今年の旧正月映画なのかなと思っていたら、旧正月には何の音沙汰もなく、5月ごろ、7月12日公開と発表された《傳說》。7月5日から先行上映となり、まずは7月6日~7日に深圳で鑑賞(2回)。基本ジャッキーは路演(舞台挨拶付上映)に参加しないと聞いていたのが、突如7月11日に広州で路演(舞台挨拶)に参加するということで、7月11日~12日には広州に行って鑑賞(2回)。結局、中国で4回鑑賞しました。
今回、映画の公開が公表されてからも、宣伝活動が迷走してるのを感じていました。宣伝もLay(張藝興)主演映画のような感じの宣伝の進め方で、ジャッキーの宣伝素材が少なく、ジャッキー・チェン主演映画という感じがなかった。そもそも、ジャッキー自身、プレミアの上映までに、映画の完成品を見たことないようだったし(ジャッキーの会話から)。
映画自体は先行上映での動きが悪かったからか、7月12日から公開日前倒しということで、7月10日が公開日となりましたが、中途半端な先行上映で、AIジャッキーの出来の悪さが広まってしまい、公開一週目にして、公開規模縮小。今日(7月22日)は正式公開日からすればまだ2週間たってないのに、すでに会社や学校帰りに見れるような夜の7時8時の上映はほとんど無くなってる感じ。すでに興行収入的には惨敗確定という感じで、中国での興収が1億元にすら届きそうになく、製作費の回収はできるの?と心配になります。7月5日に正規の公開として、それを目標にちゃんと宣伝して、一週目に一気に広めていけばよかったのに...
ただ、映画を見たら、「この映画をジャッキー主演で大大的に宣伝はしにくいよなあ」とは思いました。
 
私は何度もいろんなところで述べてるとおり《神話》が好きではないので、もともと《傳說》も期待してなかったのですが、実際に鑑賞したら、映画としては「思ってたより全然悪くない」と思いました。一緒に深圳に見に行った旦那も「悪くない」という感想。《神話》と特に繋がりのある話ではないので、全く別作品として楽しめました。ただ、AIジャッキーを除けば、ジャッキーの出番は多くない。そしてAIジャッキーはとても不自然。でも、「これはジャッキー主演ではなく、Lay主演作品」と割り切って鑑賞した2回目以降は、AIジャッキーが邪魔なだけで、それ以外はアクション娯楽作としては、悪くない、普通に楽しめる映画だと思いました。
アクションも古裝片にありがちのファンタジー色が強いものではなく、歴史上実在の霍去病と匈奴(遊牧騎馬民族)の戦いを背景にしてるからか、古代の戦闘アクションは、現実味があって迫力もあったと思う。
実質主演のLayもアクション頑張ってるし、アクションスターではないわりに、かなり顔出しで自分でこなしてる感じがあった。娜扎は美しくて、アクションシーンも凛々しくてかっこいい。私は女性がかっこいいの大好きなので、彼女なかなか良いと思ったよ。
それに、ジャッキーが主演と思える最後30分の現代パートは、ジャッキーのアクションも緊張感があってよかった。私は感動すらしたよ。70歳でも、アクションの種類とか流れや構成を工夫すれば、これだけ顔見せして本人が出来ることは、まだあるんだと。私は、香港で大ヒットして、アクションが凄いと評判の《九龍城寨之圍城》が好きではなく、その理由は、背景は本当の九龍城寨のようで、現実世界のようなのに、アクションが漫画みたいでオーバー過ぎて興ざめしたから。そういう私にとっては、個人的には、《傳說》のアクションの方が、見てて体が緊張して痛みを感じて迫力を感じました。
 
でもAIジャッキーは、不自然で浮いている。ジャッキーはこのAIジャッキーの出来に納得してるのかな?と思いました。(たぶん満足はしてないんじゃないかと思う)
不自然すぎて、上手い俳優群の中にど素人が大根演技で雰囲気壊してるような感じで、「これ、AIジャッキーじゃなくて、普通に若いころのジャッキーは、別の俳優さんにやってもらったほうがよかったのに」と強く思いました。まあ、それでは、ジャッキー主演作として海外マーケットに売れないから、ダメなんだろうけど。でも去年Layが主演で公開された《孤注一擲》は中国で38憶元もの興行収入を稼ぎたしたそうなので、少なくともLayには中国国内での一定の集客力はあるのだろうし、別にAIジャッキー使ってまでジャッキー主演作にしなくても、Lay主演、ジャッキー特別出演でちゃんと真面目にアクション娯楽作として製作したら、こんな悲惨な結果にならなかったんじゃないかと思え、惜しいし残念。
 
AIジャッキーがどう不自然なのか?ストーリーや見どころの詳細などのネタバレはしませんが、AIジャッキーを売りにしてる映画とも言えるので、AIジャッキーがどういうものなのか、映画見る前に、知りたくない人は読まないでください。ただ、これぐらいの知識は持って、「AIジャッキーの出来には期待しないでおこう」と覚悟して映画見た方が、映画としては素直に楽しめるかもしれません。
 
注意/注意/注意/注意/注意/注意/注意/注意/注意/注意/注意
ここからAIジャッキーの詳細を書きます。

 

