ドグマチール(スルピリド)は、日本では1970年代に統合失調症、うつ病および胃潰瘍、十二指腸潰瘍の治療薬として発売されました。その後、胃潰瘍や統合失調症に対しては、良く効く薬が次々と発売されたため、使われなくなりました。現在は、うつ状態に効く薬、と位置付けられていますが、精神科領域でも、抗うつ剤として使われることは少なくなっています。

 

 20数年前(私が開業したての頃)は、軽症うつ病(不安抑うつ状態)の患者さんが来院した場合は迷わず、ドグマチール(50)1錠、レキソタン(2)1錠、1日3回・毎食後、という処方をして、患者さんには以下のような説明をしていました。

 

 <この薬を服用して頂ければ、飲んで1~2時間もすると、まず、抗不安薬のレキソタンが効いてきて、不安が取れ、かなり楽になります。抗うつ薬のドグマチールの方は、2~3日目から効き始め、「元気が出てやる気が出てきたぞ」と感じると思います。10日目あたりが効き目を感じるピークで、本来の自分以上にパワーが出たと感じるかもしれません。その後、2週間目ぐらいになると、ドグマチールが効いているという感じはやや落ちてきますが、これくらいが本来の効果だと思ってください。やる気が出て、いろいろやりたくなったとしても、それは、薬の一時的な効果だと思って、動き回らないで休養に努めてください。本当の回復は、休養(快食・快眠)によってもたらされるものだから、数か月はかかるものだと思ってください。ドグマチールは胃潰瘍にも効く薬なので、胃薬代わりにもなるし、食欲も相当に出てくるかもしれません。・・・>と。

 

 “不安抑うつ状態”(軽症うつ)の患者さんの、10人中8人くらいは(私の勝手な印象)、この説明どおり、一時的に寛解して、「うつ病は治ったのではないか」と勘違いします。しかし、早い段階で薬を止めれば、すぐに元のうつ状態に戻ってしまいます。ドグマチール服用による下支えによって、適切な睡眠・食事・運動が確保され、環境調整が上手くいき、葛藤による消耗がなくなれば、自己治癒力が働いて寛解し、減薬から終了になります。しかし現実はそう甘くはなく、期待どおりに進んでくれるのは、 ④ 心因性うつ病と不安障害の中間“おじいちゃん流”うつ病治療(3)参照)あたりのケースで、10人中2人(私の勝手な印象)にも満たなかったと思います。①~③あたりのケースでは、ドグマチールの力不足が次第に露呈して、完全休養するか、三環系抗うつ薬(より強力な抗うつ作用がある)へのスイッチが必要になっていました。

 その後、平成11年、最初のSSRI(デプロメール・ルボックス)を皮切りに、抗うつ剤が次々と発売されたため、ドグマチールの必要性が落ちて、最近ではあまり使われなくなっています。しかしながら、“おじいちゃん流”の治療(うつ病だけに限らない)には、<この患者さんには、ドグマチールが最適である>というケースがいまだに多々あります。ドグマチールは、他の抗うつ剤にはない特徴をもっている、貴重な薬なんです。

 

 ドグマチールの最大の特徴は、他の抗うつ剤に比べて、即効性があり、飲み始め当初の副作用がほとんどなく、止めるときの離脱症状もほとんどないんです。副作用に敏感な不安障害の患者さんには、飲みやすく・止めやすい薬なんです。しかしながら、長期間にわたって服用すると、やっかいな副作用があります。女性では、月経不順や乳汁分泌。男女を問わず、食欲が出過ぎて体重増加。高齢者では、薬剤性パーキンソン症状をはじめとする錐体外路症状。といったものです。したがって、その取り扱いには注意が必要なんです。どんな薬でも、副作用を出さずに、良いところだけ頂くという工夫が必要です。それでは、その工夫とは?

 

 短期間の使用にとどめること。長期的に使う場合は、1日当たりの使用量を規制することです。「何だ、当たり前の話じゃないか」と言われそうです。

 短期間というのは、1週間~2週間。せいぜい4週間までです(例外もある)。内科で胃薬として処方される場合は、ドグマチール(50)1錠を毎食後の3回(1日当たり150mg)で処方されますが、私の場合、長期的(半年以上?)に使うときは2錠まで。高齢者は1錠までとしています。そして、妊娠出産の可能性のある女性には使いません(頓服薬として、数日間に限定してなら使うことはある)。

