「努力という言葉は真に努力した者にしか理解する事ができない」
これは別にどこかの有名な偉人の格言とかではなく、私が勝手に考えた言葉。
『努力』と言う言葉は、単純に意味を理解しようとするなら簡単だけども、その言葉の本質は自分が本気(マジ)に努力をしないと理解できないと思う。
マジの努力なんて、してない人の方が少ないと思うんだけど、まだまだ若年の私がそれを初めて理解できたのが今年の春だった。
『身長180cm体重112kg』
これは今年1月の私のプロフィール。
男にしても身長にはまあまあ恵まれた方で、ただし高校時代の怠惰が大学に入ってヒートアップしてしまい、お菓子にコーラに1日三食欠かさず食べても運動は特にせず。
どんなに優しかった人でも顔を合わせた時の第一声は「太ったな?」だった。
嫌な気持ちにならない筈もないが、結局は自分の体もろくに管理できなかった私が悪い。
私に対して「太った」「デブ」と一番しつこく言ってきたのは祖父だった。
高校時代から体型が徐々に太ましくなっていくのが、祖父には目に見えて明らかだったらしく、毎年の正月に親戚一同が祖父母の家に集まる度に、祖父には「太ったなぁ」「体重なんぼや?」と言われ続けてきた。
今年の正月、祖父母の家に二日泊まってから、自分の家に帰ってきた私は、「祖父を見返してやろう」と「これからダイエットして絶対痩せてやる」と意気込んだ。
怒涛の2カ月間が始まった。
まず、最初から摂取カロリーを大幅に減らしたのではなく、徐々に体に慣らしていった。
コーラなどの炭酸飲料と、糖分の含まれる飲み物を禁止し、野菜ジュースを代わりに飲む事にする。
お菓子も禁止にはしないが食べる量を少なくし、それでも食べたくなった場合は予め買い溜めておいた『こんにゃくゼリー』を代わりに食べる。
1日に飲む水の量を増やし、ウォーキングを日課とした。
ダイエットを始めて1ヶ月経ったものの、体重の変化は芳しくなかった。
ここまでやって1ヶ月で5kgほど減ったものの、依然100kg越えで肥満の域を出ず。
おまけにここにきて、父がお菓子をバクバク食べる光景に嫉妬の感情が爆発しそうだった。
そこで考えついたのが、安易な精神コントロール術。
どうしても心が折れそうになった時、『今考えてる事を全て振り払うイメージで首を大きく左右に振り、直後に深呼吸をする』
これが意外に効果があったと思う。
確か1ヶ月1週間後辺りから、体重の減りが異常だった。
毎日7kmのウォーキングと、おやつは大半が『こんにゃくゼリー』と言う食生活がここにきて効果を発揮し始めた。
みるみる内に体重が減っていき、3月に入る頃には83kgぐらいだったと思う。
私は『努力』と言う言葉の価値を認識できた。
3月半ばの頃だったか、父が突然部屋に入ってきて、「爺ちゃんが危篤やねん」と伝えられた。
私の父は、自分の父親の事を息子である私視点で『爺ちゃん』と呼ぶ。
祖父は齢83、寿命だった。
翌日に病院に向かったものの、病室に私が居る間はずっと眠っていて、私が本気で努力して痩せた姿を見せる事は叶わなかった。
それから三日ほど経ち、父が私の携帯に電話を掛けてきてこう言った。
「爺ちゃんが亡くなった」。
もう寿命だと分かってたし、「そろそろかも」とか思ったりした事もあったんだけども、"身近な人の死"と言うのを初めて経験した事もあって、泣き喚くでもなく静かに涙が流れた。
葬式場の最前に置かれている桶の、祖父の頭がある側に設置されてる蓋を開ける。
私の兄が「眠ってるみたいやな...」と呟いた瞬間、本当に漫画のワンシーンみたいに自然と涙が溢れてくる。
父に祖父の死を聞かされた時以上に、堪えながらも、体に力を入れながらも、けど涙と嗚咽が止まらなかった。
高校に上がって以降、家族に泣いてる所を見せた事がなかった癖に、その時はそんな事も気にならなかった。
祖母の挨拶の時、祖父の親友の弔辞の時、二日かけて行われたお通夜と葬式において私は何度泣いたか分からなかった。
結局、祖父を見返そうと決めたのがキッカケで始めたダイエットの成果は、祖父だけに見せる事ができなかった。
といった、今年の1月~3月の出来事。
ちなみに2018年も8月に入った訳ですが、今では体重が77.0kgになってて、体脂肪率を落としながら筋トレにも励んでおります。
↓これはダイエットを始めてから1ヶ月2週間後ぐらいの頃だったかと。
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