第47話

 

「来たぞ~。海だ!、山だ!、温泉だ!」

 

「伊豆ね。最高に爽快ね!」

 

恵ちゃんが素敵に背伸びして深呼吸する。

 

「え~と。タコの木、タコの木。あれはタコノキ科、Pandanus属」

 

「だから正よ、この二日間くらいはのんびりいこうよ」

 

「いこうよ」

 

恵ちゃんがニコニコしてポンと僕の肩を叩く。

 

「はいはい」

 

僕は植物検定の冊子をカバンにしまう。

 

「おはようございま~す」

 

40人の一年生の若々しい声が僕たちに響く。

 

「やあ、おはよう!」

 

陽気な大樹が手を上げて挨拶返しする。

 

果樹園芸学実習は4日目の朝。4日も一緒に同じ釜の飯を食い寝泊まりすれば、皆んな心が打ち解けて来る。

 

懐かしい。僕らもこうだった。

 

初めはお互い何も知らなかった僕たち。3年間の年月と友達の存在が、僕たちを何とか知恵や論理を駆使することのできる今の四年生にまで成長させてくれた。

 

「先輩たちは朝ごはん食べて来たんですか?」

 

「ああ、車の中で食べて来た」

 

「な~んだ。もう8時半だけど、もしもの時に備えて、朝ごはん残しておいたんですよ」

 

手作りのぐちゃぐちゃな形の卵焼き、切り方の太さがまちまちのオクラ。そして焼きすぎているアジの開き。味噌汁は、増えるワカメで埋め尽くされている。

 

まあ、この7日間は一年生の完全自炊生活。班ごとに料理の良し悪しが分かれる。女の子が居れども、その班の料理が上手いとは限らない。でも、皆んなで楽しく食べれば、何でも美味しい。

 

オケの後輩も3人いる。トロンボーン、チェロ、フルートの子。

 

「こずえちゃんのお気に入りの正先輩、おはようございます」

 

「あらあら、伊豆に来てまでこずえちゃんの名前が出るの?」

 

恵ちゃんがクスッと笑う。

 

「こずえちゃんのお気に入り、は余計な接頭語だよ」

 

僕らは皆んなで微笑む。

 

「早速俺たち、バナナワニ園に行くからね」

 

「あら、先輩方、果樹実習のサポートで来たんじゃないんですか?」

 

「建前、建前。毎年の四年生の楽しみな自由時間だよ」

 

「な~んだ」

 

一年生は少しがっかりしている。

 

「夜は頑張るからね。皆んなで遊ぼっ!」

 

「は~い!」

 

皆んな一斉に声を上げる。

 

 

ーーーーー

 

 

「ワニよ、ワニ! 君たちどうしてここにいるの?」

 

恵ちゃんのおとぼけが始まる。

 

「ワニ園にワニがいなくてどうする」

 

大樹が言うと、

 

「あら、どこだかのテーマパークには、クジャクがいると言って、いなかったことがあるのよ」

 

恵ちゃんが言い返す。

 

「確かに。どこだかのスナックで、新しい子が入ったのよ、と言って入っていなかったことがある」

 

「大樹よ、それは例えが違うだろうよ」

 

僕と義雄は二人の会話に呆れる。

 

「まあいい。ここにはいる。ワニさんも、カメさんも」

 

「うん。可愛いね」

 

「見て見て! レッサーパンダよ。可愛い!」

「アニメのアライグマ、ラスカルに似ているね」

 

「アライグマとレッサーパンダはどこが違う?」

 

大樹が皆んなに問う。

 

「アライグマのラスカルは、実はレッサーパンダをデフォルメして作られたキャラクターなんだ」

 

「アライグマとレッサーパンダの違いは、体色と顔の模様の2つ」

「レッサーパンダの体色は鮮やかな赤茶色、アライグマは灰色がかった茶色」

「顔の模様も違って、ほっぺに白い模様があるのがレッサーパンダ、太い眉毛のような白い模様が特徴的なのがアライグマ」

 

「義雄、詳しいね」

 

「ホント。オタクのような詳しさね。義雄くん、実はラスカルのぬいぐるみかなんか抱いて寝ているんじゃないの?」

 

そう言いながらも、恵ちゃんも感心する。

 

「ねえねえ、見て見て! フラミンゴ」

 

「赤からオレンジ色の体毛。グラデーションがとても綺麗ね」

 

「あの体毛の色は餌から来ているんだよ。主としてβカロチンとか」

 

「カロチノイド!」

 

「そう」

 

「ようやく犯人を突き止めたわよ。色を出す餌はニンジンね」

 

「恵ちゃんの脳みその働き方、調べてみたいよ」

 

「エサは水中の藻類やエビなどに含まれるカロチノイドだよ」

「オレンジ色の餌ならオレンジ、赤なら赤」

 

「ちなみに、餌にカロチノイドが含まれていなければ体毛は白になるんだ」

 

「ふ~ん。なんか、カーネーションが白だとか、赤だとか、そしてオレンジ花色になる謎に、微妙に繋がる部分あるかな?」

 

「全く無いね。だからその恵ちゃんの脳みその思考回路、調べたくなるんだよ」

 

皆んなで笑いながらも、僕たちの眼には、一本足で立っているオレンジ色のフラミンゴが、オレンジ色のカーネーションに重なって映る。

 

「フラミンゴの一本足立ち。完璧なバランスね」

 

恵ちゃんが僕にスリスリすり寄ってくる。

 

「うん」

 

恵ちゃんが小さな声で話し始める。

 

「私はね、完璧だから正くんに恋するんじゃないのよ。完璧じゃないから恋するの。わかる?」

 

「うん……」

 

「人は皆んな、喜びと寂しさとともにこの世に生まれてきたと思うの。勘違いだとか孤独とか、自分の中の幸せと、あきらめや葛藤みたいなものを抱えて。そういったものをわかり合おうとすることが、人と人とが恋することに通じるんじゃないかな?」

 

「恵ちゃんの喜びや幸せはすぐにわかるよ。でも恵ちゃんにもあるの? 孤独感や葛藤って」

 

「あるわよ、もちろん。恋は目ではなくてこころで見るもの。正くん、私の笑顔だけに溺れないで」

「誰かに気を持ち始めると、恋すべき人と、寂しさを解消してくれる人の違いを頭ですり替えてしまう場合がある。それには注意しなきゃ」

「正くんには色々なこと、許すこころがあると思うから。許すこころが無い人に、私、恋する意味が無い」

 

「許すって……。何を……」

 

「お~い。正、恵ちゃん。本園に行くぞ~!」

 

「は~い!」

 

恵ちゃんがステップ踏んで大樹と義雄の方に向かう。今、そばにいた恵ちゃんが離れて行くだけで孤独感を感じる。いないときに恵ちゃんを慕い、恵ちゃんが自分のそばにいることをいつも欲している。

 

これまでも何度も同じような場面があったけど、恋したらその気持ちが微妙に違う。どうしたものか……。こころがとても慌ててる。