踊る.

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朝晩は

すっかり寒々しく冷え込むようになった 
旭川です。







北海道地震から数日後のこと。





子どもの園行事に参加した際、
お母さん同士と思しき方達のお話しが聴こえてきた。



「こういう時の情報って、踊らされるよねぇ」

「ね、断水になるとかね。」

「自衛隊からの情報ってさ、家は聞いてないぞってw」



と、まぁ
こんな感じの、会話の一部が聴こえてきました。






なんというか





その会話の一部が
なんとなく残っていまして。



そして
思いました。





震災時の情報は
確かに、いろいろと出るかと過去を見ても思うのですが。



それは
震災に限った事ではなく。



普段の生活の中に
それらはもう充分に、ある事ではないかと。





例えば、今年の流行色やら

身体に良いとされる食べ物やら

ダイエットの方法や、健康法。

テレビではゴシップやらネットやら

果には、
ワークショップやエトセトラでも


やらやらやら。




それらが出る度に

右往左往している人も少なくなく。





人は
既に充分に、普段から情報に踊らされているのではないかと思うのです。

震災に限ったことではなく。





さらに言うと




情報がダブダブ溢れるその中で
何を掴み、如何に取捨選択するのかもその方次第で、

それにてどうするのかも
その方次第なのではないかと。




そして

今回流れてきた
園関係lienから届いた「断水情報」に限って言えば、




おそらく 



その情報を流されたお母さんは、
自分達だけが備え、楽となるのではなく、
非常事態にはならないかも知れないけれど、
出来るだけ 
みんなが助かるように、苦しまずに居られるようにと思ったが故の行動だったのだろうと、
容易に想像がつくのです。

その思いの出処といいましょうか。


少しでも
危機的状況が起こる時には気をつけてね!
という気持ちから。



ある側面からは、
それすら賛否両論起こるとは思うけれど

でも

ホントに被災した時ってね
やっぱり、自分だけ とは、なかなか思わなんだ。


あの人はどうだ
大丈夫か
無事か
困ってないか
自分に何が出来るか
今どうするか。




情報は届いて手元にあったとしても


果たして
自分はどうするか


どう処理するか。





踊らされるというよりかは



踊るか
踊らないか。





それは大きく
情報だけでなく 観抜く力 でもあると思うし


その力が
あってもなくても


己なのではないかなぁ、と。





そんな風に

つらつらと流れておりました。




どっちがいいとか悪いとか
そんなことじゃなくてね。





それでもって




その全体すらも

きっと



いまの処じゃ


踊らされておるのでしょうな.











ありがとうございます.




前日.

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紅葉が始まっている 旭川です。






先日の
北海道胆振東部地震の前日のお話し。




幼稚園に子供をお迎えに行ったら、
同じクラスのママさんに会った。


気さくな方で
会うといつも笑顔満開で手を振ってくれる。

我が家と同じく、
今年の春に転園したご家族で、福島から来たそうだ。



挨拶から
ほんの立ち話し。



今日はこれから、
老舗酒蔵まで、お水を汲みに行くことを話すと、

「わたしもたまに行くのよー!」
と偶然に花が咲く。


そこから、
「よかったら、18リットルタンクが3本もあるの。一本あげようか?」と。

飲用水には
敢えてサイクルを早めにしたいから、とお伝えし、笑顔でまたねと別れた。




酒蔵でお水を汲んでいると、
隣にいたお爺さんが、アマナを見て笑顔で話しかけてきた。

そこから
ほんの立ち話となり。


ここはお水を開放してくれて有り難いね、とか
ここのお水は美味しいね、なんて
他愛もなく、何言かの会話。


するとお爺さん、
「 これを使いなさい 」と、
ご自分の汲みに来た4リットルの焼酎瓶を下さった。

「 いやいや、お父さんの無くなるから! 」
と御断りしたが、
いいんだいいんだ、また飲むさと笑ってらっしゃる。


えっと‥
とも思ったが、そのお気持ちを嬉しく思い、
「 ありがとうございます 」と受け取った。



さっきは18リットル。
大分減ったが(笑)、今度は4リットル。

今日はカップ麺をあげるとも言われたし、
随分と物をくれると言われる日だなぁ‥と思いながら、


たっぷり入った4リットルの水入り瓶と、
いつものペットボトルを運びながら、考えていた。

夜には家族にその事を話したりしてー。






その翌日




家族に指摘される。






「 カップ麺と、お水ってね‥ 」




は!!
ホントだね!!←鈍っ!w





見知らぬお爺さん

エイスケ君のお母さん


そして 存在に





すみません。

ありがとうございました。














今日をありがとう









旭川より.

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揺れてるな‥と思い目が覚めた。



揺れが収まって、スマホを確認。
情報がまだ入っていない。
ニュースやらあちらこちら探している内に、出た。

「 北海道胆振地方で地震 」
旭川震度4


4か‥
そんなに揺れたかな?


なんて思いつつ、
まだ4時前だったので、再度就寝←のん気かっ!




6時にいつも通り起床。




‥あれ?

