第74話
「いっただきま~す!」
中華料理店。単品だの定食だの色々注文。女の子たちは、パシャパシャスマホで写真を撮っている。
珍しくこずえちゃんも。
「この春巻き、パリッパリで超美味しいです! 焼き餃子も大きくて美味!」
紀香ちゃんや夕子ちゃんが大喜び。
「これが、宇都宮餃子っていうんですか?」
「違うよ。僕の知っている宇都宮餃子は、もう少し小さめで柔らかく、具もキャベツ中心だし違うみたい」
「ここのは、具がパンパンでニラもたっぷり。焼き加減も丁度いい」
「これは、餃子の満員電車だよ」
「フフフ。テレビで聞くような食レポですね」
「ホント、お腹が空いているからじゃなくて、ここの中華、とっても美味しい。最高です!」
こずえちゃんは、あんかけ焼きそば、エビチリ、ニラ団子に舌鼓を打つ。
「まいう~! 最高です、ここの味。味にメリハリがあります」
「私たち、同期の子達と横浜の中華街もたまに行きますが、正直まだ、ここほど美味しいお店を知りません」
紀香ちゃん、夕子ちゃんも舌鼓を打つ。
「ニラ団子。最高です!」
「これはニラの収穫祭です!」
「もう、こずえ、カフェテリアのニラ饅頭は忘れますです」
「本当?」
僕はこずえちゃんの言葉を信じない。
「嘘です。あれはあれでいいんです。やっぱり物事は近くで用を済ますでしょう」
「私が正先輩で用を済ましているように」
「おい正。本当にこずえちゃん、正で用を足しているのか?」
「隆よ。聞いてるだろ? 義雄からとか」
「僕は今はね、研究室の仲の良い女の子と一緒なの」
「ああ、まあね」
「でも、こずえちゃんと伊豆でキスしたとか、牛丼と一緒にアパートにおもち帰りしたとかの方が、全然オケでは噂になってるぞ」
「はぁ……、全く……」
「美味しい美味しい! 全部美味しい。幸せです」
「チャーハンも、思いっきり食べちゃいます!」
「無礼講ですみません」
僕は昨日食べたから知っているが、確かにここより美味しい中華料理店を探すのは都内でもなかなか難しいかもしれない。
「セットについてる杏仁豆腐ください!」
僕と隆は、女の子三人に杏仁豆腐を振る舞う。
「え~っ! 甘さ、柔らかさ、杏仁の加減が絶妙! 優しい味」
「正よ、このお店、本当に美味しいな」
「今度俺、里菜ちゃん連れてこようかな。最近グルメなデートしてないし」
「大樹さんからLINEが入っています」
「料理を見て美味しそうだと。また、日光に来る計画を立てるそうです」
「もしかして……、大樹に送った? LINE」
「はいっ!」
まあ、予想はしていた。でももう大丈夫。さすがの彼らも今回だけは動けまい。
「来週の水曜あたり、都合がいいらしいです」
「それ、まじ? 勘弁してよ……」
「まあいい。僕がいる必要がない」
僕は居直る。
「ランチと、東照宮、日光植物園だけらしいです」
「却下、却下。後で僕から連絡しておくよ」
「里菜ちゃんも、来週水曜なら大丈夫そうだ」
「あのさ……、隆も」
「まあいい。繰り返すけど、僕がいる必要はないから」
「正先輩は必要です。オケのLINEも炎上しました」
「美味しい中華に、日光観光、初夏の爽やかな植物園散策」
「車、四、五台分くらいにはなりそうですね」
「皆んな、美味しい話に食いつくわけです」
「そこで誰が食後の植物園案内できます?」
「……」
「この件は私にかませてください」
「任せてください、じゃないの?」
「心配は無料です」
「ツアーガイドの正先輩分の旅費、食費はかかりません。皆んなで割り勘で出します」
「僕、そんなことされたくないよ。そこまで貧乏じゃない」
「ボロは着てても、心はナイキ、ですね」
「はぁ……」
ーーーーー
「さすがパワースポットです」
「東照宮、すごいです!」
「さて、家康公のご利益を授かりましょう」
こずえちゃんは目が爛々としている。
「陽明門。すごいですね」
皆んなでじっくり見回す。僕も。3度目だけど素晴らしい。筆舌に尽くしがたい素晴らしさ。
