけしていないか?」

「それって俺的な女の子との関わり方のポリシーに反する」

 

「なら、義雄言ってみろよ。義雄的な女の子の口説き論」

 

「いや、それって……。イマイチよくわからない……」

「正なら……」

 

「正? 手術したばかりでもうとっくに寝てるぞ」

 

「いや、ダメ元でLINEしてみる」

「もしかしたら、電話に出るかも……」

 

「さすが、電話は無理だろ」

 

義雄はスマホををゴソゴソ探し始める。

 

「大樹……。俺のスマホ、マジ見当たらないんだけど」

 

助手席あたりをあちこち探すが見当たらない。

 

「車止めて探すか? そうだ、お前のスマホにコールするよ」

 

「やばいですね。みゆきさん」

 

恵ちゃんとみゆきさんは息を飲む。

 

「まあいい。もうすぐ近くのコンビニで一休みするからその時探せ」

「ほら、俺のスマホでLINEしろ」

 

「ああ……」

 

「みゆきさん。もう少し、お楽しみが続きそうですよ」

 

みゆきさんは素敵に微笑む

 

 

 

 

 

 

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「さあ、お尻相撲の決勝戦です!」

 

「お~っ! が~っ!」

 

二次会の面々はどんちゃん盛り上がる。

 

「結局決勝は、初戦のこずえちゃんと谷崎じゃん」

 

「はい。こずえが積極的にお尻を突くと、どうも相手は皆、痔だったようで……」

 

「そんなバカなことないよ」

 

負けた一人の隆が笑う。

 

「いや、隆先輩は痔なんですし、そのあとの篠崎先輩も痔なんでした」

 

「俺たちは確かに次男だけど、痔なんかじゃないよ」

 

隆が言う。

 

「似たようなものです」

「苦戦したのはハミデこと尾崎くんです」

「でも尾崎くんの苦手をこずえ、知っておりましたので」

 

「苦手? 何?」

 

「ピーマンとタマニギです」

 

カーッカッカ! プープップ!

 

宴会場は笑いの渦。

 

「あのさ、タマ握りは反則だよ、こずえちゃん」

「男は皆んな苦手」

 

「いや、さすがのこずえもそんなこといたしません」

「正先輩のなら、優しく……」

 

こずえちゃんはうつむいてモジモジする。

 

「こずえちゃん、何もこんなところで恥じらわなくていいからさ」

 

「多分、尾崎くんは下付きなんだと思います。だからお尻がぶつかると同時にタマも突かれて……」

 

「そら痛くて負けるはずだ……、ってウソ」

「こずえちゃん。そんなマンガ的な解説しないでよ」

 

「尾崎くんの部屋は、けっこう絵だらけ描と灰皿だらけだそうです」

「だからタマの位置もマンガ的なのかも」

 

「それとこれとは話がちゃうでしょ」

「まあどうでもいい。決勝戦を始めよう」

 

行司の水野がこの場を仕切る。

 

水野が団扇を上げる。

 

「に~ぃしぃ~、馬のぉ~なみぃ~。ひがぁしぃ~、たからぁくじぃ~」

「ハッケヨイ、のこっ……」

 

「ちょっといいですか」

 

西の谷崎くんが待ったをかける。どうやらジーパンを脱いで短パンでガチの勝負をしたいらしい。

 

「谷崎。なんでも途中で脱ぎ出すのはお前の悪いクセだぞ」

「まあいい。短パンでね」

 

「私も脱いでいいですか?」

 

「えっ? こずえちゃん。スカート脱いでどうなるの?」

 

「私はブルマーです。昔、無料の女好き、じゃなかった、無類の女好きのおじさんたちにはたまらなかった姿です」

 

「俺たちにもたまらないよ~!」

 

外野からダミ声が飛ぶ。

 

「この勝負は勝たせてもらうからね、こずえちゃん」

 

「あら、谷崎くん。尿に自信満々ですね」

「こずえも負けません」

 

「さて、ハッケヨ~イ、のこっ……」

 

「ちょっと待ってください!」

 

「なになに、また待った? こずえちゃん」

 

「この勝負こそ、両方勝者になる危険性があります」

「谷崎くんのは品が違います。とても長いから、万が一短パンの横からはみ出て、こずえが2ミリ締めると犬のようにお尻どうしがくっついて……」

 

「どこを握り締め、いや、2ミリ締める?」

「どうやってくっつく?」

 

水野が問いかけると、

 

「それ、女の子に言わせます?」

 

 

 

 

 

 

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「大樹。正から返信あったぞ」

 

「おっ! まだ起きてたか」

「LINEの文面、読んでみてくれ」

 

「ああ」

 

「カーネーションがオレンジ色になる際に、CHI遺伝子が完全に壊れているとして、スポンテニアスイソメラゼーション、すなわち基質が自然に有色色素への基質に異性化されることは考えられないという仮定をしてみると、全てのカーネーションの黄色花色やオレンジ花色は遺伝子レベルで説明される。色の濃淡についてもだ」

「そう書いてある」

 

「今そんな話をしているんじゃない」

「女だ、女を落とす方法」

 

