N6546BL-14 | 小说党654216のブログ

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第14話

 お待たせいたしました。
 私たちの旭川の自宅からも晴れた日にははるか遠くに真っ白な大雪山(たいせつざん)を眺めることができます。山梨県の富士山とはまた違った味がございます。層雲峡は旭岳を主峰とし、日本一の広さを誇るそんな大雪山国立公園の一角にありました。
 この渓谷の特徴は、古(いにしえ)の神々が創り上げたとしか思えないほどの美しい断崖絶壁です。噴火と堆積、そして冷えて固まるなかで奇跡的に創り出された柱状節理は四角形や六角形の幾何学的な色彩を放っております。それが20kmほどの道のりで続くのでございます。
 アイヌ語で「カムイミンタラ」「神々の遊ぶ庭」と呼ばれる神秘的な風景でございました。

 さて9月30日の午前中の話に戻りましょう。
 私は沖田春香(おきた はるか)という少年とともに食料確保のため、7階のバーに侵入しておりました。彼の陽動作戦は見事でございましたが、作戦途中で私たちは店から出られなくなったのです。沖田の仲間であろう桂という偉丈夫(いじょうふ)は水を詰め込んだリュックとともに窓から逃亡を図りました。とても素人とは思えない軽々とした身のこなしでございました。
 「桂さんは父の部下なんですよ。ああ見えても特殊部隊の指揮を執っているんです。」
沖田が私の顔を覗き込むようにしてそう言いました。ああ見えてもと言われても、私にはそうにしか見えませんでした。
「まあ猿も木から落ちるって言いますから、もしもってこともあるかもしれませんけどね。」
そう言われて私は不安になり窓から顔を出しました。はるか下はコンクートの道。やつらの姿もいたるところに見られます。落ちて死なずともそれ以上に残酷な死が待っているはずです。横を見ると、桂はすでに4部屋離れているところまで到達しておりますコーチ キーリング
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。見ていて冷や冷やしましたが、窓の散に足を掛け、勢いよく踏み込んで隣の窓に飛び移るのです。あっと言う間に妻が避難しているスタートの部屋まで辿り着いて窓から室内へと姿を消しました。
「他人の心配もいいですけど。山岡さんの方が窮地に追い込まれてますよ。」
沖田が背後からさもおかしそうに言いました。廊下からは唸り声が聞こえてきます。やつらがこの部屋に入ってきたら逃げ場はありません。私には窓を伝(つた)っていく芸当など無理でございました。
「山岡さん、ほら見てください。」
沖田が開け放った窓の外を指さします。断崖絶壁の山肌を縫ってそびえる木々。こんな合間にも余裕の観葉かと言い返そうとしたとき、その方向から声が聞こえてきました。いや、悲鳴でございます。よく注意して見ると柱状節理の岩壁の上、地上から15mはあるでしょうか、どうやってそこまで上ったのか山登りの格好をした中年男性の姿がございました。そしてその両脇からは落下を恐れることも無く詰め寄ってくる6人の男女。唸り声は聞き取れませんでしたが、やつらに違いがありません。そのうちに1人が足を滑らせ誤って落ちました。空中でも男を追おうともがいております。やがて左手の少年が男に飛びつきました。男は何かを喚(わめ)きながらその手をかいくぐり、岩壁からずり落ちていきます。周囲の連中も落ちていく男目がけて中に飛びます。一斉の集団自殺・・・。下に激突する瞬間私は目を覆いました。そして声を失いました。沖田は続けます。
「凄い執念でしょ。追う方も追われる方も。日本人は腰が退けてるとか引っ込み思案だとか諸外国からは言われてるけど、あれが本当の日本人の気質なんです。最近じゃ図々しいアジアの列強が幅を利かせてますけどね。みんながあんな真の大和魂に目覚めれば敵じゃないんですよ。やつらも僕たちが覚醒することを恐れてるんです。」
私はこの時、沖田が何を言いたいのか、まったく理解できませんでした。単なる異常者たちから学ぶものなどあるはずもないと思っておりました。
 「さて山岡さん、まずいことになりましたね。僕はこの箱を置いていけば窓から楽に帰れるんですが。現にさっきの仕掛けをするために窓を伝ってあの部屋に入りましたからね。けど、これを持っては無理です。こいつもありますし。」
