第94話
チャルメラの音。
浜本くんが客席に向かってお尻を突き出す。
「プッ・プッ・プッ、ブリッ!」
「すんません。時報でしたが、フンも出ました」
「時報だけに、分」
「面白くね~」
聴衆は冷ややか。
フォローのため、小原くんが、浜本くんのお尻の匂いを顔をつけて嗅ぐ。
「乾燥しました。尻嗅げる。シリカゲル」
男子がグラスを適当にチンチン叩いて、まずまずという反応する。
次はチャルメラの音じゃない
「チャーン、チャーン、チャンチャン、チャチャチャチャン」
重低音のシンセサイザーサウンドとシンバルの音。浜本くんがサッと服とズボンを脱ぎ、競泳パンツ一枚姿になる。
はだか芸は不気味な踊りから入る。
「あれか?」
「あれだ」
「さ~! さ~! さ~さ~さ~さ~」
「営業決まったよっ!」
「北海道の雪まつり」
「下手すりゃ死んじゃうよ!」
「でも、そんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!」
「はい。オッパッピー」
次に間髪入れず、小原くんが浴衣を羽織って、ギター侍の真似。
「ジャン、ジャジャーン」
ギターをつまびく音。
「俺は、ひ~らい、け~ん」
「堅、堅、堅堅、平井堅」
「俺は今日もバラード唄い、そして拍手に包まれる……、っていうじゃなあ~い?」
「あんたを包み込んでいるのは……、ヒゲだけですから~!」
「残念~っ!」
「お~おきな、ノッポの平井堅」
「ひげ、切る~っ!」
続けざまに、二人揃ってテツandトモのモノマネ。
浜本くんの滑稽な動きと、そのまんまギター役の小原くん。
「なんでだろう~、なんでだろ~。なんでだ、なんでだろ~」
「まあ、二年生。そこそこ成長したじゃない」
隆が言う。
「ああ。この一年間で場慣れも十分しただろうし」
「後輩にも負けておれない」
水野も相槌をうつ。
「先輩方。二年生女子のモノボケも面白いって噂ですよ」
「今日やるの?」
僕がこずえちゃんに尋ねる。
「はい。この後始まります」
「でもさ、そうしたら、宴会、きっと10時過ぎちゃうよ」
「あら! もう、そんな時間ですか」
「こずえちゃん、合宿係でしょ?」
「ちゃんと宴会の進行しなきゃ」
「みどりちゃんのところに行って、時間調整しておいで」
「はい。分かりました」
みどりちゃん。二年生の榊原と金子の男子二人。こずえちゃんと夕子ちゃん。5人の合宿係が集まり、ひそひそと相談している。
ホテル側のスタッフもいる。
「皆様。宴もたけなわですが、本日のWellcomeパーティーをそろそろ、サクっと締めたいと思います」
こずえちゃんのアナウンス。
「さて、酔いが足りない方のために、私、下のヘアをそっております」
これには皆んなで大爆笑。
「こずえちゃん! どんな芸より面白いよ~!」
OBのダミ声が飛ぶ。
「上の部屋をとってあるでしょ! 落ち着いて!」
こずえちゃんがみどりちゃんに叱られる。
「はい。おちち、つきました」
ズレたブラのパッドを元に戻す仕草。
「プファー! プププ!」
また、皆んなから笑いが漏れる。
「老若男女問わず、一年生の男子部屋、401号室にお集まり下さい」
「楽しいゲームの時間も準備しております」
「なお、夜10時以降は401号室以外での飲酒は厳禁と致します」
「また、合宿の最初にお話した通り、昼夜問わず、男子の女子部屋への入室は固くお断りいたします」
「彼氏、彼女と、そんなことや、あんなことがしたい方は、互いに携帯で連絡をとるなどして、自己責任でホテル内のどっかでイチャイチャして下さい」
「こずえちゃん! 余計なこと言わない」
みどりちゃんが、こずえちゃんに肘をつけて耳打ちする。
「はいっ」
「失礼しました」
「あんなことや、こんなこと……。ああ! 私、いとしの人と、そんなことは夢の股、胸……」
「だから、こずえちゃん。余計な話はいいのっ!」
アナウンスが、こずえちゃんからみどりちゃんに代わる。
「それでは、初日のパーティー。締めと参りましょう」