「文面を変えて送ってみろ」

 

義雄が大樹との話の経緯を手短にLINEする。

 

「なんて書いてきた」

 

「何バカな話してるんだよ。こっちは痛みで眠れないんだよって」

 

「まあいい。落とす対象相手はみゆきさんだってこと書いたか?」

 

「いや……、それは……」

 

「とにかく正流の女の口説き方を聞いてみろ」

「皆んなの憧れの恵ちゃんを手に入れたんだから。参考になるだろ」

 

「恵さん。私、興味あります。素敵な恵さんをゲットした正さんの女性観」

 

「私もあらためて聞いてみたいわね。正しくん、どんな女性観を語ってくれるやら」

 

恵ちゃんとみゆきさんはドリンクバーに足を運ぶしまも惜しく、ガラガラに空いたファミレスの隅っこの席でスマホのスピーカーに耳を傾ける。

 

「読んでみろ」

 

義雄はLINEを読みあげる。

 

「女の子にモテない男の子に共通するのは、女の子の視点を理解していないから、すなわち女の子の主観的な経験を無視しているからだよ」

「そう書いてある」

 

「主観的な経験? なんだそりゃ?」

 

大樹は口を尖らせる。

 

「続けるよ」

「腹が痛くてとても辛いと書いてある」

 

「そんなところは読まなくていい。続けろ」

 

「ああ」

 

「女の子の主観的な経験は、男の主観的な経験とは全く違うんだ。その違いをしっかりと理解することから恋の準備を始めなきゃ」

 

「はいはい。それで」

 

大樹がイラつき気味に義雄に催促する。

 

「男が女の子に交際を申し込むときに、もっとも恐れるのは拒否られることと恥をかかされることだろ」

「でも女の子は、男の子と交際するときに、拒絶されることは男ほど恐れない。恐れるのは、物理的に危害を加えられることと、性的な暴行を受けるかもしれないという不安なんだ。人類の女性共通で」

 

「へぇ~。正くんの女の子への配慮、人類のもっとも原始的なレベルから始まってるんだ。私、知らなかったわ」

 

「正さん、すごい」

 

みゆきさんのコーヒーをすすりながら感心する様子がとんでもなく可愛い。恵ちゃんはその様子に少し嫉妬。

 

「おいおい。俺たち男はそんなことしないぞ」

「ナンパは性的な興味から始まることもあるけど、暴行なんてするわけない」

 

「そうだよな」

 

大樹も義雄も僕の言葉がまだ腑に落ちない。

 

「だってさ、これまでの人生で女の子を痛い目にあわせたことなんてないし、これからもありえないよ」

「正にそう打ち返せよ」

 

「分かった」

 

大樹と義雄はしばらく待つ。

 

「返事が来たよ」

 

「男の動機は正しいだろうと男たち自身は思う。大抵の男は実はきっと無害だよ。でも、肝心なことは、彼女はそのことを知らないということなんだ」

 

「なるほどね……」

 

大樹がポツンとつぶやく。

 

「じゃあどうすればいいか聞いてくれ」

 

義雄が手早くLINEを打つ。

 

「女の子を魅了するには、手段としてモノ扱いすることをやめ、彼女の視点に立つこと。素敵に生きていて、ものごとを前向きに考えることのできる、優れた感覚をもった一個人として扱うこと」

「あ~腹痛い」

 

「腹痛いはどうでもいいから続けろ」

「俺だって、女の子はモノではなく品だって思ってる」

 

「大樹よ。だから、モノと品とは一緒だって」

 

義雄が独り言のようにつぶやく。

 

大樹も何だかんだ、僕の女性観の話に引き込まれる。

 

「正さんって女性への気持ち、よく理解できてますよね」

「私も惚れちゃいそう」

 

「あら? 最初から惚れちゃってるんじゃないですか?」

 

恵ちゃんが微笑む。

 

「いいかい、彼女をモノではなく主体として扱い、受け入れ、理解し、個人的、主観的な意識を認める必要があるんだ」

「女の子の視点を理解する一番効果的な方法は何だと思う?」

 

大樹はイラつく。

 

「よくわからないから聞いているんだ。女は品だと、正に伝えろ」

 

「分かった」

 

大樹がタバコに火をつける。煙がくゆらす車内で義雄がLINEの質問を続ける。

 

「あのさ、品、すなわち商品は男の方だよ」

 

返信を聞いて大樹はいつもより早いペースでタバコをふかす。

 

「何だそれ?」

 

大樹が言うまでもなく、義雄が即返信。

 

「女の子の視点を理解する一番効果的な方法は、女の子を男の子のお客様として理解することだと思う」

「女の子は男、すなわち僕らという商品とその広告、つまり男の性格とそれを示す確たる証拠を評価して、自分の人生に価値をつけてくれるかどうかを判断する消費者側なんだ」

 

「男が品?」

 

大樹はタバコを強く消す。

 

「大樹よ。正の話、お前の逆じゃん」

「でもなんか、俺は正の言っていることにガチ共感する」

「ナンパのイロハで知るイメージと全然、女の子へのアプローチの心構えが変わる」

 

