
ラジコンを始めたのは昭和39年の高校生になってからだ。
私と同年代の方にはお分かりのことだろうが、ラジコン=無線操縦は、現代の多チャンネルデジタルプロポーショナルとは雲泥の差のあるメカだったのだ。
私の始めた時にはプロポーショナル(比例制御※いつの日か後述)など無かった。
27MHzのシングルチャンネルの無線機で、ラダーまたはエルロンとエンジンコントロールをしたのである。
エレベーターはなかったのでエンコンで水平・上昇・下降をコントロールする。
送信機には電源スイッチと押しボタンまたはシーメンスキーと言われるレバースイッチが1個付いているだけだ。
そして、受信機を介してエスケープメント(現代に置き換えればサーボモーター、以下エスケープ)を動かしてコントロールする。
このエスケープはモーターで動くわけではない。
動力源はゴムである。
今でも組み立てキットで売られているゴム動力飛行機と同じ原理で、よじったゴムの反動を利用していた。
現物がないから構造の説明をしにくいが、機械式ラチェットで順送りする。
ラジコン飛行機を飛ばす前に、必ずこのエスケープ用のゴムをよじらなくてはならなかった。
これを忘れて手元から離れたり、ゴムが切れると、いわゆるノーコンとなる。
飛行中はエスケープの動作音でゴムのねじれ具合を確認しながら着陸時機をうかがうのである。
では、いったいシングルチャンネルでラダーやエルロン、エンジンコントロールをするのか。
既に記憶から薄れているが、確か以下のようにしたと思う。
押しっぱなし(ツー)で右舵、短押しの後で押しっぱなし(チョン・ツー)で左舵、離すと中立でラダーやエルロンを動かし、エンコンは短打3回(チョン・チョン・チョン)でハイ/中スロー/スローを順送りする。
今思うと、なんと忙しいことをしていたのだろう。
昔はこれでも飛んだのです。
写真は私のラジコン1号機です。
機名 スーパータイガー102 たぶん大阪の加藤無線のキット
エンジン ENYA-09TV
送信機 OS 2AP
受信機 OS 5AR
ラダー MK スペシャル 3PN ラダーオンリー
エンコン MK スペシャル 3P
受信機は既にトランジスタ式になっているが、送信機は真空管を使っている。
この真空管を動かすにはヒーター用のA電池とプレート用のB電池なるものが必要なのだ。
A電池になにを使ったのか覚えていないが、B電池には積層の67.5Vを使った。
今の世、こんな電池は売っていないと思うが、当時は普通に町の電気屋さんで売っていた。
送信機はやたらに重かった。
因みに、エンジンのヒーター用電池はFM-3型1.5VかFM-5型3Vを使った。
3Vを使う場合は電圧オーバーなのでニクロム線を噛まして調整した。
長文になったので思い出話は次に回すことにしよう。