前回ブログ“おじいちゃん流”うつ病治療(4)の続きです。

 

 平成7年~12年の約5年間、 Sさん(当時51歳~56歳)を治療していたのですが、今回の“不安抑うつ状態”とはいささか様子が違っていました。それでは、20数年前、当時のSさんの“不安抑うつ状態”がどんなものだったか?

 

Sさん、昭和○○年生(当時56歳)、診断名:神経症性うつ病

 性格特徴:「もともと心配性。若い頃から、寝床で考え事をする習慣があって、寝つきが悪い。答えの出ないことを突き詰めて考える癖がある。もともと対人関係は苦手で、周りに気を使いすぎるところがある。台風、地震が酷く怖い。家が壊れるのではないかと、風呂に入る時も、すぐに飛び出せるように用意をしてある・・・」と、本人の弁。

 高卒後、18歳から○○庁に16年間勤務。大卒の上司の気ままなやり方が不満で、昭和52年に退職。兄の仕事を5~6年手伝った後、38歳からビル管理会社に勤務。41歳の頃、「弟が病気になったのをきっかけに、死の問題を考え始めたら、憂うつになって、内観療法の研修を2か月間受けた。そこでは、病気じゃない、といわれたので、我慢するうちに自然によくなった」という。一年前の平成6年4月(49歳)本意じゃない部署に主任として配置転換されたのを機に、毎晩寝床で、あれこれ考えこむようになった。1~2か月前からは、「月曜日の朝がつらくなり、早退や欠勤が多くなっている」という。

 

 平成7年7月、当クリニック初診。「周りに気を使い過ぎる。疎外されているような感じがする。休日も、月曜日のことを考えると、リラックスできない。自分のやってる仕事に価値がない、ということを年中思っている。夜お酒を飲めば、気が大きくなって、そんなことぐらい何とかなるのじゃないかと思ったりもするけど、いざ朝になると仕事に行けなくなる。慢性的に(10年以上)胃の調子が悪く食欲もない。・・・妻は私の話を聴いてくれないし、こういうところで話を聴いてもらったり、薬でももらえればと思ってきました・・・」と。出勤前の予期不安がなくなれば出勤しやすくなるのでは、と期待してソラナックス(0.4)3錠を処方。

 平成7年8月、抗不安薬のみでは症状の改善が見られなかったので、ドグマチール(50)3錠を追加したところ、「全体的に楽になって、落ち込んでいる自分はなくなった。ずっと考えていることがなくなり、肩こりも減った。前、悩んでいたのは、解決するために考えているんじゃないような気がする。悪循環だった。そこから抜け出せなかったような気がする。前も同じことをやっていたような気がする」と、症状は軽快。抑うつ気分が取れたことで、心配や後悔の反芻が減り、自己を客観視することが出来るようになった。

 平成8年1月、職場に対する不満があって、ときどき仕事を休みたくなるが、「大体もとどおり良くなったという感じはある。憂うつというのは、もともとあったものでね。好奇心が弱いというか、もともとこれといった趣味がないし、心配事があって考えがそっちに行っちゃうので、楽しめないのだと思う」と、自己洞察力も上がった。ドグマチール(50)2錠のみ処方。その後の受診でも、「だいぶいいですよ、薬さえ飲んでいれば・・・」と、落ち着いたかに見えたのだが。

 平成8年4月、「上司が変わっちゃって。現場の不満を言わなきゃいけない立場なんだけど、言いそびれちゃう。その板挟みがしんどくて。朝が嫌で、お茶を入れてずっと考えこんでいる・・・」と。ふたたび考え癖(心配と後悔の反芻)が始まった。

 平成8年5月、「今日、会社に無理に行ったけど帰ってきた。もう、どうでもいいと思って、死にたくなっちゃう。朝4時半に目が覚めて、午前中が特に悪い」と、泣きながら診察室に飛び込んできた。<2か月間の自宅休養が必要>という診断書を提出して休職。しっかりした睡眠と休養を確保するために、一時的にルデイオミール75mgを投与した。

平成8年7月、休職中に職場と交渉して配置転換になった。それによって、Sさんの気持ちが急に楽になり、2か月足らずの休職で済んだ。復帰後は、ドグマチール(50)2錠、ソラナックス(0.4)2錠の処方が復活。

