おはようございます。ドーブラヤウートラ。私はスラップスティックのファンです。

特に、三ツ矢雄二さんのファンです。

今、病気治療中でカミングアウトしたグレーゾーンの三ツ矢雄二さんに、しつこくインターネットで書き込みをして、申し訳ありませんでした。

三ツ矢雄二さんが聖鬪士星矢のミュージカルを創られて、その広告を週刊少年ジャンプで見たのは、私が中学2年生の時だったと記憶しています。私は、中学1年の2学期から登校拒否になりました。

特に学校には問題はなかったのですが、それどころか副委員長に選んでもらって、さあ、頑張ろうと思っていた矢先の出来事で、どうして行けなくなったのか、今でもわかりません。

中学1年の2学期の始業式の日、一緒に自転車通学していた友人と電話で話していた時に、気が遠くなって、倒れてしまいました。

それと、ひいおばあちゃんが事故死したという事件があったぐらいです。

てんかんではないかと両親に言われ、徳島の大学病院でみてもらいました。脳波を取ってもらいましたが、異常なしで徳大の先生は、てんかんではありません、と言ってくださいました。学校に行くと楽しいのに、何故か行けないのですと云うと、行けるのにいかないのは、さぼりであって、貴女は登校拒否という病気なのですよ。と、おっしゃってくださいました。

私が、学校に行かなかった間何をしていたかと云うと、通信教育で、日本漫画学院で漫画の描き方を勉強していました。小学生の時から漫画を描くのが趣味で、将来の夢は、漫画家になることだったのです。卒業の課題は、日本漫画新聞に載せて頂きました。

すると、伊賀野のM先輩から、同人誌へお誘いをハガキで頂きました。

M先輩は、神戸新聞に同人誌milkをしていて、将来はエレクトーンの先生になりたいと云う記事が載っていて、保健室のT先生がその記事を見せてくださいましたが、ハガキをもらっていたことは、T先生には、打ち明けませんでした。

南淡町立南淡中学校に通っていたのですが、ある時バスで下りる🚏停留所を間違えてしまい、そういえばハガキをくれたMさんの家が通りみちにあったので、中学の制服のまま、Mさんを訪ねて行きました。

Mさんは、ビックリしていましたが、私を家にあげてくれて、紅茶をご馳走してくださいました。私は、同人誌milkの会員になりました。

つづく。