皆様こんにちは。Akiです。





というわけで前回の続きからです。






もうどっちにも逃げ場は無いし、
辛かった。


確かに母は父に何かされたときは
優しかったけどそれ以外は勉強だったし。



父と母がそれぞれ
このような育て方をしたのには
勿論理由があります。


それぞれ母と父の両親
(私から見て祖父母)から

母は愛情という名の束縛を、

父は両親共にから完全放任主義で

育てられたからそれぞれそのような
育て方しかできないし、
心理の勉強しないとそうしていること
にも気づかない、と最近
心理学の勉強してて思いました。





話を戻しますね、
そんな毎日を過ごしていて
心身共にまいってたときに
あのエ◯本事件が起こりました。
(詳しくは学校編2を読んでね。)



元々学校には鼻くそ問題があり
居場所なんてなかったけど
余計に辛くなってもう
自殺してもいいかなって
それくらい追い詰められていました。




でもそこで思いとどまれたのは
その件によって出会えた
先生方のおかげです。



とは言っても私はそれまで
「先生」という人が嫌いでした。


常に怒ってるイメージがあって。
(特に体育の先生とか学年主任とか)
私は怒られることも異様に嫌いで
人から怒られると相手はその件だけで
怒ってるのに私の心の中では
私そのものがダメなのだ
と責めていました。


それが別の生徒でも
まるで自分が怒られている感覚に
なってまた自分を責める、
私はいったい何を責めているんだ
といった状態ですね。





とにかく私は昔から世の中全ての
ものをランキング化したときに
自分が最下位だ
                  ↑
             ああ、自分が最下位なんて
             「最下位」という言葉に失礼



といったパッと見たらお前何やってんの
ていう言葉のループをやってましたね。





学校で先生がいて生徒がいて
誰かしら怒られる環境のなか
その怒られる=自分が悪い
そんな自己卑下ばかりしてた私にとって
怒られる生徒も嫌でしたし
怒る先生も嫌でした。


勿論それにもトラウマがあります。
小学2年生のときに書くのが遅くて
プリントを提出出来なかったことが
あって次の日提出したら教壇の前で
生徒全員の前で立たされて叱られた
ことがありました。


自分で言うのもなんですが私は
普段から真面目な生徒で
そんなミスしないのにたまたました
ミスでめちゃくちゃ怒られるっていうね
いやーキツかったわ、
今でも鮮明に覚えてるよ。






それ以来先生はいつ何で怒るか分からない
そんな恐怖に怯えるように
学校に行ってました。



勿論それは学校の教師
だけではありません。



塾でも同じようなことがありました。
その時は私は怒られなかったのですが
となりの生徒が宿題やってなくて
怒鳴られていました。
普通にある光景ですよね。
でも私にとっては嫌な思い出ですね。




そんな感じで勝手な自分の妄想によって
自分自身を追い詰める思想や行為をして
いった私……















そりゃ
パニックにも
なるわな(笑)






そんだけしょいこまんで良いものまで
しょいこんで自分傷つけて何が
パニック障害になりました。
助けてください、だよ。




そんだけ自分痛めつければ
そりゃ体からSOSでるよって




それに自分は特別扱いして欲しい
ってのもあったんでしょう。





小学校では、鼻くそ人間。
中学高校は保健室登校生。
でも大学行ったら特別扱い
してもらえなくなる
予備校で特別扱いしてもらうには
病気になるしかない、みたいな


そういうのもあるでしょう。



まあ、そういうのこみこみで
パニック障害になったんでしょう。





因みに、父はパニック障害になった
と言っても何も変わりませんでした。

 



本当に辛い時期もあったのに
いつも通り仕事仕事だった。
大丈夫だから心配しないというより
興味がないから何もしない、みたいな





母にはめちゃくちゃ助けて貰いました。
中学保健室登校になったときから
自分自身の教育みたいなものを
見直してくれましたし、
それ以来本当に悪いことじゃないと
叱らなくなったし、
それからは心の勉強をするように
なって今も心理学の勉強を
続けています。










それから母と父は離婚しました。






そして自分は母方の両親
(元々二世帯で暮らしてた)と母、
自分(一人っ子)で暮らし始めました。




でもそれから暫くして
自分は家を出ました。



母と私で助け合っていたのですが
それが「共依存」を生んでいたからです。




確かにパニック障害のヤバい時は
母は必要でしたが、次第に
自分が自立できなくなる、
一生このまま一人でニートやって
死んでいくと思ったからです。



「共依存」に関してはお互い心理学を
知っていましたからすぐにその状態
だと気づきました。


このままだと本当に自立できなくなる
と私自身も怖くなったので
パニック障害は治ってないけど
それでも最悪の時よりはましなので
家を出て一人暮らしを今しています。




そんな感じかな







これにて過去編は終了です。



 いやーマジでさー…





なげーわ







まあ、一応生きてる20年分を
ほぼ全部書いたからねえ

 


いやー読んでくれた皆様
本当にありがとうございました。



まあ、あと1つ過去編ちゃ過去編として
ブログにしますが。
それはなぜ私が鼻くそを食べなくなったか
あれだけ長い癖が一瞬にして
消えたか、それは一つの恐怖症から
生まれたある意味恐怖症なのに感謝する
っていうのを予定しております。
(とはいってもその恐怖症は
まだ治ってないし、
それのせいで若干潔癖症なのですが…)



それはまた、次回のお話。ではまた!