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animusist ayumu

霊(たましい)と向き合い魂で表現する
表現者 / スピリチュアルカウンセラー / パワーストーン

  こんにちは、アユムです。
  今回からは、以前の投稿で紹介した【八つの法則】について詳しく解説していきます。

 

  今日のテーマは、

スピリチュアリズム(霊的哲学、霊的真理)の

大前提となる【霊魂の法則】


  これは、『人はみな、魂の存在である』ということ💡

 

  この記事を読んでくださっている方の多くは、

既に実感しあるいは大いに納得しておられることと思いますが、

過去の記録や報告などを元に今一度、【霊魂の法則】を紐解いてみたいと思います。

・ハイズヴィル事件(フォックス家事件) 

  あまりにも有名な事件ですよね。

 

アメリカはニューヨーク州北部の小さな村(ハイズヴィル)に住むフォックス家において、

1848年3月頃から起きたポルターガイスト現象と

その原因となっていると考えられる霊との交信が行われたと言われる事件です。

 

  何が事件なのか?

 

  この家族は、

ポルターガイスト現象、

ラップ現象などに見舞われるのですが、

なんと!?そのラップ現象を使って霊との交信を試みたのです。


  初めのうちは、YES、NOで答えられるような簡単な交信でしたが、

次第に文字盤を使った”言葉”での交信ができるようになりました。


  交信を続けるうちに、ポルターガイストを引き起こしている霊の正体が明かされます。


  霊が語るところによると、昔、この家で殺害された行商人だというのです。


  この交信を元に、捜査が行われたのですが当時は証拠と呼べるような証拠は見つからなかったのですが、

その後、何年も経ってからこの交信で語られたような人骨と行商人の道具などが発見され、

このフォックス家を取り巻く一連の出来事は、

多くの科学者や著名人などにより検証され、

アメリカ東部を中心にセンセーショナルに報道されました。

 

・臨死体験

 『人はみな、魂の(霊的な)存在である』という言葉を裏付ける重要な体験として、

世界中で多くの人が体験し、報告されている臨死体験が挙げられると思います。


  日本でも、彗星捜索家として知られる木内鶴彦さんや、

聖心会のシスターである鈴木秀子さんなど、

様々な年齢、思想、宗教、霊の存在を認めるかなどに関わらず、

この臨死体験の様子を語っています。


  臨死体験については、個人差が大きいようですが、

暗く長いトンネルをどこまでも歩いていたという内容や、

綺麗なお花畑を見た、川の向こうから亡くなった親族が迎えに来たという共通する内容などが多く見受けられるようです。


  興味のある方は、木内鶴彦さん、鈴木秀子さんなど、

臨死体験について語られている方々の書籍など読んでみるのもオススメです。

 

・前世の記憶を持つ人達

  初めて会った人なのに、妙に懐かしく感じる。

または、外見や素振り、話し方(話す内容)などに不愉快な所は無いのに、

何故か嫌悪感を抱いてしまうなど、奇妙な感覚に陥ったことはありませんか?


  このような時は、もしかしたら

前世の記憶や先祖間での出来事が原因かも知れませんね。

 

  あらゆる審査を通過して認められるという

ダライ・ラマの転生を筆頭に、

前世の記憶を持つ人達も多くいると言われています。

 

シャーリー・マクレーンさんなども自著にて、

彼女の前世を明かしています。

(シャーリー・マクレーンさんの前世にまつわる話などは、地球交響曲ガイアシンフォニーシリーズの監督、龍村仁さんの書籍などでも紹介されています。)

 

  また、幼い子供(主に言葉を話せるようになったばかりの子供)達は、

前世の記憶が残っていて、

たどたどしいながらも語ることができる、ということも、しばしばあるようです。


  中には、お母さんのお腹の中で見聞きしたこと(胎内記憶)について

お子さんが話を聞かせてくれた

経験のある、お父さん、お母さんもいらっしゃるのではないでしょうか?

