Y君との出会いは、平成8年5月、彼が17歳で高校生の時だった。初診時の記録には、<Kr.の切迫した恐怖感が、ひしひしと伝わってくる・・・>とある。<今の頭の中のパニック状態は、自分ではどうにもならないから、それをとるのには、薬しかない>と伝えると、「LSDみたいな薬を飲むのは嫌です」とも。

 幸いにも、当初の薬が良く効いてくれて、症状は速やかに軽快。高校を無事卒業し、大学にも進学。就職もできたけれど、12年後に再発。本人の涙ぐましい努力と、両親の協力、会社側の配慮もあって、職場復帰できた(恥ずかしながら、私の方は、復職は無理だろうと諦めていた)。復帰後は、2週に1回(土曜日)の通院は欠かさなかった。しかしながら、症状はいまだに不安定で前途多難。次の精神科医にバトンタッチするには、いささかの不安があります。

 

 ◎平成20年6月、Y君が転院を希望した時、書いた診療情報提供書は、以下のようなものでした。

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診療情報提供書  平成20年6月○日

□□市立病院 精神科 主治医殿 御机下

以下のとおりご照会・ご報告いたします。よろしく御高診のほどお願い致します。

○山○介(男)昭和53年生まれ(32歳)

診断名:統合失調症、過敏性腸症候群(IBS)

 

 本人が、職場に近い病院への通院を希望しているので、これまでの当クリニックでの治療経過を報告させていただきます。

 高校入学頃より、被注察感や関係念慮が出現。平成8年4月(高3)頃より症状悪化。

 平成8年5月、当クリニック初診。主訴は「自分の命が狙われてるのじゃないか、家が盗聴されてるのじゃないか、夜にギターをやっているとき、外でおばさんが『うるさいわね』と外で言ってるように思う。寝床の中でも、学校の担任の声で『刺すなら今だ』と聞こえる。自分は遅刻が多いので、学校全体を敵に回しているからだと思う」「鳩が自分の自転車の下で死んでいたり、家の前に変な花が咲いていたり、コンタクトレンズに茶色のシミがあることから、自分の命が狙われている、と気づいた」でした。当初は、セレネース4.5mg、コントミン75mgを処方。上記の陽性症状(幻聴、被害関係妄想、妄想知覚)は、2~3か月で軽快。そのあと、1~2年は活動性低下がみられましたが、1年間の予備校通いがリハビリにもなって、○○大学経済学部に進学するころには、諸々の症状はほぼ消退。

 大学生活は、試験やアルバイトなど、普通にこなしてはいましたが、被注察感や関係念慮が残存していました。就職活動は無事にこなし、平成14年4月~平成17年5月、□□会社勤務(ルートセールス)していたが、特定上司のパワハラを受けて退職。その後、アルバイトや派遣社員を経て、平成18年3月、△△会社の営業職に就いた。

 平成18年4月、初めて実家を出て、現住所地で一人暮らしを始めた。通勤の便と初恋の彼女と付き合うためだったようです。しかし、彼女の言葉に振り回されることが多々あり。『薬を飲んでいるうちは、病気が治っていない』『薬を止めないと結婚できない』など。そのせいか、当院への通院間隔が不規則になって、診察を受けずに、薬だけ持って帰られる頻度が高くなっています。平成9年、セレネースからリスパダール2mgにスイッチ。他には、コントミン(12.5)1錠を、平成19年までコンスタントに服用していました。

 平成9年以降、初診時みられた一級症状や、幻聴、被害妄想などの再燃は見られず。リスパダール2mgを、再発予防として、継続して服用することを指示してきました。よろしく御高診のほどお願い申し上げます。

                  (現処方)

                   リスパダール(2)1錠

                   メイラックス(1)1錠

                    夕食後×30日分

 

                    ○○メンタルクリニック 医師 ○○□ 

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 しかしながら、この、□□市立病院宛の診療情報提供書は使われず。そのコピーが、カルテに残っていた。

 ◎そして今回、私のクリニック閉院にあたって、書いた診療情報提供書は、以下のようなものだった。

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診療情報提供書 令和4年10月○○日

△△△心療クリニック ○○先生 御机下

以下のとおりご照会・ご報告いたします。よろしく御高診のほどお願い致します。

○山○介(男)昭和53年生まれ(44歳)

診断名:統合失調症、過敏性腸症候群(下痢型)、逆流性食道炎

 

 当クリニックは近く閉院いたします。つきましては、○山さんの今後のフォローをお願い申し上げたく、これまでの経過を報告させて頂きます。

 平成8年5月(17歳)当クリニック初診。その後、平成20年6月までの経過は、別紙コピー(平成20年6月記載の診療情報提供書)を参照ください。

 平成20年頃より怠薬。彼女との関係が悪化するとともに、服薬中断。平成21年には、命令性幻聴、作為体験が活発化していて、平成22年には、欠勤が多くなっていた。平成23年4月、実家に戻り、母同伴で来院したときは、初発時以上の活発な幻覚妄想状態(思考化声、思考伝播)がみられ、再発しているのは明らかだった。