 平成8年10月、「まあ普通にやってますよ、今の係は仕事が少ないし、上司が変わったのが大きいと思う。仕事に一生懸命というより、のんびりやったらいいなと思う。休みも割り切るようにと思っているけど、やっぱり職場のことを考えちゃう」と、明るい表情を見せてくれる。この頃から、本人が「認知療法を指導してくださいよ」というので、2週に一回の面接のたびごとに、日常における対人関係場面を取り上げ、Sさん特有の、うつに傾く認知の修正をはかりつつ、“行動活性化療法”的な助言を続けた。それとともに薬も漸減。SさんのQOLは着実に向上していった。

 平成9年9月、「ドグマチール(50)1錠、ソラナックス(0.4)1錠、朝1回だけ飲んでる。自分で変わったのは、好きなことをやってみようという気になってきた。先の予定を手帳に書き込んでいる。水泳、スポーツセンターでのウエイトを週1回。動くことがおっくうじゃなくなった」と。<自分で工夫して、長年のライフスタイルを変えることが出来たのが大きいんだと思いますよ>と伝えた。

 平成10年5月、月に一回、薬だけをとりにきて、受付で、「連休はのんびりやってます。妻とは趣味が根本的に違うので、自分がやりたいことをやっている。・・・趣味が増えすぎて困っている。水泳、パソコン、太極拳、指圧講習、○○大学の講座にも通っている。仕事は仕事と思って、楽しまないと・・・」というような雑談をして帰る、というパターンが続いた。

 平成11年10月、久しぶりの診察で、「またちょっと落ち込んでいるんです。仕事をやめたい。実は2か月前から、ある業務の責任者として仕事をやっている。上司がワンマンの変わり者で、みんなから悪く思われている。その上司との間に入って板挟みになっているので辛くて。リーダーを下ろしてくれ、といっても聞いていてもらえない。仕事は嫌じゃないけど、この板挟みには耐えられない。それで、先生にお願いがあるんですが、係長の職(リーダー)から降りれるように、診断書を書いてもらいたいんです。降格することや、給料が安くなることは構いません。穏やかに生きていきたい・・・」と決意は固かった。それを受けて、診断書を発行。その内容は、<診断名:うつ状態。平成7年7月当クリニック初診。以後現在まで通院継続。現在、心理的ストレスが大きくなっていて、うつ状態の悪化が見られる。症状の改善のためには、係長から降格させることが望ましい>でした。降格指示の診断書を書くという経験は、Sさんが初めてでしたが、その後には何度か書いたことがあります。Sさんにとって、診断書の効果は抜群だったようで、それ以降のSさんは好調を維持した。

 平成12年8月〇日、この日が最後の診察になったが、「このところ調子が良くて、沈むことはありません。朝だけ1回、薬飲んでます。定年まで2年半だから、趣味を大事に、仕事はそこそこに・・・」と笑顔で語る。<薬は、飲んだり飲まなかったりして、もう止められるんじゃないの。試してみてください>と伝えた。その後、2回だけ薬を取りに来て、そのまま自然に治療が終結した。

 

 20数年前(56歳)のSさんの“不安抑うつ状態”は、環境因と性格要因が大きく作用し、現在の(75歳)のSさんの“不安抑うつ状態”は、環境因(妻の病気)と加齢要因が大きく作用しているようです。20数年前は、薬が効いて症状がよくなったというより、精神療法(認知療法、行動活性化療法)によって症状が改善し、さらに、係長職を退くという大きな決断をしたことが、治療の終結につながりました。

 ところで、係長職を退くというSさんの選択は、一見逃避のようにも見えますが、私はそうは思いません。社交不安障害の傾向がある場合は、“ほどほどの逃避”が、ベストの適応になることが多いんです。自分に合ったライフスタイルを選択することが、幸せにつながることが多いんです。

 

(補足)精神科臨床では、患者さんの過去の病状経過を知ることが大切であると同時に、今後の病状経過をある程度予測しながら治療を進めることも大切なんです。一度終了した患者さんが、再び受診してくれると、<この患者さんは、その後、こんな経過を辿ったんだ>と知ることができるので、とても勉強になるんです。