近所の一軒家が解体されているのを見ながら、「ついに最後の一人が旅立っていったのか、それとも、リフォームなのか」と考えるのですけれど、果たしてどっちなのでしょう。
どっちであっても私にはなんの痛痒もないので、別にどっちでもいいのですけれども、何年も住んでいる場所で当たり前になっている景色が消えていく光景を見ていると、時間の進行と堆積を実感するといいますか、記憶や日常の澱が刺激されて、いまの家に引っ越してからの歳月の回想でなんだかボンヤリしてしまいました。
たとえば、その一軒家の庭には大きな木があって、夏ともなると蝉がその木に一堂に会して鳴き始めることになり、すさまじい轟音に悩まされるのですけれども、来年の夏にはそのような音を聞くこともないのかと思うと少し変な感じがしますね。
一軒家の解体、という派手な出来事じゃない場所でも、そういう失われた光景は色々あるんだろうなと、日常の雑な扱いに我ながら呆れたりもします。
