今回は、“オレキシン”という脳内ホルモンについて、少し詳しいお話をします。脳内における“オレキシン”の性質や動態を知ることで、ベルソムラの効果を上手く引き出すことが出来るからです。

 

 オレキシンの名が、私たちにも知られるようになったのは、オレキシンの欠損(オレキシン産生ニューロンの変性・脱落)が“ナルコレプシー”の病因であることが分かってからのことです。ナルコレプシーという睡眠障害は「居眠り病」ともいわれ、もっとも有名な症状は、日中に時間や場所に関係なく、突然に居眠りをしてしまう(自分の意思に反して、突然眠ってしまう)というものです。このナルコレプシーの研究から、「オレキシンの働きがなくなると突然眠ってしまうのなら、オレキシンの働きを弱めるものは睡眠薬になりうる」という発想から、オレキシン受容体拮抗薬である、ベルソムラが開発されたんです。

 

 オレキシンという脳内ホルモンは、様々な行動をサポートするために、覚醒を維持する働きをしているといわれています(眠ってしまっては困るから)。

 オレキシンの分泌は、日内リズム(体内時計)と連動した大きな波があり。日中に増加し(働きが強まる)、夜間になると減少(働きが弱まる)します。おかげで、昼間は覚醒して活発に活動ができ、夜は眠くなって睡眠がとれるというわけです。ところが、夜になってもオレキシンの分泌が減少しないで増加したままだと、不眠症(入眠困難・途中覚醒・早朝覚醒)になり、朝起きる頃になってもオレキシンの働きが低下したままだと、過眠症になると考えられています。ベルソムラ(スボレキサント)という睡眠薬は、夜間の睡眠時間帯において“オレキシン”の働き(覚醒促進作用)を抑えることで、睡眠状態を促したり、維持したりするお薬です

 注意!もちろん、不眠症や過眠症の原因は、オレキシンだけの問題ではなく、オレキシンも一つの要素になりうるということです。むしろ、病的な不眠の原因の多くは、オレキシン以外のところにあり、オレキシンの変化は2次的なものとも考えられます

 

 オレキシンの分泌は、上記の、日内リズム(体内時計)と連動した大きな波とは別に、日中においても、置かれた状況に応じて変動しています。しかし、夜間に見られるほどの大きな変動ではなく、ナルコレプシーの患者さんのように、突然眠ってしまうことがないように、一定量以上のオレキシン分泌され、覚醒は保たれています。また、喜び・不安・怒りなどの感情の高ぶりがあると、オレキシンの値は、さらに上昇します。上昇するのに要する時間は、不安を感じたら即座に上昇するといった類のものではなく、数分から数十分単位だと言われています(下降するのも、数分から数十分単位)。

 さらには、オレキシンの分泌量や、オレキシンに対する感受性(受容体数)は、個人差が大きいんです。もともと寝つきがいい人と悪い人、目覚めがいい人と悪い人、といった違いがあるのは、このことを反映しているのかもしれません。また、ベルソムラの10mgでも良く効くヒトもいれば、20mgを使用しても全然効かないヒトもいることも、そのことを示唆しています。

 

 私が、うちの患者さんにベルソムラを処方するときには、上記のようなオレキシンの説明を簡単にした後で、<自分の脳の中のオレキシンの状態には気を配って、その動きを自分で上手くコントロールできるようになって下さいね。オレキシンの動きに逆らったのでは、この薬(ベルソムラ)は効いてくれませんよ>と、付け加えることにしています。

 

 

(補足)オレキシンは、睡眠・覚醒のみならず、摂食行動にも関与しています。オレキシンは空腹時に活性化して覚醒状態を維持し、食餌を探索する行動を促す役割を果たすと考えられています。また、オレキシンはエネルギー代謝を促進することにより、肥満や糖尿病の防止にも寄与しています。