「正に、ナンパと正のアプローチ論とどっちが女を落とすに早いか聞いてみろ」

「絵に描いた餅じゃなくて、実際女をこの手に入れるスピード、結果が大事なんだから」

「女の子を大切に扱うというテーゼは変わらない」

「その後先の違いだろ?」

 

「俺はそうじゃないと思うな」

 

義雄はそうつぶやき、正に問いかける。

 

返事が返って来た。

 

「女の子をモノ扱いするのは道徳的に間違っているだけではなく、モテという目的に照らした実用的な観点からも愚かだよ」

「女の子は、秒で男性の外見だけでなく、人生がうまくいっているかどうか、一緒に楽しんで歩んでいける人かどうかまで評価できるんだ」

「ナンパって、秒で落とせるかい?」

 

「義雄。あそこにコンビニがある。一休みしよう」

「スマホもそこで探せ」

 

「あいよ」

 

「みゆきさん。二人の会話ならぬ正くんの女性感も聞けて有意義な盗聴……、じゃなくて拝聴でしたね」

 

恵ちゃんはスマホの通話を切る。

 

「はい。正さん、素敵です」

 

「明日は3人揃いますね。どんな話の展開になるやら」

「義雄くん、みゆきさんにどんなアプローチしてきますかね?」

 

「さあ、どうでしょう」

「でも、義雄さん、素敵な友達に囲まれていて幸せな男の子だと感じました」

「今日はそっけない対応をしてしまいましたが、明日は優しくしてあげようと思います」

 

恵ちゃんもみゆきさんも、お互い素敵に微笑む。

 

 

 

 

 

 

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「優勝、たから~くじ~」

 

行司の水野の軍配が東のこずえちゃんに上がる。

 

「あのさ、こずえちゃんズルしたよ」

 

谷崎くんからの物言い。

 

「ズルムケ長チンは谷崎くんの方です」

 

「それは僕への侮辱だよ」

 

「ホモ言葉です」

 

こずえちゃんと谷崎くんの会話を無視して、

 

「協議に入ります」

 

行司の水野、隆と紀香ちゃん、夕子ちゃんが協議に入る。

 

こずえちゃんが最初にお尻を合わせた際、手を使って谷崎くんの短パンをずりおろしていた疑惑が浮上。谷崎くんが負けた原因は半分ケツが見えたことによる反則負け。

 

「協議の結果を報告します」

「こずえちゃんの所作は相撲で言うまわしを取る行為とみなし、判定は覆りません」

「半ケツを出した谷崎くんの、判決負けです」

 

お~っ! やったね! こずえちゃん。

 

ワイワイ、ガヤガヤ二次会のメンバーは盛り上がる。

 

「さて、優勝者のこずえちゃん、一言どうぞ」

 

「こずえ、正先輩との防衛戦が待っておりますのでコメントは控えさせていただきます」

 

「何? 防衛戦って?」

 

「正先輩はまだ事務連絡LINEを開いておりません」

 

「何? それ?」

 

隆が気づく。

 

「あっ! あれね。どじょうすくいとひょっとこ踊りの」

 

「はい。秒で勝負です」

「LINEに動画のURLを貼り付けておいております。明日の午前10時に配信です」

「正先輩、それを開くかどうか……」

 

「あのさ、正先輩、今笑うと大変なことになるよ」

「未読なら削除しておきなよ。シャレにならないから」

 

夕子ちゃんの助言。

 

「明日、正先輩、恵先輩、大樹さんと義雄さん、そしてみゆき嬢が揃う午前10時以降、何かが起こります」

「動画見て、すったもんだ慌てなかったら正先輩の勝ちです」

「後日、こずえを優勝の品として吸った揉んださせてあげます」

 

 

 

 

 

 

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「あっ! あった」

「スマホ、助手席とコンソールの間に挟まってた」

 

「それは見つからないはずだ」

 

大樹がコンビニの駐車場で、またタバコをふかす。

 

「あれ? 通話記録」

 

「何?」

 

「いや……、恵ちゃんと……」

 

「恵ちゃんと何?」

 

「まあいいや。記録が残っているだけ。結構長いな……」

「でも会話してないから大丈夫」

 

「トイレ済ませたらすぐに出るぞ」

 

「ああ」

 

「名古屋への道はまだまだ遠い」

「みゆきさんの心にもだ」

 

「遠い……」

 

義雄もつぶやく。

 

「俺たちが受け取ってもらう品だ。女の子の主観的意識を感じ認めて、一緒にいると安心する、安心するから一緒にいたい。話していると楽しい、楽しいからもっと話がしたい。女の子にそう思ってもらうことが大切かもな」

「正の言葉を聞いて、ふと、そう思った」

 

大樹はタバコの火をゆっくりと消す。

 

「でもこれだけは確かだ。男はチャンスをつかむもの。女はチャンスをしつらえるもの」

「思いどおりにはならないが、きっとこの求愛に応えてくれる、そう思いこませるすべを心得ている男は、恋の最大の支配権を握る」

「たぶん……、いや、きっとそうじゃなきゃ男じゃない」