もう10年ほど前の話になるのですが。
狸小路のあるお店で、高校時代の友人たちと食事をしていた時のこと。
急に店内の電気が消え、店員さんが花火のついたケーキを運んできて、私たちの後ろのテーブルへ。
男女数名が集まっている席だったのですが、
「うぉぉ!まじか!ありがとう!!」
そんな男性の声が聞こえて来たので、
「サプライズ?」
「お誕生日なのかしらね(^ ^)?」
なんて話しつつ、私たちはそのまま食事を続けていました。
すると、そこにさっきの誕生日をお祝いされていたと思われる男性がリュックを背負って私たちのテーブルに現れ、
「行ってきます!!」
と高らかに宣言!
『えっ、どこに?(笑)』と思いつつ、酔っ払ってるのかなと思い、
「行ってらっしゃい!!(笑)」
と私たちも返しました。
「なんだったんだろうねー(笑)」なんて話していたら、後ろのテーブルにいた1人の男性に話しかけられ。
「あの…実はですね、彼はああ見えてこれから、エベレストに登りに行くんです」
「……はい( ゚д゚)!?」
さっきの「行ってきます」の男性が、登山家・栗城史多さんだったそうなのです!
と言っても、その時は栗城さんのことは全く知らず。
その友人の方に、栗城さんが単独・無酸素登頂をしていることや、世界七大陸最高峰のうち六大陸最高峰は登頂に成功していること、最後の一つがエベレストで、そのエベレストにこれから登りに行くのだということを教えていただきました。
(誕生日パーティーではなく、エベレストへの壮行会だったようです)
まさかそんなすごい人だったとは…。
あんな軽いノリで「行ってらっしゃい」言っちゃったけど…。
そこから、テレビなどで特集されているとその番組は見るようにしたり、自分でも栗城さんのことを調べるようになりました。
「行ってきます」と私たちに宣言した時のエベレスト登頂が失敗に終わったことを知ったあとも、ちょこちょこ情報はチェックしていました。
応援していた…とはちょっと違う感覚で、どちらかと言うと「心配していた」に近いような気がします。
始めから登山家だと知らずに接したせいか、本当に普通の1人の青年でしたし、あの人がエベレストに登るなんて大丈夫なのかなと思ってしまって。
4度目のエベレスト挑戦で手の指を9本失ったと知った時、大変なケガを負ってしまったのだなと思ったのと同時に、実はちょっと安心した部分があって。
とても不謹慎な話ですけれど、その手の状態ではもう山には登らないだろうなと、そう思ったのです。
しかし、それでも栗城さんはエベレストへの挑戦をやめませんでした。
昨日ニュースを聞いて、自分ももちろんショックを受けました。
でも、こんなにわかファンみたいな人間でこれだけショックなら、あの日、ケーキをサプライズで用意して送り出していた方たちは、自分のことのように熱く栗城さんのことを話してくれた方は、どれほどショックを受けているだろうと…。
その人たちのためにも、生きて帰って来てほしかった。
本当に残念です…。
心よりご冥福をお祈りいたします。