抱えたダンボールの上に持ってきた楽器のケースが置いてあります。
「何回もこの部屋から誘い出したんだけど、必ずすぐにここに戻ってきちゃうんだよな、あのおばさん。きっとここが大好きなんでしょうね。」
「おばさん?」
私の声など聞いてか聞かずか言葉を続けます。
「参ったなあ。こうなると打つ手が無いや。せっかく手に入れた食事を手放すわけにもいかないし。」
とてもこの切羽詰まった状況とは思えない柔らかな表情で私を見つめます。
「とりあえず隠れましょうか。山岡さん。」
そう言うとダンボールをカウンターに乗せ、さっとそれを乗り越えて向こう側に消えました。私も慌ててその後に続きます。
「その特殊部隊の人が助けに来てくれることは?」
私は身を潜めがら沖田の方を向き直して問いました。肉迫した彼から随分いい匂いがしたことを覚えております。薔薇の香りがいたしました。
「無茶言いますね。仮に銃を携帯していたって戦うことはしませんよ。音がすればやつらが集団で集まってきますし、万が一にも傷を負えば終わりですからね。」
あんな屈強な男が傷を負うことを恐れるものなのでしょうか。私の表情から察して
「あれ、山岡さんは知らないのか。あいつらにかっちゃかれても噛みつかれても感染してシ・エンドなんですよ。」
かっちゃかれる、とは北海道の方言で引っ掻かれるという意味です。ちなみに山梨県では、かじる、と言います。
「これ使うしかないか・・・。」
おもむろにカウンターに手を伸ばし、楽器のケースを手元に引き入れました。そしてケースを開き、中からそれを取り出します。
「バイオリン?」
私の問いに沖田は頷きました。
「効果はそれほど無いんですけどね。やつらの凶暴性を少しだけ緩和するん・・・」
話の途中でガラス扉が勢いよく開きました。唸り声をあげながら女性が入ってきます。先ほどまで赤ちゃんの泣き声がする部屋のドアをこじ開けようとしていた一人でございます。おばさんというには歳は若く見えます。二十三、四でしょうか、たしかに沖田から見たらおばさんなのでしょうが。
 私はカウンターの隙間から出していた頭をすぐに引込めました。こうなると沖田との会話も続けられません。女性は真っ直ぐにカウンターに向かってきます。唸り声がどんどん近づいてくるのがわかりました。あの腐ったような異臭も漂い始めております。沖田は音をたてないよう注意しながらゆっくりとバイオリンを肩に載せました。この状況で演奏を始める気なのです。これこそ正気の沙汰とは思えません。しかし私は身体が震えて止めることができません。少しでも動けば口から悲鳴が漏れそうでした。
 彼は目を閉じて流れるように弓を弾きました。
 低調な響き。
 唸り声は止んでいました。私の震えも和らいでおります。
 沖田が目を開き演奏の手を止めず、私に行けと合図を送ってきます。私はカウンターの下を這いつくばって隅へと進みます。廊下に続くドアは目前です。横を見ると、女性がカウンターのすぐ前でピタリと止まっておりました。カウンターを挟んですぐ下には沖田。その距離30cmほどでございます。女性は目を見開いたまま首をぐるぐる動かしております。その手はカウンターを掴んでおりました。
 あとは意を決して飛び出すだけでございます。廊下にはきっとやつらがいるでしょう。もはや体当たりして進むより仕方がありません。
 ドアは開いております。ダンボールを持つ手に力が入りました。すっと私の身体がカウンター横から前に進んだ、その時です。
 大きな悲鳴が廊下から聞こえてきました。一人ではありません。たくさんの若い男性の悲鳴でございます。
 カウンター前で立ち尽くしていた女性はその悲鳴で我に返り、もの凄いダッシュをしてドアに向かいました。出会いがしらに私の持っていたダンボールを弾け飛ばします。そんなことは意にも介さず女性は一目散に悲鳴の聞こえる方向へと走り去っていきました。
 「山岡さん、危なかったなあ。もう少し早く踏み出していたら餌食でしたね。」
沖田が何事も無かったかのようにそう言いながらカウンターを乗り越えます。私は急いで廊下に出ました。妻が発見されたと思ったのです。声の主は桂かと疑いました。
「なんだか賑やかな連中だなあ。」