 

  この、『前世の記憶』も、

 

『人はみな、魂の存在である』ということの

証左であると考えられます。


  字も読めない、言葉もやっと理解するようになったばかりのような小さな子が、

その子が生まれるよりも前に起きた事実について語るという現象は、

死後も個性は存続する(魂の実在)という概念によって

論理的に説明のつく現象になると思います。

 

青森のイタコや沖縄、奄美地方に残るユタ、

霊媒師などによる交霊なども、

この『人はみな、魂の存在である』ということの裏付けに他ならないと僕は考えています。

 

【八つの法則 ①霊魂の法則】いかがだったでしょうか?


   一つ一つの事例について詳述することはしませんでしたが、

ネットなどで調べてみると、

「死後の個性の存続(魂の実在)」を証明するような大学、研究機関の研究調査や民間の記録、報告など公的なものから私的なものまで

多くの情報が出てきます。

 

  ちなみに、著名なスピリチュアリズム団体や

スピリチュアル研究所などのなかには、

霊の存在を科学的に否定するために設立された団体などもありますが、

今のところ充分に検証された結果として、

魂の実在を否定することはできていないようです。

 

最後に 

  スピリチュアリズムでは、死後の個性の存続と

その存在との交信をできると認めていますが、

「生き抜くこと」を重要視し、

自死については容認していません。

 

  生きることそのものが、困難であり、

苦しい現状におられる方もあるかもしれませんが、

「自死だけはしない」という覚悟で、生き抜いて下さい。

 

  最後までお付き合い頂きありがとうございました🍀*゜  

スピリチュアルあれこれ#2【旅立ちと看取り】

※今回の内容は、センシティブな内容になりますので、読んでいて具合が悪くなる場合などは読み進めるのをやめて頂くなどご留意下さい。

 

 

 こんにちは、アユムです。今日は【旅立ちと看取り】というお話をさせてください。と、その前に、そもそも、スピリチュアル・カウンセラーって何??というお話をしていこうと思います。

 

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  スピリチュアル・カウンセラーとは、

 

「死後の世界と、魂の実在を認める」という考え方を前提とした

【スピリチュアリズム(霊的真理、霊的哲学)】に基づいてカウンセリングを行うカウンセラーのこと💡

(※霊能力の有無は関係ない※)

 

  日本で、「スピリチュアル・カウンセラー」という肩書きを名乗ったのは、江原啓之氏が最初だと言われています。

 

 【スピリチュアリズム】とはなんぞや??

 

  江原啓之氏が【スピリチュアリズム】をわかりやすく【八つの法則】として、まとめてくださっているので、簡単にではありますがご紹介したいと思います。

(※後日、スピリチュアリズムについて、詳しく書きたいと思います)

 

 

【八つの法則】

 

一、『霊魂の法則』

  人はみな、魂の存在である。これが「霊魂の法則」です。八つの法則の大前提となるため、ぜひ最初に理解していただきたい法則です。

 

二、『階層の法則』

  霊的世界は無数の階層に分かれていて、あなたは死後、あなたのたましいの成長のレベルに応じた境地に行くことになります。

 

三、『波長の法則』

  自分の心のあり方が出会う人や出来事を決めている。

 

四、『守護の法則』

  私たち一人ひとりに、いつも寄り添って見守っている霊的存在があります。それが守護霊です。

 

五、『類魂の法則』

  霊的世界には、私たちの一人ひとりに「たましいの家族」なる存在があります。それが類魂(グループ・ソウル)です。

 

六、『因果の法則』

  今ある状況はすべて、これまでの自分のあり方(原因)の結果だとこと。

 

七、『運命の法則』

  運命は決して一つに定められているものではありません。あなたの人生の流れはあなた自身が作り出すものなのです。

 

八、『幸福の法則』

  霊的法則は私たちが真の幸福を得るために働いている。

 

以上が、【八つの法則】で、この【八つの法則】にまとめられる【スピリチュアリズム】に沿ってカウンセリングを行うのが、本当の『スピリチュアル・カウンセラー』です。

 

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※重要※

  1. 「スピリチュアル・カウンセラー」と名乗っている全ての方が、「スピリチュアリズム」に基づいてカウンセリングを行っている訳ではありませんのでご了承ください
     
  2. 「スピリチュアル・カウンセラー」の定義として、「スピリチュアリズムに基づいてカウンセリングを行うカウンセラー」となっていますが、スピリチュアリズムの理解度=霊能力の強さ(有無)ではないのでご理解ください。
     