「明日からも、二年生女子のモノボケ芸やビンゴゲーム、黒ヒゲ危機一髪ゲームなど、楽しい余興を取り揃えております」
「わ~っ!」
「ドンドン、チンチン」
宴会場は鳴り物や小太鼓の音も混じり盛り上がる。
「本日の中締めの音頭は、僭越ながら、合宿係の私、浜野みどりが務めさせていただきます」
「ピー! ピュー! パチパチ、パチパチ」
部屋いっぱいに拍手と口笛、歓声が飛びかう。
「さて、皆さま。お手を拝借! 関東一本締め」
「よ~おっ!」
「パン!」
パチパチ、パチパチと明るい拍手が宴会場に響く。
「さて。二次会だ」
こんなにも楽しい日々が10日間も続く。皆んな、ゆっくりと心を許しあえる仲になる。合宿の醍醐味。
「そうそう、こずえちゃん。二次会の留意事項。まだ言い忘れていることがあるわよ」
「そうだっ!」
「皆様。この後の401号室での二次会ですが、深夜0時を持って締めることと致します。そのあとはエンドレスです」
「例年、この規則が守られていないようなので、よろしくお願い致します」
「どこが規則だよ~……」
一年生男子が悲鳴に似た叫び。
「なお、ホテル内には一般客、外には野生のクマがおりますので、ホテル内外、ウロウロしないよう留意して下さい」
「あのね、こずえちゃん」
「その留意事項は、一般客とクマを交えて一文にしない。別々よ」
「はい」
「さて、行くか」
隆と水野、そして僕が腰をあげる。
スマ候補の、太田くんと谷崎くんは、もうお酒で出来上がっている。
「谷崎だってよ」
すれ違いざま四年の同級生男子が、僕らに耳打ちをしていく。
「了解」
隆と水野の顔がにやける。
「あのさ。こんなくだらない伝統やめようよ」
僕がいうと、
「やられた方も、まんざらじゃないんだよ。選ばれし者、って感じかな」
「やって大丈夫なヤツしかしない」
経験者の水野の言葉は軽い。
「ハイハイ」
僕は、軽く鼻であしらう。
「正先輩。二次会、私も行きますぅ~」
こずえちゃんが駆け寄ってくる。ほぼ完全に出来上がっている状態。紀香ちゃんも一緒。
「ハイハイ」
「あれ? 夕子ちゃんは」
「もう、もはや篠崎先輩とラブラブで~す」
「なるほどね。きっとロビーかどこかでよろしくやっているよ」
「よろしくやっているって、何ですかぁ~」
「まあ……、それは……」
「仲良くやってるっ、て意味かな」
「じゃあ、正先輩と私も、よろしくやっているんですね」
こずえちゃんは、いきなり携帯を取り出しLINEを打つ。
「まさか、恵ちゃんに何か打ったんじゃないだろうね?」
「その、まさかです」
こずえちゃんが、僕に満面の笑み。
ピンポーン。
恵ちゃんから、LINEが入る。
ーーーーー
『どう? 飲み会』
恵ちゃんからのLINE。
『楽しくやってるよ』
『こずえちゃんと、よろしくやっているんじゃないの?』
『えっ? いや、・・・、してないよ』
『何? そのてん・てん・てん』
どうやら、こずえちゃんは恵ちゃんにLINEを打っていなかったらしい。
『そう、無性に恵ちゃんに会いたいよ』
僕は話を素直な自分の気持ちに振る。
『私も。何だか、いつも毎日普通に会えると思うと何とも思わないんだけど、離れてみると……、ねっ』
『うん』
『正くんが卒業後アメリカに行くときになったら、私、どうなるんだろう?』
『僕も今の僕じゃ耐えられそうにないよ』
少しの合間。
『まあ、飲みすぎないでね』
『うん。名古屋でね!』
『うん。名古屋でね』
ーーーーー
「やめてくれ~!」
401号室の谷崎くんの悲鳴。
二次会に入ってすぐのスマ。こういう儀式は間髪入れず、早い時間に行うのが恒例。
谷崎くんは悲痛な叫びをあげるが、しかして、スマの捧げものとなった自分の立場をよく理解している。Tシャツ、ジャージのズボン姿のシンプルな服装。スマにするには、さほど時間を要しない、あまりに絶好の格好。
四年生男子、OB数人で十分な料理。僕は手を出さない。やはり、スマは可愛そうだから。
