第48話
「なんか、小腹空かない?」
「全然。車の中で頂いた恵ちゃんお手製のおにぎりと卵焼きで俺らは大満足だし、お腹いっぱいだよ。正はおにぎり、五つも食べたんだよ」
「でもね~。別腹が求めるのよ。おいでおいでしてるの」
「わかったよ。デザート感覚でグルメしよう」
大樹が決める。
「うん! ありがと」
恵ちゃんを先頭に僕らはレストランに入り、パインボード二つに、それぞれにフレッシュバナナジュース、そしてバナナパフェを頼む。
「美味しい!」
「最高だね!」
「でしょ?」
「ご当地ものはご当地で口にするものよ」
「夜の海の出会いみたい」
「大樹、それは何の例えだ?」
「ご当地で会った子は、そこでご馳走になると言うこと」
「あ~あ。またその話……」
恵ちゃんが大きなため息をつく。
「でも、大樹くんのナンパ話、何度も聞いていると、相手がいるわけだから相手も楽しいのよね、きっと」
「おっ? 恵ちゃんわかってきたね。そういうことなんだよ」
「全然わからないわよ」
くだらない会話をしながらも、皆んなで新鮮で美味なフルーツの虜になった。
「美味しいものついでに、植物検定の属名覚えようか、フルーツの」
「どうやって?」
恵ちゃんが僕に問いかける。
「詩にするよ。ちょっと待ってて」
僕はメモ帳とボールペン、そして植物検定の冊子をカバンから取り出した。
ー 実のなる恋 ー
買って来たよ 缶詰パイン
シロップ漬けの4枚入り
甘酸っぱくて美味しいの
ゆっくりゆっくり食べようか
カットパインの穴を覗いてフルーツ友達ご紹介
一つ目の穴を覗くと マンゴーさん
ウルシ科のマンゴー属 Mangifera indica
ヒンドゥ教では大宇宙の神様だよ
二つ目の穴から ココナッツさん
ヤシ科のココヤシ属 Cocos nucifera L.
ポルトガル語でココス つまりサルの意味
タネの孔がサルに似ているからだよ
三つ目の穴は パパイアさん
パパイア科パパイア属 Carica papaya L.
実は恐竜時代の生き残りと言われている古代植物
四つ目の穴からは ドリアンさん
アオイ科のドリアン属 Durio zibethinus
言わずと知れる果実の王様
あっ! 全部食べちゃった!
自己紹介を忘れてました 僕の名前はパイナップル
パイナップル科アナナス属 Ananas comosus
実が松ぼっくりに似ていて リンゴのようなあまい香りがするから
pineとapple 組み合わせてpineapple
実はね 僕らにもね 花言葉があるんだよ
一つ目 マンゴー 「甘いささやき」
二つ目 ココナッツ「思いがけない贈り物」
三つ目 パパイア 「燃える思い」
四つ目 ドリアン 「私を射止めて」
こうして恋のステップ踏んでいくよね
そして僕 パインの花言葉 それは「あなたは完全です」
はい! ここまで! 実のなる恋の成立ですよ
「正くん。天才じゃない? 詩も書けるの?」
恵ちゃんがクリクリした瞳で僕を見つめる。
「いや、なんとなく書き連ねただけ。小学生の書くレベルの詩だよ」
「でも、可愛らしくて爽やかでいい。テンポよく果樹類の属名も覚えられそうだし」
「さて! ごちそうさま」
「熱帯植物の楽園に行くわよ。ランがたくさん見られるわ!」
「あっ、渡辺先生」
農学部の農場の助手の渡辺先生とレストランを出たところで出会う。助手といっても、もう55歳を過ぎているベテランの先生だ。愛称は、歩く植物図鑑。
「こんなところで何してるんですか?」
恵ちゃんが尋ねると、
「一年生の果樹実習のレクチャーに来ていて、最終日にはオプションでここの温室の案内もするから事前視察しているんだ」
「君たちの一年次の時は用事があって来れなかったんだけど」
そうだ、果樹園芸の実習の最終日にバナナワニ園に来る。見学のメインはここの温室。僕も一年生の頃、ここの温室を見て花卉に興味を持ち始めたんだ。