 *うつ病・うつ状態に対するドグマチールの維持量は、薬剤情報では1日当たり150mg~300mgとなっていますが、この量を使い続けなければならないとしたら、その副作用を考えると、他の抗うつ剤を探すのがよいと思います。

 

 

  私のドグマチール使用の具体例 を思いつくだけ列挙すると

(1)一過性のうつ状態(一時的な不安抑うつ反応)

 不安障害の患者さんが(エネルギーレベルの低下がそれほどない)、日常的な出来事で一時的に軽いうつ状態に陥ったようなときに、ドグマチール(50)2錠を、数週間使ってスイッチを切り替えてもらう、といった使い方です。(“おじいちゃん流”うつ病治療(5)参照)。

 

(2)食欲増進剤として

 「食欲がない」という自覚は、うつや不安に傾く誘因になるので、内科的疾患(胃潰瘍、逆流性食道炎など)による食欲不振でないことが明らかである場合、ドグマチール(50)2~3錠を、3~5日分に限定して服用してもらう。

 

(3)外食恐怖や乗物恐怖の頓用薬として(不安障害における頓服薬とは参照)。

 恐怖突入用には、抗不安薬(ソラナックスなど)を使うことが多いのですが、外食恐怖や乗り物恐怖の場合、吐き気を抑え、食欲の出る(何しろ元々は胃薬ですから)、「ドグマチールの方が、私にはよく効きます」という患者さんには、こっちを使います。(パニック障害の症例(1)参照)。

 

(4)機能性胃腸症(≒神経性胃炎)

 内科では、消化器系の不定愁訴に相当する所見(胃カメラ検査など)がなく、あらゆる胃薬が効かない患者さんに対する最後の手段として、ドグマチール(50)1錠を毎食後の3回(1日当たり3錠)が処方されることがあります。機能性ディスペプシアの専用薬のアコファイドは(2013年に発売)、あまり効かないようです(私の偏見?)。

 ドグマチールを飲んでも良くならないと、精神科受診をすすめられます。私が診察したケースでは、機能性ディスペプシアではなく、うつ病や不安障害が潜んでいて、それ(うつや不安)が良くなるにつれて、消化器系の不定愁訴もなくなるという患者さんがたくさんいます。内科で数年にわたって、ドグマチールが投与され続け、薬剤性パーキンソン症候群などの錐体外路症状が出ている(老人に多い)こともあるので、注意が必要です。

 

(5)身体表現性障害・心気症(不定愁訴・咽喉頭異常感覚症など)、

 「喉に物がつっかえたような感じ」「食道に食べ物がつっかえる」といった訴えにも、ドグマチールが有効です。漢方薬の半夏厚朴湯も有効ですが、私の印象では、ドグマチールの方に軍配が上がります。また、何か体の異変を感じると、「自分は悪い病気(癌など)なのではないか」と心配し、検査を求めて病院をはしごする(心気症)患者さんがいますが、これにもドグマチールが有効です。「エナジートロンの本当の効果」とは、参照。

 注:内因性うつ病が隠れていると、ドグマチールよりも、他の抗うつ剤(リフレックスなど)の方が有効なので、注意が必要です。

 

(6)主力抗うつ剤(SSRIなど)と一時的(1~2週間だけ)に併用

 SSRI投与初期の副作用である吐き気の軽減と、SSRIが効いてくるまでの繋ぎ(即効性を利用)とを兼ねて、処方することがあります。患者さんにとって、SSRIは効果を実感しにくい薬なので、「私には、ドグマチールの方が効くので、止めたくありません」とねばられることもあります。<ドグマチールは、一時的な投与です>と、あらかじめ説明しておくと、あきらめてくれます。

 

 以上、他にもありそうですが、ドグマチールは(主力抗うつ剤のわき役として)、いまだに有用性の高い薬です。

 余談になりますが、現在通院中の患者さんの中には、ドグマチール(50)0.5~1錠を10年近く服用している方が数人います。その中でもD子さん(心気症)は、最低用量の0.5錠を3日に1回、服用しています。服用していれば心気症は悪化しませんが、完全にやめて2~3か月すると悪化します。ここまでくると、<暗示効果だけで、飲んでも飲まなくても同じぢゃないか>と、ずっと思っていました。でも、最近になって<そうとばかりは言えないかもしれない>と考えるようになっています。人間の脳の働きは不可思議です。置かれている環境に適応するためには、さまざまな働きを自ら作り出すといわれています。<ひょっとすると、再発予防装置(神経細胞のネットワーク)の働きに、ドグマチールは一役買っているのかもしれない>と。