谷崎くんは素っ裸にされ、顔だけ出して毛布にぐるぐると巻かれる。そして浴衣の帯をつなげて、四箇所で手足が動けない様に縛られる。スマホで、その一部始終が録画される。
「行くぞ~」
毛布でくるまれた谷崎くんは、一年生の女子部屋へ8人の四年生、OBで丁寧に運ばれる。
「よい、しょっ!」
そして禁断の一年生女子の部屋に無造作に投げ込まれる。
夜10時半。
401号室の女の子は心の準備はしていたものの、現実に遭遇した時の叫び声。
「キャー! キャッ、キャー!」
部屋にいる女の子たちが叫ぶのは当たり前。素っ裸の毛布に包まれた男子が投げ込まれてくる。OBはスマホで一部始終を録画。
谷崎くんは一年生女子部屋に置き去られる。
「そうだ。今回の合宿のショケコン何?」
谷崎くんを投げ込んだ後、隆が水野に問いかける。
「おいおい。スマで苦しんでいる谷崎くんを放っておいて、よくすぐに普通の会話に戻れるね。閉じた口がふさがらないよ」
僕がそういうと、
「スマはスマ。これはこれだよ」
「そうそう、ショケコン、ベートーベンの運命らしい」
ショケコンとは、初見コンサートの事。練習も何もしない。夏合宿で譜面をいきなり配られ、三、四年生が初見で演奏する。合宿7日目の夜に演奏する。一、二年生を楽しませる余興みたいなもの。
「いいねえ。運命」
「僕らが一年生の時の定期演奏会の曲だ。懐かしいね」
隆がつぶやく。
「そうだ。ところで明日の小夜コンサートは何だ?」
「クラリネットとトランペットパート、そして一年生の出し物らしい」
合宿では、二日目からは毎晩7時から8時までの夕食後に、食堂のステージで、パートごとや木管、金管奏重奏などの出し物がある。
「クラリネットパートはベートーベンのピアノ協奏曲、悲愴をアレンジしたアンサンブルなどよく耳にするクラシックのアレンジもの」
「トランペットパートは、トランペット吹きの休日をベースにアレンジした、トランペット吹きの繁忙日らしい」
「一年生は、木管5重奏。ハイドンのディヴェルティメント」
「ああ。定番だね」
「そういえば隆、秋の卒業演奏会の曲は何にした?」
「俺は、リヒャルトシュトラウスの1番」
「さすが隆だね」
水野がうなずく。
「俺はモーツアルトのホルンコンチェルト第3番」
「正は?」
「俺はキャンセル」
「それは無しだよ」
隆が僕に言う。
「勘弁してよ。卒論とかが忙しくってさ……。定演出るだけで、精一杯なんだから」
「ベートーベンのゼプテットはどう?」
「ソロじゃないから大丈夫だろ?」
隆と水野が口を揃える。
「いや……。まあ、考えておくよ」
「しかし、今年のスマは長いな」
「ああ。俺、ちょっと見てくる」
隆がそう言うや否や、谷崎くんが「あ~、あ~」と半泣きで叫びながら、部屋に股を両手で隠して駆け込んでくる。
駆け込んできた宴会部屋、401号部屋に残っている女の子たちもその姿を見てキャーキャー叫ぶ。谷崎くんが、服を急いで身につける。
こずえちゃんが、のっしのっしと宴会部屋に戻ってくる。
「正先輩。私が縄をほどいて差し上げました。いやいや、今年の一年生女子は中々奥手で……」
「誰も禁断の縄に触れようとしませんでした」
「それ、奥手だとか、禁断だとか、使う言葉間違えちゃいない?」
水野がこずえちゃんに言う。
「そういえば、私はこれまで奥手だったし、禁断の果実でした」
「自分で言う、それ?」
隆がこずえちゃんをからかう。
「そして今、私は正先輩のクラスメイドのような関係なんです」
「あのさ、こずえちゃん。とにかく、周りが勘違いする言葉は謹んでね」
僕がそう言うと、お酒で赤らめたほほ、首を傾げて可愛らしく微笑む。
恵ちゃんがいなかったら、マジでこずえちゃんに心を奪われるかも。こずえちゃんのほろ酔いの様、可愛らしさを感じて、チョッピリそんな気持ちにさせる夜。
危ない、危ない。僕は、換気も兼ねて部屋の窓を大きく開ける。深夜0時、澄んだ高原の空気が素敵に部屋に入り込む。
深呼吸。恋ってよくわからないけど、こずえちゃんに好かれるのも悪くない。不思議な気分。