「次に神厩舎です。16匹の猿がいます」
「人間の一生が風刺された作品で、作者は不明なのだそうです」
こずえちゃんは色々調べてきている。
「1面は、母猿が手をかざして子猿の将来を見ています」
「2面目は有名な三猿。3匹の猿がそれぞれ耳、口、目をふさいでいます。見ざる、言わざる、聞かざるです」
「3面、座っている猿の姿。一人立ち直前の姿を表しています」
「4面、猿は大きな志を抱いて天を仰ぐ。青い雲が“青雲の志”を暗示しているようです」
「5面目。猿の“人生”には崖っぷちに立つときも、迷い悩む仲間を励ます友がいます」
「6面、物思いにふけっている姿。恋などに悩んでいる姿」
「7面目、結婚した2匹の猿。大きな荒波の彫刻は、これから夫婦で乗り越えてほしいという願いがあります」
「8面、お腹の大きな猿。やがて母親になって1面へと戻ります」
こずえちゃんのガイドはツアーガイドさん並みだ。説明力がすごい。脱帽する。教育学部に必要な、人に物事を丁寧に分かりやすく伝える素養は満たしている。
「眠り猫の先には、家康公の墓の上に立つ宝塔があります。真横と真後ろが、特にパワーが強いらしいです」
「隣には、願いが叶うといわれている叶杉のほこらがあります」
東照宮の正門を出て右手にある石灯籠が続く参道。今日で3日連続だ。
道の先には二荒山神社。
「二荒山神社、強いパワースポットです」
「パワーのある2つの神社を繋ぐ上新道、とても強いパワーが集まっています」
「私には分かります。ものすごく強いです」
確かに歩いていると、不思議、強い霊気をこの三日通じて感じられる。
「さて、夫婦杉です」
「正先輩。縁結びの神です。おみくじ結びましょう」
「ああ、それはいいや。僕、恵ちゃんと結んだから」
「どこですか?」
「右の下から2番目の一番はじっこ」
「これですね。まず外します」
「おいおい! 勘弁してよ」
「そして、私たちのこれをつけます」
「だ・か・ら、外すのは勘弁して」
「分かりました。その意見はのみます」
「隣に結びます」
「御神木に一緒にそっと触れましょう」
僕は仕方ない。言う通りにする。
「これで恋人との良好な関係を築けるパワーを授かりました。恵先輩との上をいきました」
「はいはい」
僕はこずえちゃんを軽くあしらう。
ーーーーー
植物園で入園料を払い、駐車場に入る。
「結構軽だらけ、庭、花だらけですね」
「こずえちゃん。駐車場の車からギャグ始めない」
「ここが植物園ですか?」
「想像していたのとは違いますね。自然植物山です」
「そう、ここは自然の中で、自生している、あるいは自生している植物の中で色々な草花を魅せる植物園なんだ」
「たくさんの花が咲いてますね」
「知りたい花だらけです」
「結構軽だらけ、庭……」
「こずえちゃん。ギャグはいらないよ。花だらけで十分」
「はいはい」
僕は三日目。
でも、隆、こずえちゃん、紀香ちゃん、夕子ちゃんに花の名前や意味、その他諸々関連する話を丁寧にしてあげる。
「正先輩。花には格別詳しいんですね」
「いつの間に覚えたんですか? 寝てる間ですか?」
「子供の頃から覚えたよ」
「さて、この花はなんですか?」
こずえちゃんは自分を指差す。
「説明は省くけど。花に劣らず可愛いよ」
社交辞令で僕がそう言うと、
「いつの間に覚えたんですか? たった二ヶ月半で?」
「嬉しいです。私! これからも先輩の欲に立ちます!」
「特にお布団の中では、すごく欲に立ちますよ!」
「こずえちゃん。欲じゃなくて役でしょ?」
ーーーーー
「皆んな揃っているか?」
浅野教授が相変わらず鼻息を荒くして研究室に入ってくる。
「正がいません」
「正が?」
「どこにいった?」
教授がイライラし始める。
「きょっ……、教授にも話ししていたと思いますが、おととい日光、昨日日光、今日もまた日光です」