「パフィオペディラム、ブラッサボラ、バンダ、オンシジウム、デンドロビウムそしてカトレア、リカステ、オンシジウム」
「大学の農場にもあるけど、やはり魅せる用のここのランたちは特別綺麗ね」
恵ちゃんが呟くと、僕は植物検定の冊子を鞄から出してみた。
「植物検定、ランは特別多いじゃない。80属くらい覚えなきゃ」
「浅野先生の意向だよ、きっと」
渡辺先生が話す。
「浅野先生、若い頃はランに夢中だったからね」
「動物界で最も進化した生物はヒト、植物界ではランだからね」
「100属近くのランを材料に、いろいろ研究してた」
「特に、シンビジウムやデンドロビウム」
「シンビジウム属には、日本の野山にある春蘭があり、高度に園芸品種化された1m近い丈の東洋蘭に区分されるシンビジウムもある」
「学生の時に交配とかもしていたんじゃないかな? 同じ属だから種子ができるはずだとかいって」
「しかし、ラン以外も熱帯植物の数すごいですね」
「ああ、まさに楽園だね」
僕らは、ジャングルのような温室にある数千種の植物の木、花、葉、実を見て感動する。渡辺先生のガイドは素晴らしく、まさに植物図鑑。
「植物検定では、熱帯植物は少ないですね」
「多分、まずは浅野先生が市場に流通している花、日本に自生のある花、庭木、花木、観葉植物などを覚えるように工夫して冊子を作ったんじゃないのかな」
「花卉園芸を学んだものが、社会に出て一般的な花や園芸植物の名前一つ出てこないと本人が困るから」
「そして、世界へ羽ばたくだろう君たちには世界の共通語、ラテン語の属名が必要だし」
渡辺先生は浅野教授の心をよく知っている。何だか、植物検定を頑張ろうという気が湧いて来た。
「お昼ご飯、どうするんだい?」
「どこかいい店ありますかね?」
「そうだね……。鯵たたき丼がオススメかな」
僕らは店の名前を教えてもらい、ランチはそこにすることにした。
「早めに行かないと売り切れちゃうよ。並ぶのは覚悟だよ」
「先生も一緒にどうですか?」
「僕は一年生の手作りランチ、今日もまたカレーみたいだけど、それを食べるよ。合宿だからね。同じ釜の飯を食う」
「僕らは夕方には合流します。夕食はチャーハンだと聞いてます」
「じゃあ、また夕食時に会おう」
「はい」
僕らは渡辺先生のオススメの店に足を運んだ。先生の言う通りお昼時、10人くらいの行列ができている。
運良く10人の団体さんが、いっぺんに店を出て来た。
「じゃあ、皆んな鯵たたき丼ね」
「うん」
「伊豆の空気、いいわね。天気もカラッと、潮風爽やか」
「夏の扉が開くところ。丁度いい季節よね」
店員さんが鯵たたき丼を運んで来た。
「すごいわ! どんぶり一杯に鯵4尾も使ってる。インパクトがあるね。私、全部食べられるかしら?」
「無理なら残していいよ。僕が食べるから」
「うん。正くんお願い」
「美味しい! 新鮮な鯵の旨味が濃厚で、脂がのっている」
「ほどよく生姜が効いていて、全体の味がキリっと締まっているね」
「まるで私みたい。旨味がぎっしり詰まっていて美味しいよ」
「それ、自分で言う?」
「あら、間違えてるかしら? 私」
「ねえ、正くん?」
「いや……。その……」
「まだ食べてないけど……。そうなんじゃない……」
「おいおい。最近、正と恵ちゃん、何か変だぞ」
「何かあったのか?」
大樹が話を切り出す。
「いや、別に」
「いや、変だ」
義雄も勘ぐる。
「最近どうもおかしい」
「そう言う君らも、歩ちゃんやみどりちゃんとかと……」
「何もないよ。俺たちは」
そう言いながら、二人とも僕への視線を外らす。
「皆んな恵ちゃん狙いの線、外れていないからね」
「いないからね」
恵ちゃんが僕のほうを向いて、いつもと違う、恋人の顔して微笑んで繰り返す。