殺処分の法的根拠について

 殺処分は法律に基づいて行われているとすれば、一体何の法律に基づいて行われているのだろうか。動物関連法において処分について定めている条文や、措置要領などをピックアップして検討してみた。これらの法律には、狂犬病予防法、動物の愛護及び管理にかんする法律、動物の愛護及び管理にかんする法律第35条5(35条7)による、犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置、自治体による条例などがある。

1.狂犬病予防法

 狂犬病予防法に関する処分に関係する条文は以下である。
第六条
9  第七項の通知を受け取つた後又は前項の公示期間満了の後
一日以内に所有者がその犬を引き取らないときは、予防員は、
政令の定めるところにより、これを処分することができる。
但し、やむを得ない事由によりこの期間内に引き取ることが
できない所有者が、その旨及び相当の期間内に引き取るべき
旨を申し出たときは、その申し出た期間が経過するまでは、
処分することができない。

 「処分することができる」とあるがこれが殺処分であると定義されていない為に、譲渡処分なのか返還処分なのか、あるいは放棄処分なのか決定できない。つまり、勝手に殺処分と決めつけて殺した場合、動物の愛護及び管理にかんする法律第44条に違反し、 愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処される可能性は否定できない。

2.動物の愛護及び管理にかんする法律

 動物の愛護及び管理にかんする法律に関する処分に関係する条文は以下である。
第四十一条 3  動物が科学上の利用に供された後において
回復の見込みのない状態に陥つている場合には、その科学上の
利用に供した者は、直ちに、できる限り苦痛を与えない方法に
よつてその動物を処分しなければならない。

 これは実験動物等での利用に関する処分であり、一般的な殺処分とは違うものである。したがって動物の愛護及び管理にかんする法律は処分自体の定義もなく殺処分しなければならない義務も、殺処分できる権利も定められていない。

3.犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置

 この措置は、動物の愛護及び管理にかんする法律35条5(現行法では7)により定められた措置であり、その措置による処分は以下である。
第4 処分
保管動物の処分は、所有者への返還、飼養を希望する者
又は動物を教育、試験研究用若しくは生物学的製剤の製造
の用その他の科学上の利用に供する者への譲渡し及び殺処分
とする。
(第4 処分 平成25年環境省告示第86号 保管動物の処分は、所有者への返還、飼養を希望する者への譲渡し及び殺処分とする。)

 ここで定義されているのは、返還処分、譲渡処分、そして殺処分であるが、定義は定められているものの、殺処分しなければならない義務も、殺処分できる権利も定められていない。

4.狂犬病予防法と動物の愛護及び管理にかんする法律の連携

 上記の1.2.3.の事実より、殺処分の法的根拠を示すためには、狂犬病予防法と犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置を含む動物の愛護及び管理にかんする法律の連携が為されているかを調べる必要がある。

 犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置ではこの措置の範囲を以下のように示している。

動物の愛護及び管理に関する法律(以下「法」という。)第35 条第
1項及び第2項の規定による犬又はねこの引取り並びに法第36 条第
2項の規定による疾病にかかり、又は負傷した犬、ねこ等の動物及び
動物の死体の収容に関する措置

(平成25年環境省告示第86号 動物の愛護及び管理に関する法律(以下「法」という。)第35条第1項本文及び第3項の規定による犬又は猫の引取り並びに法第36条第2項の規定による疾病にかかり、又は負傷した犬、猫等の動物及び動物の死体の収容に関する措置)

 その上で、動物の愛護及び管理にかんする法律に関しては直接的に狂犬病予防法との連携は取られていないが、動物の愛護及び管理にかんする法律第35条5(7)で定められた、犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置には狂犬病予防法との連携を示す措置が以下のように定められている。

4 都道府県知事等は、法第35 条第1項又は第2項の規定により引き
取った犬又はねこについて、引取り又は拾得の日時及び場所、引取り
事由並びに特徴(種類、大きさ、毛色、毛の長短、性別、推定年月齢、
装着している首輪等の識別器具の種類及びそれに付されている情報等)
を台帳に記入すること。この場合において、所有者が判明していない
ときは、都道府県知事等は、拾得場所を管轄する市町村の長に対し、
当該台帳に記入した事項を通知するとともに、狂犬病予防法(昭和25
年法律第247 号)第6条第8項の規定に準ずる措置を採るよう協力を
求めること。ただし、他の法令に別段の定めがある場合を除き、明ら
かに所有者がいないと認められる場合等にあっては、この限りでない。

 上記では「狂犬病予防法(昭和25 年法律第247 号)第6条第8項の規定に準ずる措置を採るよう協力を求めること。」と定められているが、上記規定は以下のように二日間公示を求めるものであり、「殺処分できる」とある第6条第9項は準用されていないので動物の愛護及び管理にかんする法律や犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置とは全く関連性は無い。

第六条
8  市町村長は、前項の規定による通知を受けたときは、その旨を
二日間公示しなければならない。

 ここまで狂犬病予防法、動物の愛護及び管理にかんする法律、犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置を検討し、そしてその関連性を検討してきたが、全く殺処分の法的根拠は見いだせなかった。そこで、最期に残されたのは各自治体が定める条例である。

5.条例と地方自治法14条1項と憲法94条

 そこで、問題になってきそうなのは、自治体が定める条例である。この条例の根拠は日本国憲法第94条で定められた条例が、有効であると言うことである。この94条は以下である。
第九十四条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、
及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定する
ことができる。

また地方自治法14条1項は以下である。
地方自治法14条1 普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法2条2項の事務に関し条例を制定することができる