  3. 霊能力の強さ=霊格(人格)の高さではありません。

 

※ここからの内容は、センシティブな内容になりますので、読んでいて具合が悪くなる場合などは読み進めるのをやめて頂くなどご留意下さい※

 

【旅立ちと看取り】

 

  お待たせ致しました。ここからが本題です。

 

  冒頭から厳しいことを言うようですが、

私たちは、「生きている」以上、残念ながら「死」から逃れることはできません。

 

世の中には、スピリチュアル・ヒーラーの援助や

医師の懸命な治療により一命をとりとめ

、臨死体験などをしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

 

ですが、「生まれた以上、いずれ、死ぬ。」これは、生物の歴史が始まって以降、変わることの無い事実です。

 

  その亡くなり方は実に様々で、

一口にまとめることはできません。

 

詳しくお話することはできませんが、

僕自身は祖父母の他に、3人肉親を亡くしています。

(うち1人は兄です)。

 

  兄が亡くなった時、兄は高校1年生、僕は小学5年生でした。

 

以前の記事にも書いたように、事故死だったために看取ることはできませんでした。

仕事仲間や友人を含めると更に多くの方の旅立ちを経験してきましたが、看取ることができたのは父方の祖母だけでした。

 

  「スピリチュアリズム」という考え方と出会い、

自身の霊的な感性により、

魂と霊界の実在を理解してはいても、

大切な人たちとの別れは涙なくしては語れませんし、

大切な思い出は失くなることはありません。

 

  故人の側から見ても、やはり同じようなことが言えます。

 

私たちが、故人を偲ぶように、

故人もまた、生きている私たちを思い、

心配していたりすることがあるのですが、

 

その「思い」があるが為に、なかなか、死後の世界(霊界)に進めないということが往々にしてあるのです。

 

 

  ここで、私たちが肉体を離れたあと、どのように死後の世界を進んでいくのかについて、

そして、私たちの「からだ」について、少し説明させてください。

 

  私たちの身体は、

現世を生きて様々なことを経験するための

「魂の乗り物」のようなものなのですが、

 

この「身体」。実は、いくつかの「身体」が重なっているのです。

 

  私たちの「身体」は、

霊体>幽体>肉体というように、

肉眼では見ることの出来ない霊的な体(霊体、幽体)と、

目に見え、私たちが「身体」だと思っている「肉体」が、

マトリョーシカ人形のように重なっています。

 

  この3つの「体」が、「シルバーコード」というエネルギーの糸のようなものでしっかりと繋がっているのですが、

心臓が止まと、このシルバーコードが切れ、「肉体」から「幽体と霊体」が離れます。

 

  「肉体」から離れた「幽体と霊体」は、

「幽現界」、「幽界」へと進み、「幽体」を脱ぎ捨て、

「霊体」の姿となり「霊界」へ進みます。

 

これが、一般的に言われている【成仏】です。

 

 

 

   私たちが死後にたどる大まかなプロセスはこのようになっています。

しかし、生前、何かやり残したこと、心残りなことや恨みつらみなど、

現世に強い執着などがあると、

幽界から霊界へと進むことができない場合があるのです。

 

成仏できないというやつですね。

 

  では、どのようにしたら、

私たちは執着を残さず、あの世へといくことができるのでしょうか?🤔

 

  そう!ここ数年で広まりつつある「エンディングノート」です。

 

   この「エンディングノート」を活用して、

お葬式や訃報のこと、相続から部屋の片付けなどに関することまで詳細に書いておいて、

ご家族にお願いするという方法もあります。

 

  さらに、終活として、断捨離などをするのも良いですよね😀

 

 

 

知識はあっても、やっぱり不安

 

  さて、終活なども終え、いつでもOKとばかり準備を整えたとします。

その瞬間を迎えても本当にあなたは大丈夫でしょうか?

 

 

 

  脅かす訳ではありませんが、昔、こんなTV番組を見たことがあります。

 

  宗派などは忘れてしまいましたが、終活や看取りをなさっている住職の活動と、

その住職の亡くなり方を撮影したものを放送するという番組でした。

 

その住職は、多くの方を看取ってこられ、

死後の世界などについても仏教の教えを説いてこられてきた方でした。

 

しかし、いざ、亡くなる時が近くなると、痛みと死への不安をしきりに漏らしていました。

 

  死への恐怖。

 

やはり、相当なものなのです。

当たり前ですよね

 

。人生で経験するのは1回だけですもんね。。。

(特殊なケースを除く)

 

 

  遺す側も遺される側も、

旅立ちへの恐怖や不安、

後悔を和らげる方法を紹介したいと思います。

 

  まず、大前提!!