沖田も後に続いて廊下に出てきました。廊下の反対側、かなり向こう側では宿泊客が我先にと廊下に飛び出してきております。大学生らしい男性が8名。浴衣も乱れ、中には裸の者もおります。そう言えば、昨日露天風呂に入ったとき喧(やかま)しい連中がいたことを思い出しました。露天風呂から山に向かって雄叫びを上げる者や風呂の中で泳ぎ始める者など縦横無尽に騒いでおりました。体育会系のノリでうんざりさせられたものの、若気の至りと特に注意もしませんでした。人数も多かったのでその勇気もありませんでしたが。食事時も同じで、バイキングの際には聞きたくもないしょうもない話を隣の席で随分と聞かされたものです。確か、別の宿泊客の女性をナンパしようと企んでいたようです。相手は中年の女性一人旅のようでございました。若者たちの部屋は3階だと聞いていましたから、この7階は女の部屋なのでしょう。彼らの目論見は成功し、おそらくこの状況を見ると女性一人でこの人数を相手にしていたようです。
 廊下に出てもよろめきながら倒れるものが多数。首筋から血を流して倒れた裸の男を茫然と見つめております。部屋からは口の周りを血だらけにしたこちらも裸の女性が悠然と飛び出し、眼下の獲物たちを見つめております。若者たちは何か喚いておりましたが、それも一瞬のこと。この店から飛び出していった女性を含め3人、反対側から駆けつけてきた3人に次々と襲われていきます。腰を抜かして動ける者はおりませんでした。
 「さて、時間を稼げましたね。早く戻ってここを離れたほうがよさそうです。あの元気な悲鳴じゃ他のフロアからも集まってきますよ。」
「戻ってどうする?あの部屋に立て籠もるのかい?」
「食料は平等に分配しましょう。山岡さんの持っているのをそのまま持って行ってください。こっちはこれで十分です。」
「やつらが集まってくるから8階には行けない。階段にもやつらがいるんだ。」
私たちは急いで妻が待つ部屋に向かいます。立ちふさがるやつらは皆、若者たちの方に行ってしまっていました。沖田が足を止め、笑顔で私の足元を見ます。私は裸足でした。どこで靴を脱いだのか覚えておりません。おそらく露天風呂の浴場からやつらのいる脱衣室に入るときに音をたてぬよう脱いだのだと思います。
「エレベーターで8階に行けばいいじゃないですか。」
私は振り返ります。向こうでは阿鼻叫喚の饗宴(きょうえん)が続いており、すぐに目を伏せました。エレベーターはその光景のすぐ後ろです。とうてい行き着くことはできません。別な場所にもあるのでしょうがこの状況で辿り着く可能性はゼロに等しいはずです。他のフロアからやつらが集まってくるのであれば鉢合わせになるのは時間の問題です。
「さっき掃除のモップを持ってたでしょう。どこで手に入れたんです?」
「プライベートルームって書かれていた従業員の準備室。」
私は息絶え絶えに答えました。
「まったく山岡さんは勇気はあるのにあわてんぼうですね。あの部屋の奥に掃除道具を運搬するのに使う従業員用の業務エレベーターがあったはずですよ。」
言われて思い返してみると、確かに奥までは行っていません。あの時は赤ちゃんを救うことで頭がいっぱいでそこまで冷静に周りを見られていませんでした。
 私は妻の待つ部屋に無事に戻り、彼らに別れを告げて、従業員用のエレベーターに乗りました。8階のフロアは静かで、このときはやつらの姿もありませんでした。私はほっとして810号室へと向かいました。
 別れ際に沖田の言った話が頭の中を反芻しております。
「警察や消防ではこの状況はもう打開できないはずです。しばらくは僕たちも潜んで様子を見ます。山岡さんも何日かはそうしたほうがいですよ。ただし、5日がリミットです。5日過ぎると軍が動きます。ここは火の海になるはずです。生存している人間とやつらの区別などもうつきません。その前にここを逃げる算段をつけてください。お二人の無事を祈っています。」
 私と妻はこの後数日この810号室に籠り脱出の計画を立てます。日増しに生存者の数が減り、やつらの数が増す中で、私たちは決死の覚悟で行動に移るのでございます。
 
 さて、本日はここまでとさせていただきます。
 その後の沖田春香の消息は不明でございます。彼らが何のためにあそこにいたのかもわかりません。ただ、彼がいなければ、彼に出会っていなければこの旭川の地に戻ってくることはできなかったでしょう。
 沖田春香との出会いに感謝いたします。
 そして彼があの笑顔のまま元気でいることを願っております。

 それでは一度失礼させていただきます。