とある中間管理職のウザい話 -4ページ目

とある中間管理職のウザい話

グダグダとやっていきます。

ぜんぜんブログを書いてませんでした。


書く事が無かったわけではないのですが、いつもブログを書くときっていうのは、「こんちくしょーー!あったまきたーー!」ってときばかりなのが自分でも未熟だなぁと感じております。


今日は、年末分の買い物と、先日から作成済みだった、年賀状に手書きで一言書き込んでおりました。


年賀状も、会社の社員に出すだけで40名分になり、まだまだこれくらいなら手書きで充分対応できるなぁと思いながら、書いていたら2時間かかってましたえっ


今年一年、ブログ読み返してみても色々あったなぁと思いつつも、やっぱり人間って忘れる生き物なんだなぁと。


自分の中では、相当前だと思っていたことが、意外と、つい半年前のことだったり。


人間、前向きに生きていかなきゃいけませんから、過去を振り返ってばかりじゃダメなんですけども、すっかり過去を忘れてちゃぁいかんなと。過去を教訓に、前向きに!これを実行したかったのと、自分も、1年の間に、思考や信念がどう変わっていっているのかを足跡として残しておきたかったって言うのもあるんですよね。



人間、思いやりが大切!と教えられて育った方が多いと思います。私だってそうです。私が子供のころには、「道徳の時間」っていうのがありまして、そういった類の話を延々と読み聞かせられておりました。


ですが、上司という立場になって、部下に対しても、思いやりの気持ちを発揮してもですね、全然響かない部下っているんですよね。「オレ関係ねー」な部下。


今日、「エチカの鏡」っていうTV番組見てたんですが、そこで、「平林 都」さんのビジネスマナー講習を受けている企業の講習風景が流れていました。


講師「アンタな、私の言うことが聞けへんのやったらアンタなんかいらんのやで!」「アンタ、明日から来なくてええわ!」


もう、気持ちいいぐらいポンポン言ってます。私もかなり言うほうなんですが、「お前なんかいらん!」までは言えないです。


というより、「お前なんかいらん!」って言う前に、最近の若い人は、辞めます。


上司って難しいなって思うのが、厳しく指導するのが大前提なのですが、「嫌われる」のが正解なのか、「好かれる」のが正解なのか、未だに正解が私の中で出ていません。


平林さんは、番組中で、「心を鬼にして嫌われなければならない」と仰っていましたが、まさにその通りです。その通りなんですが、一時的にしか接することの無い人と、常に接する人という、その接触時間が濃密な人が、嫌われていることで、「厳しく指導されたけれど、結果的に良かったな」と思ってもらえる時間と距離感が生まれにくくなっているんじゃないかと思うんですね。


結果がまだ出ていない中でこんなこと書くのもなんですが、現在の私のスタンスは、「厳しく、熱く、コミュニケーション」です。


厳しく、熱く指導した後は、出来るだけコミュニケーションをとる。相手に嫌がられても、そこで引いては、今までは部下が離れていく一方でしたので、現在は嫌がられても、こちらからコミュニケーションとりにいきます。それでも逃げていくヤツもいますが、ここまでやってもコミュニケーションとることを拒否するヤツは、今後どうやっても一緒に仕事していくことが出来ないので、違う部署に配置転換してます。


お客さんと話をしていても、「やさしいね~、課長は!」などと、「甘い!」と言われております。部下が、そこまでされても、ありがたいなどとまったく思ってないのも薄々感じてはいますが、だからといって、放置しておいた方がいいってことですかい!などと試行錯誤しております。


また来年もいろんな社員が入社してくることでしょうし、思いもよらない人が退職することになるやもしれませんが、ドーンと構えて行きたいと思います。


強い気持ちを持って仕事に打ち込んでいるつもりなのですが、ここ二週間ほどは、あまりにも部下のやらかしたクレーム処理に追われていたために、ちょっと疲れがたまっております・・・。


誕生日って、基本的にめでたい日のはずなんですが、私の場合、かならず嫌なことが起きるんですよねぇ・・・。

社員の人間的成長なくして、企業の発展無し!



よく、「人が大事」と言う言葉を聴きますが、解釈の仕方によっては、とんでもない間違いが起こります。


優秀な人を採用し、育成し、やる気にさせ、企業への帰属意識を高めることが、企業を成長させる上で必要なのであって、「怒らない」「言わない」ことが人を大事にすることではないと思うのです。



「怒るからあの上司はダメだ」などと言いますが、そういう人は、企業の発展を本当に願っている人の言葉ではないでしょう。


怒らないことで、何年かの間、やりくりしていくことは出来るでしょうが、根本的な解決には何もなっていないのです。


そのうち、お互いの意識のズレが顕著になり、結局は分かり合えないまま、その人は退職していくことでしょう。



おせっかいなのは重々承知していますが、社員の人間的成長を促し、介入していくことによって、企業の発展をさせていきたいと思っています。