 

『死=卒業✌🎓✨🌸』ということ

 

(霊界へ帰るということ)を伝える。

 

ただし!「押し付け」にならないように、

「~と私は思うんだよね〜。」のように、

相手の価値観を否定せずに、

 

「言葉を置いておくから、気が向いたら手に取ってね。」

くらいの労りと優しさをもって伝えてみてください。

  

 もう一つ。

 

亡くなるご本人の『言葉』にしっかりとじっくり、

そして、ゆっくり、静かに耳を傾けて欲しいのです。

 

  それまで衰弱して意識も朦朧としていた人や、

認知症で家族の顔がわからなくなっていた人が、

亡くなる前のわずかな一時に、意識がハッキリとしたり、

みんなの顔を思い出したりする時間が訪れることがあります。

 

  その時に、心配事はないか、

不安や痛みなどはないかなど、

寄り添って静かに聴いてあげてください。  

 

 もしかすると、そのような時間が訪れないこともあるかもしれません。

 

なので、もし、看取ることができるのであれば、

最後に過ごす時間を、

美しい調和と穏やかさの記憶とできるように、

ゆっくりと呼吸を合わせ、何気ない会話を楽しんでください。

 

そして、その中で、先程の「心配なことはない?」や、

眠っている時の夢の話などを語るその言葉に、

静かに耳を傾けてください。

 

  きっと、旅立つ方にとって、

見送る方にとって意義深い温かな一時になることと思います。

 

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  私たちは、魂の世界が本当の故郷で、

現世はトレーニングルームのようなものです。

 

だから、トレーニングを終えて本当の故郷に帰れるということは、

『卒業』のようなものなのです。

 

亡くなった方には「お疲れ様、頑張ったね。」や

 

「もう、痛くないよ。苦しくないよ。」

 

「今までありがとう。心配しないでゆっくり休んでね。」

と優しく伝えてあげてください。

 

 

  最後に、これまでに亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

 

  また、これから、旅立ちへと向かう方々の魂が穏やかでありますようにお祈りしています。

 

悲しみが少しでも早く癒されますように。

 

最後までお付き合い頂きありがとうございました🍀

悟りとは何か?〜質問してみました〜#4

こんにちは。または、こんばんは。アユムです。

前回までは甥っ子、友人、弟の3人に「悟りとは何か?」という質問をした時のお話をしてきましたが、

今回は僕の「悟りとは何か?」という問いに対する答え(考え)を綴っていこうと思います。

※あくまでも個人の意見であり、悟りとはこういうものだと断定するものではありませんのであしからず ※

 

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本題に入る前に

先の友人とは別の友人(ヒーラー)にこの質問をしてみたところ、

彼は「悟りとはハイヤーセルフで生きること」と答えてくれました。

 

ここでちょっと、「ハイヤーセルフ」について説明させてください。

 

「ハイヤーセルフ」とは神格化された自分のこと💡

スピリチュアリズムでは、究極的には、全ての魂は一つであると説いています。

 

これを【広義の類魂(グループソウル)】というのですが、

「神」も魂(霊的な存在)なので、

広い意味では私たち一人ひとりが神であると言えるのです。

 

そうは言っても、

私たち一人ひとりに備わっている全ての側面が『神』なのではなく、

欲や執着が剥がれ落ちた、

純粋な善なる側面(神我、仏性、大我、聖性)が私たち人間に備わる『神』の部分なのです。

 

「ハイヤーセルフで生きる」とは、この神性(仏性、聖性、大我)に基づいて生きるということなのです。

 

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「悟りとは何か?」〜僕の答え〜

甥っ子に質問をしたことをきっかけに始まった今回の「悟り」について考える時間。

 

友達や弟に質問している間も、自分自身に同じ質問をしてみたのですが、

なかなか答えは出てきませんでした。

 

