ほうきとじゅうたん、どっちに乗りたい? ブログネタ:ほうきとじゅうたん、どっちに乗りたい?
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魔女宅、ハリポッタ見ちゃったらほうきだねぇほうきにのって

やっぱそうなっちゃうよねー

絨毯と言えばアラビアンナイトだよね~

やっぱそういうことになっちゃいますよねぇ


パキスタン パキスタン

パキスタンは、インダス文明発祥の地として、世界最古(紀元前4千年)の都市遺跡モヘンジョダーロや、日本よりはるか昔に仏教が栄え、その遺跡や石像が「ガンダーラ美術」として広く知られる、途方もない深遠な歴史文化の国です。
パキスタンは元はインドの一部でしたが、戦後(1947年)分離独立を果し、日本の約2倍の国土に1億4千万人の人々が、イスラムの教えを信仰し一直線に歩んでいます。
まだまだ近代国家としては、建国途上の色相が強く、理解に苦しむような事も少なくないのですが、何か大きなことをやりそうな魅力を持つ国です。

パキスタン絨毯

キレイ!強い!それでいて安い!身近な手織り絨毯

約500年の歴史を誇り、徹底して実用性重視を貫いているパキスタン絨毯は、趣味や観賞用ではなく、高級床材として扱われています。そのため、パキスタン絨毯の価格はサイズに比例し、大きさが半分になれば値段もほぼ半分になります。
ガンダーラはパキスタン絨毯に特別なこだわりを持ち、オリジナリティーと競争力の高い絨毯を常にお届けしています。


アフガニスタンアフガニスタン

日本の約1.7倍の国土に2500万人が暮らすアフガニスタンは、中央アジアに位置し、ユーラシア大陸の東西交通路とインドを結ぶ重要な地点にあり、そのため動乱の絶えない国でした。
紀元前260年にはインドのアショカ家の侵攻によって仏教がもたらされました。「バーミヤン遺跡」はその名残りです。
7世紀にはアラブがイスラム教を拡げるためアフガニスタンに入ってきました。13世紀にはチンギスハンが攻め入り、1880年にイギリスが侵攻し同国を保護領にしてしまいました。
その後、部族間の抗争、ソ連軍の侵攻、タリバン支配、などなど、不幸にして戦乱が絶えなかったアフガニスタンですが、全世界の支援を得てようやく、春が来ようとしています。

アフガニスタン絨毯

素朴で力強い色柄 遊牧民が育くむ悠久の幾何学模様
アフガニスタン絨毯

ア フガニスタンは、羊毛加工の先祖である中央アジアやコーカサス諸国に接しており、絨毯は三千年も前から存在していました。近年は不幸にして内戦が続き、国 内生産はほとんど中断し、わずかにパキスタンやイランに避難した人々の絨毯が出回っていただけです。これからは急回復し、ナンバーワン産地になることで しょう。アフガニスタンの人々にとって絨毯を造ることは天職だからです。


代表的なアフガニスタン絨毯

1.バルーチ Baluch
イラン国境に近い南西部の広い地域で織られている、代表的な絨毯とキリムを指します。
2.マウリ Mauri
イラン国境に近い西部の大都市ヘラートと、ウズベキスタンに接するバラクの2カ所で主に生産されている、高級アフガニスタン絨毯。
3.ドウラタバド Daulatabad 4.アルテボラク Altibolak
トルクメニスタン国境に近い北西部のファリヤブ地方で、昔から生産されてきた高級絨毯です。柄はすべてボハラ柄で、トルクマンをルーツにする絨毯であることを証明しています。
5.アクチェ Aqcha
ウズベキスタン、タジキスタンなど中央アジアの国々と接する、北部のサマンガンやクンドーズなど広い地域で生産される絨毯。ややコントラストの強いアースカラー(黒ずんだ濃い赤)が特長。

主な仕様

アフガニスタン絨毯はウールで作られたものが多く、強くて使い勝手のよい絨毯です。素朴で明快なデザインにも人気があり、大空間の演出に効果的です。


柄・タイプ 柄:幾可学模様
カラー:ほとんど赤紫、草木染

イラン イラン

ペルシャ絨毯の原産地であるイランは、日本の約4倍の国土に7千万の人々が暮らす中近東の大国です。非常に乾燥した気候で砂漠も多く、また、標高5,600mの高山やいくつもの大きな山脈を持つ、変化に富んだ地形の国です。
イランは、OPEC第2位の石油生産国、天然ガス埋蔵量でもロシアに続き世界第2位であり鉱物資源に恵まれていますが、農産物や工芸品の生産も盛んで、そ のなかでもペルシャ絨毯はとくに有名です。人々のほとんどはイスラム教徒であり、また生活面では日本のように靴を脱いで室内に入り床に座る習慣を持ってい ます。

ペルシャ絨毯

繊細華麗な歴史の財産悠久の時が紡ぐ夢幻の細密画 最 高級手織絨毯の代名詞ペルシャ絨毯。“究極の使われる芸術品”とさえいわれています。ペルシャ絨毯は、日本の伝統工芸品と同じで、有田焼や結城つむぎ、会 津塗りなどのように地名が商品名になって全世界に伝わっています。とくに五大産地と称される下記地域のものが高名ですが、ガンダーラはそれ以外の隠れた産 地にも目を配り、コレクションを広く持つよう努力しております。


世界初の仏教大学ジョーリアンユニバーシティの跡地
世界初の仏教大学ジョーリアンユニバーシティの跡地

ガ ンダーラは、パキスタン北西部からアフガニスタン東部一帯の古い地名で、古代には北インドを統一するひとつの「国家」でした。また仏教開花の聖地として特 に有名です。1~5世紀には仏教を信奉した 「クシャーン朝」のもとで最盛期を迎え、この地から仏教は中国、日本など各地へ広がっていきました。

紀 元前4世紀、アレキサンダー大王とともにガンダーラに侵入したローマ人たちは、仏教との出会いに深い感銘を受け、その御姿を彫刻で表現しました。”ギリ シャ人の顔にインド風の衣装”を着けた、この異様な仏像たちは、後に「ガンダーラ美術」と命名され高い評価を受けています。

古来より、中央アジアの草原地帯に住む遊牧民たちは「パオ」と呼ばれる組み立て式住居の資材となる、フェルトやキリムなど、羊毛加工の技術を持っていましたが、次第にシルクロード全域に伝わり、現在の高級手織り絨毯に発展しました。

ガンダーラの都市遺跡 シルカップ
ガンダーラの都市遺跡 シルカップ

パ キスタン絨毯は450年の歴史を有し、”現代感覚と格安さ”を併せ持つ、実用性に優れた絨毯として定着しております。また、長年不幸な戦乱に見舞われてき たアフガニスタンは、万全とは言えないまでも一応の安堵を迎え、伝統の絨毯産業も明るさを取り戻してきました。このように元のガンダーラ地域は、今なお” 手織り絨毯の本場”として、貴重な伝統文化を維持しています。

ガンダーラは、シルクロードの中心に立地するあまり、幾多の栄枯衰勢を余儀なくされ、遂に地図上存在しない地名になってしまいました。しかし約2000年経過した今も、ガンダーラは『愛の国・・ユートピア・・』と親しまれ人々の心の故郷としていき続けています。