違和感。


電気が点かない。
炊飯器も動いていない。


ブレーカーを確認。

落ちてない。


落として入れ直すも音沙汰なし。




停電だ




とりあえず
旦那さんを起こす。



「 停電してる。 」




そこからの旦那さんの行動は速やかだった。




“いざ” の為に準備しておいた、家族分の避難リュックからラジオを取り出しつける。



地震だと知る。

当時はまだ、震度6.8の情報だった。




さて、と。
どうするか。



一切の電気が絶たれた時
真っ先に必要となるものと、後でいいものが、
今回よくわかった。



ラジオや携帯での情報がどれ程役立つか。

電池や携帯の充電が、どれ程大切となるのか。

火と水と米が、長時間の被災にいかに必要か。



何も言わずとも
自分たちで準備した、“いざという時のリュック”を、黙って持って集まった子供たちもエラい。
子供たちなりに、ちゃんと考えている様子。


ただ

6歳になったばかりのアマナは、やたらテンションが高かった。
どうも非日常となると、ワクワクしてしまうらしい(笑)

‥わかる気がする。

自分も子供の頃、
大型台風が来る準備をした時、わくわくしたのを覚えている。




旭川は珍しく揺れたものの、
倒壊や陥没などの被害はなく、
北海道全域の大停電と所々による断水のみの被害だった。


我が家はキャンプをよくしていたので、ランタンやカセットコンロもあったし、土鍋でご飯を炊いたりしている。
お米は一昨日10キロ用意したばかりで、
水は日頃から伏流水を汲んで使っているけど、偶然前日に汲んできたばかりだった。



一先ず
なんとかなる



余震で揺れていない旭川だった事もあり、不安はなかった。
もちろん、頭はそれなりに回転したが。





停電してるから仕事先にも電話は通じない。
旦那さんは、ソッコー仕事は休むと決めていた。

判断が早い


ラジオからは、
小中学校・幼稚園等は休校と流れていたので、迷わずお休み決定。

と同時位に、
幼稚園のクラスラインから、次々情報が届く。



アマナの通う幼稚園は自衛隊に近い為、
自衛隊・消防の父母がやたら多い。

充電少ないけど、情報入る入る(笑)


でも、
福島で被災を経験した人達もいたし、自衛隊からの情報も届いていたので、正直、とても助かったし、安心材料になった。

こっちは水出てるょ とか
このまま停電続くと○時位には断水予定だょ とか。

園からの情報メールも届いていたし、中にはやはり自衛隊からのお知らせも入っていた。




結果
翌日には停電は解消され、
現在は市内殆どが、通電した様子。


でも、まだまだ北海道の半分超え。



翌日には
南太平洋で大きな地震があったらしい。




北海道だけでなく
今や、各地で“普段の日常”に向けている方々が多くなってしまった。


“普通” が、変わって来ているのかも知れない。
というか
“普通” って?ってコトである。




どうぞ
みなさん、お気をつけて。 


1日でも早く、多く、
安心した今日が訪れますように。。


そして
夜を徹して、大切な家族を家に残して、
日々懸命に動いている方々がいるからこその、早い復旧だったと心底思います。


ありがとう



ご心配頂き、
沢山のお心寄せを頂きましたみなさん、
本当にありがとうございました。

こちらは元気です!


本当に、ありがとう





今日は朝から大雨です。

旭川では既に上がりましたが、地方によっては引き続き降る場所も多いと思います。

みなさん
其々の場所で
其々の生きる中で

どうぞ “足首狂わさず” がんばって。




生きましょう。












ありがとうございます









死ぬんだな.

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曇り空の旭川です








祖母との別れから、数週間。




昨夜

また訃報が届く。






コトバにならない。






ただ 思う。




「 あぁ

人は 死ぬんだな 」 と。






言葉にすると そんな当たり前のこと。





人は死ぬし

地面や山や森では、
いつでも死と腐敗と新しい命が常に在って

それは
地球そのものだ




そして
ドラマでもある。







「 身体、大切にしてね 」
「 無理せず、大事にね 」


わかる。

ホントにそう思うし。
言うし。




でも
身体が元気で、   「 それで? 」





やっぱり人は

 
人と出逢ったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり
目の前に現れ流れてくるそれらに、生きることなのかも知れない。





そう痛感する。



 



でも  「 それで? 」







日常と


その源と






この現象の根源とはナンダ








変わり続けるもの

移りゆき続けるもの


変わらないもの





普遍






普遍とはナンゾヤ。







そんなことを 


つらつらと。




つらつらと。












姉ちゃん



お疲れさまでした









そうなっていた.

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新緑に 雨弾く 旭川です









三十代の頃


気が向き受けた婦人科での検査で

卵管が全く映らず
体外受精でも無理です
と宣告された。


不思議と何のショックもなく
看護師と医師が深々と頭を下げる中、
ひょうひょうと 「 あ、そうですか。」と言って病院を後にした。


 うーん
 そんなこと無いな


と、直感めいた感覚だけがあった事を覚えている。





あれから13年。






紆余曲折
波乱万丈あった(らしい)が(笑)



現在
2児の母である。









「   どんなことがあっても 


  アマナを産むことになっていた  」






それは



アマナの
名付け親からの コトバ 。







 どんな こと があっても







 どうなっても 。








沁みていく



染みていく













ありがとうございます