正確に言うと、あるにはあったのですが、

僕の中に浮かんだ答えが、

「悟りとは何か?」という問いの「答え」として

具体的かつ正確でないように感じて、はばかられる思いがしたのです。

 

ですが、何度問い直しても、

同じ答えが浮かんでくるのでその答えを「今の僕の答え」として記しておこうと思います。

 

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では、「僕にとって悟り、悟ることとはなんですか?」

この質問を自分に向けてした時に浮かんできた答えは、、、

 

【悟りとは愛。悟ることは愛すること】

 

この言葉が浮かんできました。

 

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続いてみんなに訊いたように、

「何故、愛、愛することが悟ることなのか?」

と質問し直してみます。

 

すると、

 

「愛とは、大我の愛。

悟りとは、大我の愛に深く目覚め

その愛に基づいて、思い(思考し)、語り、行動すること。

これが悟り、悟ること。」

 

と、出てきました。

 

前出のヒーラーの友人の答えとも共通する部分があります。

 

某錬金術師の漫画ではありませんが、

「全は一、一は全」のように全て一繋がりなのかも知れませんね。

 

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ちなみに、僕のパートナーにこの質問をしてみたら、

 

「悟りとは分からないもの、または、人生」と話してくれました。

 

「なぜ?」の質問には、

「悟りが何か私には分からないから。でも、

悟りが何か理解する方法があるとしたら生きることだと思う。

だから、悟りは人生なんじゃないかな?」

と答えてくれました。

 

この答えもまた、含蓄がありますよね。

 

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皆さんにとって、「悟り、悟ること」とは何ですか?

 

身近な方とこのようなテーマについて話し合ってみるのも面白いかも知れませんね💡

 

本日も最後までお付き合い頂きありがとうございました🍀*゜

 

 

次回からは【スピリチュアルあれこれ】シリーズでの宿題(詳しく書きます!って言って書いてないこと)について書いていこうと思います(←本当か?)

こんにちは。または、こんばんは。アユムです(^^)
前回に引き続き、今回は弟に「質問」した時の答えをみていきましょう。

と、その前に。弟の紹介を少し。

 

  ご多分にもれず弟も目に見えないものを感覚する力が強く、僕の守護霊について霊視したり、産まれてくる前のあちらの世界にいた時の記憶を話してくれたこともあります。
 

  そんな彼に、「悟りとは何ですか?」と聞いてみました。

彼の答えは、、、

「許すこと」

  少し考えたあと、弟は「悟りとは許すこと」と答えてくれました。
 

 

「何故、悟り、悟ることが許すことなんですか?」
 

と訊くと、「許すことは、違いを認めたり、今置かれている状況などを認めるために必要なこと。

許すことがなかったら、人との違いも許せないし、今、置かれている状況も怒りの感情で冷静に見れなくなる。

だから、許すこと=悟り、悟ることだと思う。」
 

  こう話してくれました。

 

3人の「悟りとは?」を聞いて感じたこと

  ここからは、甥っ子、友人、弟と、僕の【鏡】でもあり、ある意味で【師】であり、【生徒】でもある3人の答えを聞いて感じたことをまとめてみようと思います。

 

・3人の共通点

  僕は、話を聞いていて、3人の答え方に共通点があることに気が付きました。

 

1つ目
「〜だから〜である。」
という、【理由と結論】がセットになっているということ。

 

 

2つ目
とても簡潔なわかりやすい言葉で説明している。

 

 

3つ目
抽象的な問いに対して、答えが具体的である。

 

 

この3つの点が、「悟りとは何か?」という質問に対する3人の答えが【体感・経験】に基づく考えであることを保証していると感じました🌟
 

何故、僕がそう感じたか、考えたか🤔
「本当に理解していないこと、体感していないことはシンプル(簡潔)に、伝えることはできない」
と思うのです。

 

「理解すること」「気付くこと」「許すこと」

  3人のそれぞれの答えは、なんだか一繋がりのような気もしてきます。(同じテーマについて話しているのだから当たり前じゃないか!と言われればそれまでですが😅)

 

 補足なのですが、質問した時に、「何を」「どうやって」「理解する、気付く、許すのか」とそれぞれに質問してみましたが、異口同音に「ありすぎて答えられない」と言われてしまいました。