そして、最高裁昭和50年9月10日判決徳島市公安条例事件の判例を検討すると、最高裁昭和50年9月10日判決徳島市公安条例事件の判例に寄れば、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、「それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾牴触があるかどうかによってこれを決しなければならない。」ということであるから趣旨、目的、内容及び効果を比較し検討する必要がある。

狂犬病予防法・条例の目的では、両者とも狂犬病を予防・蔓延の防止・撲滅、そして公衆衛生の向上及び公共の福祉の増進を図ることであるのは明らかであり、したがって殺処分を目的とするものでは無いことは明らかである。だからこそ、法令においては「殺処分」ではなく「処分」と書かれていると言うことであり、殺処分を積極的に求めていることとは言えず、内容においても、条例では殺処分できるということが書かれている場合において、法令により定められた殺処分以外の処分を含む「処分できる」を「殺処分とする」又は「殺処分できる」とすることは積極的に殺処分を求めていることであり、内容、その趣旨とも法令に反することになる。また、その効果についても、狂犬病が50年以上、殺処分が大幅に減少しているのも関わらず発生していないことからも条例で「殺処分」と定めることは効果が無いと言える。

したがって、上記のことも含め、狂犬病予防法においては、「処分できる」とあり、処分を殺処分に限定しているわけでは無く、他の処分をも想定するために、当該事項についていかなる規制をも施すことなく放置すべきものとする趣旨であると考えられるほか、法令の規制と同一の目的で、同一の対象について条例に殺処分というよりいっそう厳しい規制(上乗せ規制)をすることになるために、条例で処分を殺処分と明言化することは、上記の最高裁昭和50年9月10日判決徳島市公安条例事件の判例に反することは明らかである為に、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法2条2項の事務に関し条例を制定することができると規定している地方自治法14条1項に反し、憲法94条に反することとなる。

 これは上記で検討した結果、殺処分の法的根拠が無い以上、条例で殺処分を明文化することは法律の範囲内ではなく、明らかに地方自治法14条1項に反するばかりでなく、憲法94条違反である。

6.結論

 結局、上記の1-5までを検討した結果、殺処分の法的根拠は見当たらず、つまり、狂犬病予防法では「処分できる」と言うことであるが、処分が殺処分であると言う定義が無いために、殺処分の法的根拠とはならず、動物の愛護及び管理にかんする法律でも科学上の利用に関しての処分しか書かれていない。そして、犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置では処分の定義には返還処分、譲渡処分、そして殺処分と定義されているが、処分できるとか殺処分できるとは書かれておらず、処分の定義を決めているだけであり、さらに狂犬病予防法と犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置を含む動物の愛護及び管理にかんする法律との連携においても殺処分できるという連携や殺処分の定義に関する連携も取られていない。そして自治体が定める条例においても、「殺処分できる」あるいは「殺処分しなければならない」等と定められた場合、明らかに「法律の範囲内で条例を制定することができる」と定められた地方自治法第十四条に反し、憲法94条にも反することになり、条例自体が憲法違反である。したがって、殺処分には全く法的根拠は存在しないと結論する。

関連文書(法令等)

狂犬病予防法
第一条  この法律は、狂犬病の発生を予防し、そのまん延を防止し、及びこれを撲滅することにより、公衆衛生の向上及び公共の福祉の増進を図ることを目的とする。
第六条  9  第七項の通知を受け取つた後又は前項の公示期間満了の後一日以内に所有者がその犬を引き取らないときは、予防員は、政令の定めるところにより、これを処分することができる。但し、やむを得ない事由によりこの期間内に引き取ることができない所有者が、その旨及び相当の期間内に引き取るべき旨を申し出たときは、その申し出た期間が経過するまでは、処分することができない。

動物の愛護及び管理に関する法律 
第三十五条7  環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、第一項本文の規定により引き取る場合の措置に関し必要な事項を定めることができる。

犬及びねこの引取り並びに負傷動物等の収容に関する措置について
平成18 年1月20 日
環境省告示第 26 号
(現行法では平成25年環境省告示第86号)

第4 処分
保管動物の処分は、所有者への返還、飼養を希望する者又は動物
を教育、試験研究用若しくは生物学的製剤の製造の用その他の科学
上の利用に供する者への譲渡し及び殺処分とする。

(第4 処分 平成25年環境省告示第86号 保管動物の処分は、所有者への返還、飼養を希望する者への譲渡し及び殺処分とする。)

憲法94条
第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

地方自治法
第十四条  普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。

最高裁判例
(根拠解釈)『最高裁昭和50年9月10日判決徳島市公安条例事件』(判決理由抜粋)

地方自治法14条1項は、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて同法
2条2項の事務に関し条例を制定することができる、と規定しているから、普通地
方公共団体の制定する条例が国の法令に違反する場合には効力を有しないことは明
らかであるが、条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言
を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間
に矛盾牴触があるかどうかによってこれを決しなければならない。例えば、ある事
項について国の法令中にこれを規律する明文の規定がない場合でも、当該法令全体
からみて、右規定の欠如が特に当該事項についていかなる規制をも施すことなく放
置すべきものとする趣旨であると解されるときは、これについて規律を設ける条例
の規定は国の法令に違反することとなりうるし、逆に、特定事項についてこれを規
律する国の法令と条例とが併存する場合でも、後者が前者とは別の目的に基づく規
律を意図するものであり、その適用によって前者の規定の意図する目的と効果をな
んら阻害することがないときや、両者が同一の目的に出たものであっても、国の法
令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではな
く、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制
を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間にはな
んらの矛盾牴触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえないのである。




クリックお願いします。
      ↓
にほんブログ村 その他ペットブログ 動物愛護(アニマルライツ)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 犬ブログ 犬情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 猫ブログ 猫情報へ
にほんブログ村