「そりゃ結構だ。何してるんだ? ヤツは!」
イキリ立ち、苛立った強い口調。
「まあ……、あの……、いろいろな経緯がありまして」
恵ちゃんが教授の機嫌をなだめにはいる。
「これ。提出する論文の校閲が済んだ」
「皆んなで熟読して、変更箇所があれば知らせてくれ」
「正にはPDFで送って、今日の夕方までに返事をよこすよう連絡してくれ」
「夕方6時頃から論文最終チェック、読み合わせを行う」
「正が帰ってきたら合流させる」
「はいっ!」
浅野教授は、独り言のようにブツブツ正の文句を言い教授室に帰る。これが大樹や義雄なら大惨事だった。ただの文句だけでは済まない。
「恵ちゃん。正への連絡よろしくね」
「いいわよ」
恵ちゃんは、論文をPDF化する。
『お楽しみのところごめんね。教授が今日、夕方までにこの論文のチェックを済ましてくれとのことです』
『私たちも頑張るけど、やはり正くんが頼りなの』
『念入りにチェック願います。よろしくね』
P.S. 『もし無理なら、私たちでなんとかするけど……』
ーーーーー
「あっと、メールだ」
スマホのメール着信音が鳴る。
「誰からでしょう?」
「恵ちゃんからだね」
「やれやれ、ヤキモチメールですか」
「こりゃ大変だ……」
「どうしました? 別れ話ですか?」
「その話、進めたほうがいいですよ」
「いや、論文の英文校閲が済んだので、すぐに最終チェックしてくれとの連絡だ」
「おいおい、大変だな」
隆が心配してくれる。
「困ったね……」
こずえちゃんがちらりとメールを覗き込む。
「恵先輩。私たちでなんとかすると書いてあるじゃないですか」
「他人の全員に、ありがたく甘えてください」
「他人の善意でしょ? そうはいかないよ」
僕は頭の中を整頓する。
いい手はないものか……。
「そうだ、隆。華厳の滝は僕抜きで向かってくれる?」
「僕はその間、市内の喫茶店で論文チェックしている」
「いいよ俺は。こずえちゃん、それでいい?」
「残念ですが仕方ありません」
珍しく、こずえちゃんが素直に頷く。
「そのかわり……」
「そのかわり……?」
「論文打ち合わせ終わったら、夜食 de デートしましょう」
「そうきたか」
「はい。そうきました」
「多分無理だよ。論文の最終打ち合わせは長引くと思う」
「夜、かなり遅くなるよ」
「でも、晩御飯は食べますよね?」
「ああ、もちろん。でも……」
「恵先輩とですか?」
恵ちゃんとは、久しくスキンシップをしていない。
今日は、論文打ち合わせで、箱入り娘さんも帰りが遅いことを承知していると思う。今晩は、食事込みで恵ちゃんとデートしたい。
「こずえちゃん、今度にしよう」
「こずえちゃんとのデート、ちゃんと時間とるよ。約束する」
「今度とお化けは出たためしがありません」
「お化けを見せてくれたら、納得します」
「まあまあ、こずえちゃん。正の状況も分かってあげなよ」
隆が助け舟を出してくれる。
「わかりました。ただ、もう少しだけ植物園にいましょう」
「正先輩は歩く植物図鑑。何でもかんでも聞きまくります!」
こずえちゃんは、少しムキになっている。
「こずえちゃん。武者小路実篤の言葉知ってる?」
「”天与の花を咲かす喜び” ”共に咲く喜び” ”人見るもよし” ”人見ざるもよし” ”我は咲くなり”」
「天から与えられた自分自身を咲かせる喜び、他者と共に咲く喜び、そして、人が自分を見ていても見ていなくても構わない、私は私として咲きます。そういう意味の名言だよ」
「花はね、自分が花であることを花として一生懸命咲いてるんだ」
「どの花も自分が自分として、他の花と美しさを競うことなく誇らしく咲いている」
「そういう花の気持ちをこころで感じて、こずえちゃんが気に入った花を僕に質問してみて」
こずえちゃんはしおらしくなる。
「正先輩のいう意味、よくわかりました……」
こずえちゃんの細い髪と植物園の花たちが、一斉にヒスイ色のそよ風に揺れる。