確かに、「理解すること」と一口に言っても、「何を理解したいのか」によって理解するために必要なプロセスは違いますもんね💡

 

  今回までは、僕の身近な3人に「悟りとは何ですか?」という質問をしてみた時に、彼らが教えてくれたことについて書いてみました。


次回は、悟りについて僕の考えをスピリチュアリズム(霊的真理)に照らし合わせながら綴ってみようと思います。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました🍀*゜

こんにちは。もしくは、こんばんは。アユムです。


前回に引き続き、僕が「悟りとは何か?」という質問を

唐突にしてみた時のお話を綴ろうと思います。

 

今回は、甥っ子に続き2人目に聞いた「友人A」とのお話です。

 

2人目、友人A

 

彼との出会いは、約10年前の夏。

 

登録制の日雇いの仕事で、初対面の2人だけで仕事をすることになりました。

 

同い年ということもあったとは思いますが、

会話のテンポや興味の対象が似ていることもあり、

出会って直ぐに打ち解け、それ以来、公私共に行動を共にすることの多い友人です。


彼は、中学生からキックボクシングをしており、

一度はプロデビューもした程の腕前🌟

(と言っても彼はそのつもりではなかったそうですが…)


僕はスポーツチャンバラという、

ざっくり説明すると、相手の全身のどこでも先に当てた方が勝ち!という競技をやっていたこともあり、

 

戦い(競技)の中での身体の使い方や心の在り方、

感覚なども格闘技や武道・武術と通じる部分も多くあり、

単に勝ち負けだけではない話もできる相手だったことも、打ち解けるのが早かった理由の一つだったと思います。

 


四方山話になりますが、

彼とは前世でも共に過ごしていたようで、

前世では、お互いに修行僧(修験者?)として、2人で全国津々浦々を周り心身を鍛えつつ、

護摩や祈願祈祷などをしていたようです。

(「記憶が戻る」ように感じる主観的霊現象での霊視なので確証は無いですが😅)

 

その彼とは、周期的に夜のドライブに行くことが習慣のようになっていて、

この時も奄美への旅立ちの報告も兼ねてドライブをしていました。

 

=====
旅立ちのお祝いにある友人から頂いた、

スピリットキャッチャー(木の軸に輪ゴムを張った弓のような楽器。振ったり回したりして張った輪ゴムを風で振動させて音を鳴らす。地球交響曲

 ガイアシンフォニー第6番にて奈良裕之さんが演奏。)という楽器を携えて、

宮城県仙台市にある泉ヶ岳の山道を走り、

拓けた所で満天の星空の下、スピリットキャッチャーを鳴らしました。

=====


その帰り道、またしても唐突にこの質問をしてみました。

「悟り、悟ることとは何ですか?」

不意の質問に驚いたように少し目を見張る友人A。


少しの間を置いて、こう教えてくれました。

「悟り、悟ることとは気付き、気付くこと」

お〜ぉ。なるほど〜💡


なんで、そう考え、感じるのかとても気になります。
 

「あぁ〜、なるほどね💡なんで、悟りが気付き何ですか?」
僕は恒例の質問をします。


案の定、面倒臭そうな困ったような表情を浮かべる彼。
普段は、こういう話題の時に僕から彼に質問することは少なく、

逆に彼から質問攻めにされるのが常なのです。


おまけに、悟りとは何か?という話題になったりすることは今までもあったハズなので、

彼が困惑するのも当たり前です。

 


少し戸惑いながらも、やはり説明してくれました。


彼曰く、

「色々なことに気付くことで、自分自身が成長したり磨かれていくから。

だから、悟り、悟ることは気付き、気付くこと。」

このように話してくれました。


甥っ子と話したことは伏せた上での彼の答えでしたが、

気付きがなければ理解することも有り得ないと思いますし、

理解することがなければ気付きも得られないように感じます。

 

彼の答えのあと、僕が感じ考えたたことを、感謝の言葉と共に伝えました。

 

 

 

甥っ子の「悟りとは理解すること」


友人の「悟りとは気付くこと」

 

 

皆さんはどう感じ、考えたでしょうか?

 

次回は、3人目!!弟の答えを綴ろうと思います🍀*゜

 

最後まで読んでいただきありがとうございました🌈✨

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