うちの患者さんのために、診療情報提供書なるものを、おじいちゃん先生が書く場合、だいたい以下の3パターンに分類されます。
(1) うちの患者さんが、精神科以外の病気に罹り、他科を(内科、婦人科、眼科、耳鼻科など)受診するときで、患者さんから依頼されて書く場合と、私の方から受診を指示して書く場合があります。
(2) うちの患者さんが、手術や出産などで入院するとき、自殺企図などで救急受診をしたときなど(相手方の病院から依頼があって書く場合が多い)。
(3) うちの患者さんが、遠方への転勤などで通院が困難になったとき、他の精神クリニックへの転院を希望するとき、精神症状が悪化して、精神科の病院に入院するとき。つまり、精神科治療を他の精神科医にバトンタッチする場合です。
(1)は、<○○さんは、「2週間前からめまいや動悸がして、昨日は、急に意識がなくなって、バタンと倒れて、頭を打って出血した」といいます。貴科での精査、必要があれば治療をお願い申し上げます>くらいのもので、3分もあれば書けるものが多い。
(2)は、相手方の病院が手術や出産などをするにあたって、何か問題がないかを報告して欲しい、というものです。うちの患者さんが、急に暴れたり、自殺企図をしたりしないか、術前に薬を止めても大丈夫か、医師の指示を理解して指示をちゃんと守れるか、などの情報が求められます。相手方の医師は、精神障害の詳細を知りたいわけではありません。<当クリニックには、上記の診断名で、平成28年より通院されていて病状は安定しています。下記の投薬を継続していますが、一時的に薬を中止しても、病状が急に悪化することはないと思われます>ぐらいで足りることが多く、10分もあれば書けます。
※ 薬を急に中断すると、てんかん発作をおこすとか、離脱症状を起こす可能性がある場合は、依頼されなくとも、診療情報提供書を持って行くよう指示します。
(3)は、精神科治療を引き継いでもらうわけですから、発病以来の経過、うちのクリニックでの経過、行った治療など、私が現在持っている情報をできるだけ詳しく、引き継ぐ精神科医に提供しなければいけないのです。うちの患者さんの将来を左右するものなので、おじいちゃん先生も、たっぷり時間をかけて、本気で書くことになります。
今回、閉院するにあたっての診療情報提供書は、(3)にあたります。相手も精神科医ですから、下手なことを書くと、『この医者、何を診ていたんだろ』と思われるので、気の小さいおじいちゃん先生としては、とても緊張する作業になります。
うちの患者さんは、少なくとも7年以上、最長では27年間あまり通院しているので、その期間のカルテの記載に目を通さなければなりません。時系列に沿って、メモを取りながら、何を書いて、何を書かないかを取捨選択していくわけですが、この作業がとても時間がかかるんです。メモを見ながら書き始めても、<あれ、どこに書いてあったっけ>と、再びカルテをひっくり返してみることも多々あり、なかなかその箇所が見つけられず、時間がたってしまいます。通院歴の長い患者さんのカルテは、自慢じゃないけれど、相当分厚いんです(今風の精神科クリニックは、電子カルテなので、そういうことにはならないんでしょうけど)。
昨年12月から、この“350人分の宝物”の作成に取り掛かったのですが、書き始めて間もなく、<せっかく、老体に鞭打って書くのだから、この診療情報提供書を、うちの患者さんにもプレゼントすることにしよう>と、思いついたんです。それからは、わかりやすい表現を心がけ、患者さん自らが発した言葉をそのまま取り入れて書くようにしました。例えば、[不眠、焦燥感]と書くのではなく、「寝付こうとしても、頭がビリビリして来て、何度も目が覚める」と書く。精神科の場合、こういう表現の仕方は、ごく当たり前のことなのですが、そういうふうに書いてきてくれる精神科医は少なくなっています。相手が精神科医なら、[思考伝播]と書いても分かってくれますが、一般の方には「自分の考えが、相手に伝わってしまっているので、何も話せなくなった」と、本人が語ったままを書かなければ伝わりません。更に、面接の中で、重要な“気づき”がみられたら、それも書いておきます。例えば「人を嫌いになってもいい、嫌いなところがあっても、その人と付き合っていいのだと分かった」「強迫神経症は、完全に良くならなくてもいい、というのが自分でもわかった」といった“気づき”で、症状の改善につながる重要なことに、自分で気づけたのだから、ずっと忘れないでいてもらいたいんです(時間が経つと忘れてしまうことも多い)。
書式や文章表現は、引き継いでくれる精神科医に合わせたものですが、うちの患者さん自身や家族にも読んでもらうため、<このように書いたら、○○さんはどう思うのだろうか>と想像しながら書きました。結果として、受け取った精神科医からは、『変な診療情報提供書が来たな』と思われるようなものになってしまったかもしれませんが、今のところは問題ないようです。近所の精神科医からは『とても分かりやすい紹介状、ありがとうございました』とあったし、とある内科医からは『○○さんの状況がよくわかり、これまで分からなかったことが理解でき、助かります』とお褒めの言葉もいただいて、<しめしめ、してやったり>と、密かにほくそ笑んでおります。
次回からは、“宝物”をいくつか、お見せいたします。
(補足)診療情報提供書の料金は、(1)でも、(2)でも、(3)でも同じで、2500円。健康保険の3割負担だと、750円です。紹介状(診療情報提供書)が必要な大きな病院では、これを持参しないと、特別料金(全額自己負担)が5000円以上かかります。