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ここから
 
*本人が演じてない
AIジャッキー、体格、顔の輪郭、顔の大きさなどから、本人が演じてないのが明らか。ファンでなくても普通にわかるレベルだと思う。アクションのダブルという意味ではありません。アクションが無い部分も本人が演じたものにAI修正を加えたのではなく、全く別人が演じたものに、ジャッキーの若い頃の顔でAIで調整してるのだと思う。
AI若返り技術が話題となった『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』のハリソンフォードは、ハリソンフォードが演じたものに、若い頃のハリソンの画像を加えて調整してるはずです。ジャッキーが最近撮り終えた『ベスト・キッド』にも若返りAIが使われているようですが、これも、ジャッキーが演じたものに修正を加えるもののようです。ディエイジングのAI技術を使うにしても、本人が演じたものを修正するのと、ダブルが演じたものの顔を挿げ替えるのとでは、当然、前者のほうが自然な映像になるでしょう。映画宣伝テーマ曲《我們的傳說》のMVに、ジャッキーが鎧を着て、顔にドットを付けてるシーンが映るけど、あれは、顔の位置確認データを収集した程度のものかと思う。本編でAIジャッキー部分で本人が演じてるシーンはなかったと思う。
 
*質感
私は「質感」がすごく違和感を感じた。肌の色とかコントラストが悪いのか、なんか写真ぽいというか。他の共演者と一緒の場面だと、それが際立つ。他の出演者とは異質な感じがして違う世界のものが同じ場面に紛れ込んでるような感じがしました。
 
*表情
AIジャッキーの表情は最低限の表情変化しかなく、素人役者が大根演技をしてるみたい。遠目のシーンだと、まあ許容できる時もあるけど、アップで感情表現が必要なシーンだととても変な感じで失笑しそうになるときもあった。
 
*AIジャッキー若すぎ
Lay演じる華峻が「哥」と言って慕っている趙戰(AIジャッキー)なのだから、趙戰の方が年上に見えるべきなのに、そう見えない。なぜ27歳のジャッキー・チェンのイメージに修正したのか?たぶん、役柄の設定が趙戰27歳ということなんだろうけど、そもそも、Layは実年齢が32歳なんだから、ジャッキーも32歳以上のイメージで修正しないと、バランス取れないよ。
 
*アフレコも本人でない
AIジャッキーの部分は、声も本人ではありません。なぜアフレコすらジャッキーが自分の声でやらなかったのか。セリフ回しも演技力のひとつで、アフレコは、ジャッキーの演技力を表現できる場だと思う。体もダブル、声も他人の吹替って、それは、もうジャッキー主演とは言い難い。この点については、日本は石丸さん吹替信者もすくなくないし、中国語を理解する人は限られるので、本人の声かどうかは、あまり気にならない人が多いかもしれないけど。私はジャッキーのセリフ回しは一人の俳優として上手いと思ってるので、古代パートの声がジャッキーでないことも残念でした。
 
 
なお、私は先行上映で2回見た後、ジャッキーのダブルが誰なのか、ジャッキーの中国のファンから教えてもらいました。私は映画を見てる時に「誰なんだろう、誰誰さんかな?でも違うかな?」と思っていたのですが、ダブルはまさしくその「誰誰」だったので、聞いた時、全く意外には思いませんでした。その後、7月11日の広州の舞台挨拶付き上映で2回見た際には、ダブルが誰かわかった上で見たのですが、顔のラインやシルエットが、まさしくその「誰誰」という感じでした。ジャッキーの顔にすげ替えずに、趙戰はその「誰誰」のまま映画作ればよかったのに、本当に。ここで、名前を書いたら、誰がダブルかを考える楽しみが減るので、あえて書きませんが、中国のネットではすでに少なからぬ人が「誰誰じゃないか」と話題にしてるので、本当に予め知りたければ、検索すれば出てくると思います。
 
個人的にはいろいろ言いたいことがあるAI使用ですが、むろん、今回は、中国映画でのAI技術の向上も目的にあるみたいで、やって見なければ技術も育たないということもあるのだとは思う。それはわからないではない。でも、それでも、私は、今回のAIの使い方は不誠実に感じた。AIでディエイジングするのは、映画の半分以上というのは無しだと思う。若い頃のシーンが半分以上を占めるなら、それはその役を若い人にやらせて、もしAIを使うなら逆に年老いた部分こそAIを使うべきではないか。本人が演じずに、まったく別のダブルがやったものに顔をすげ替えるだけなんて、役者が演じることの力量を軽視してるし、ジャッキーを客寄せパンダにしてるとしか感じられない。そりゃ、ジャッキーに高いギャラを払わずにジャッキーのスケジュールを確保する必要もなく、ジャッキー主演の映画が撮れてそれがヒットしたら、映画投資家・製作者としてはウハウハだろうし、ジャッキーが死んだ後も、ジャッキー無しでジャッキー・チェン主演作品が作れるかもしれないけど。でも、この映画の興行収入の惨敗が映画製作者側には反省を促すことになってほしい。今回の宣伝活動で《紅番區》の脚本が7-8割出来てるとか行ってたけど、個人的には、本当にその企画は流れてほしいし、本当に製作に入るなら、ジャッキー第一主演にこだわらず、本当に面白い作品になるよう誠実に作ってほしい。AIを使うなら、それは、本当に必要なのかはよく考えてほしいし、本当に必要でも使うシーンや使う量をよく考えてほしい。
 
ここまで