閉院の日が近づいてきました。12月末日をもって閉院することを、うちの患者さんたちにお伝えてしてから、毎日のように最高の贈り物を頂いております。最高の贈り物とは、“感謝のお言葉”です。感謝の気持ちの表現はいろいろあって、高級なお菓子や果物を始め、筆記用具や鉢植えなどをくださる患者さんもいますが、おじいちゃん先生にとって、最高の贈り物とは、やはり、“感謝のお言葉”です。
3日前、K子さんとの最後の面接が終わり、<K子さんも元気でね>と、お別れの言葉をかけたとき、K子さんは後ろ向きでドアノブに手をかけながら、一瞬の間をおいて、
「先生はそこまでは思っていないでしょうけど、もし先生に診ていただかなかったら、いま、生きてはいないと思います」と言って出ていった。思いがけない“感謝のお言葉”に、おじいちゃん先生は、しばし絶句してしまった。
K子さんは、平成7年、20歳の大学生の時が初診で、頻繫に通院していた患者さんではなく、7年以上通われていない時期もあった。今は遠方にお住まいで、1年に1度か2度、頓服用のメイラックスを取りに来るだけになっていた。過去27年間、学生生活、就職、転職、結婚、出産、子育て、夫婦関係など、いくつもの悩み事があった。それらの体験を乗り越えて、K子さんの、強迫、自責、厭世といった性格特性が、徐々に緩和されてきていると思います。
確かに、おじいちゃん先生はそこまでは思っていなかったけれど、彼女の悩み多き人生において、何らかの支えになれたのなら、<お役に立てて良かった。誰かのための自分になれた。このような縁を築くことが出来たのは、仏教でいう、徳をひとつ積むことが出来たのかなあ>と、いろいろ思いを巡らせ、幸せな気持ちに浸りました。
そしてもう一人、2週間前に頂いた、M君からの“感謝のお言葉”は、おじいちゃん先生にとっては、冥土の土産になりそうな感動のお言葉でした。
M君は、全てを言いつくそうとする話し方が特徴で、いったん話し出すと止まらなくなり、ときには居眠りが出そうになります。この日も、自分の体調の悪さを延々と語っていて、危うく居眠りが出そうになったので、<話は変わるけど、転院するクリニックのことだけど・・・>と、こちらから話題を変えた、その時でした。
「ここにお世話になって、家族以上のご縁になりました。ここに来て初めて、今の私の、意味のない、ふしだらと申しますか、人にお世話になりっぱなしの生活で、こんな生活でも続けていいんだ、という少し前向きな気持ちになるよう助けていただいた・・・。という表現でいいのか分かりませんが・・・。人生80年として、その8分の1の約10年間でしょうか、家族から以上の多くを学ばせていただいた。お仕事であるということは、重々承知しておりましたけれど、ありがたいお言葉に、本当に何から何までお世話になってしまって。・・・親元を離れるときは、むしろ解放されたと申しましょうか、晴れ晴れとして、楽になったと申しましょうか。しかしながら、先生とお別れすることは、なんと申しましょうか、郷愁というか、初めての感情で、言葉にはしがたい気持ちになりまして。ここは(ここでの経験は)、これまでの人生で唯一の例外になった。先生に心身共に救われて、命を繋いで頂いた。お金がないので、物では伝えられない(ので)、言葉でしか表せないけれど、・・・・・」と。
M君の述懐を、おじいちゃん先生は涙が出そうになりながら、必死でメモった。<これは、人生で1度あるかないかの“最高の感謝のお言葉”を頂いているぞ>と思ったから。M君の言葉が途切れるのを待って、<とんでもない。こんなに素晴らしい“感謝のお言葉”を頂いて、ありがとね>と返した。ときには、居眠りしそうになりながらも、12年間診察を続けたお陰で、M君の心の底に何かしらの感動を届けることが出来たのかもしれない。そう思うと、大きな満足感がこみ上げてきた。
M君の診断名は、“発達性トラウマ障害”。そして、そこから派生した“恐怖性不安障害”。通院は2週に1回。診察時間は約1時間。様々な生活障害があり、生活保護を受けていて、社会的手続きも誰かの助けを必要としています(あまりにも対人緊張が強いため)。趣味の音楽が生きる支えとなっていて、最近になってやっと、SNSに自分の作曲を投稿したり、月に1回のデイケアで、コーラスの伴奏をしたりするようになった。元々のASD特性(自閉症スペクトラム障害)からくるものなのか、彼の読書遍歴が特異なものだったからなのか、独特の言語表現が印象的な青年です。
その日は、自宅に帰って、M君のお言葉を思い出しながら、<閉院することで、多くの患者さんから、このような最高の贈り物を毎日のようにもらえるなんて幸せ者だ。もしも私が病気や事故で、仕方なく閉院に追い込まれたとしたら、患者さんの口から直接、こんなに大きな感動をもらえることはないだろう。こんなことなら、何度でも閉院したい!>と、感慨深い気持ちに浸っていました。