 平成23年6月~平成24年10月、休職。復帰後も、夕方になると過覚醒で眠れなくなり、突発的に3日間くらい、不眠をきたしたり、不安定な状態が続いた(家の行事、会社の飲み会などが重なるなどが契機となる)。

 平成26年12月、肛門科にて痔瘻の手術をしたことが、肉体的にも心理的にも負担が大きく、過緊張、過覚醒、不眠から幻聴などが活発化したため、平成28年11月まで休職して、十分に休息。復帰前には、身体的なリハビリ、出勤訓練を行った。

 平成28年11月、メールの集配、パソコン入力による伝票作成など、保護的な内容の仕事があてがわれることによって復帰。この時から、月1回の産業医面談も開始。「左耳から幻聴がある。自分の思考が会社に盗まれている」といった訴えもあったが、徐々にその感度は下がっていった。

 令和元年11月、職場では、主任扱いになり、部下となった、障害者雇用の2人(MRとASD?)に合わせることが出来ずに動揺したが、何とか踏みとどまった。

 令和2年6月、派遣職員の女性の教育係を任された折、IBSが悪化(コロネル著効)。その後も、“脳が疲労する”ことがあると、幻聴が活発化(ときには、全く消失することもあるが)する、というパターンを繰り返している。“脳の疲労”について、「午前中に頭痛じゃないけれど、何かこう、何も考えられなくなる。午後になると回復する」と表現することもありました(肉体的疲労と区別がつかない)。

 現在なお、思考化声、思考伝播、自己関係づけ(「テレビドラマを生で観られない。いろいろ関連付けちゃうので」)は残存します。が、「私の~~は、思考伝播ですか」、<そうです、症状です>、「やっぱり、そうですか」といった病識めいたものがあり、幻聴が活発化しても、距離が置けて、行動が左右されにくくなっています。「今週の前半は、幻聴がビンビンだったので、1日だけ有給休暇を取った」とも。Y君は、外的環境に左右されやすく、過覚醒から「3日3晩まったく眠れなかった」ということもあります。年齢的に未だ若いので、未だ再発の危険性を孕んでいると思われます。会社の産業医(月1回定期的に面接)に対しては、仕事内容が大きく変わらないよう、過度の負荷がかからないようにと、お願いしています。

 最近始めた、テニススクールのレッスン(週1回)においても、レッスン中、コーチや他の生徒の言動に過敏(自己関係づけ)であったり、レッスン内で要求される、マルチタスクがこなせず、脳が消耗(ストレス解消どころではない)してしまうので、<無理しないで、マイペースで。休む時があってもいい>と、助言しています。その他には、面接していて、話題が急に飛んでしまうことが多々ありますが、連合弛緩ではなく、ADHD的な内的多動があるのではないかと推測しています。

 再発予防の対策として、<何をおいても、睡眠不足にならないこと。睡眠を優先順位の1番に置くこと>と伝えています。また、本人には「昇進して、給料をもっと貰いたい」という気持ちがありますが、Y君の弱点である、コミュニケーション障害(相手の気持ちが読めていない、相手の立場で考えられない)、マルチタスクが苦手ということを考慮すると、<現状維持が最大の成果ということもある。今でも、父母の生活援助や、アドバイスをいろいろもらって、病気と闘いながら仕事を続けているのだから、十分頑張っていると思う。高望みしない‼>と、いつも諭しています。よろしく御高診のほどお願い申し上げます。

   (現処方)

          リスペリドン(2)1錠     リスペリドン液 1ml

          オランザピン(2.5)1錠     眠前×14日分

          メイラックス(1)1錠

            眠前×14日

 

                  ○○メンタルクリニック 医師 ○○ □

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 主治医バトンタッチのための診療情報提供書は、2度目になった。今回は、本人とご両親にも読んでもらって(特に後半部分)、2度目の再発は、なんとしても防ぎたい。本人とは、“2人症例検討会”をやって、質問に答えたり、専門用語の説明や、私の意図することを伝えたりした。そうすることによって、自分の病気の全体像を、客観的(俯瞰的)に捉えてもらい、今後の治療に生かせることが出来ればと思っています。

 統合失調症の生活臨床においては、能動型、受動型、という分類があり、能動型の方が再発しやすいと言われている。Y君は、素直な性格で、受動型にあたる。私の指示を一言一句(記憶力がものすごくよい)、家に帰って両親に伝えてしまうため(秘密が持てない)、お父様から『お前には、自分の考えがないのか』と叱られてしまうこともある。もっとも、初恋の女性との恋愛では、能動型に変身して、それが再発の一因となってしまったのかもしれない。先日、ご両親と面談した際には、<息子さんは、まだまだ若いので、再発の危険性を常に孕んでいます。本人に渡してある、診療情報提供書をよく読んでおいてくださいね>とお伝えし、今後のさらなる協力をお願いしました。

 

(補足)生活臨床における、能動型、受動型の特徴とは

 能動型の特徴

社会生活の経過の上で、現状に安住せず、自分から変化を作り出そうとする

②生活に不満を表す

③人に任せられない

 受動型の特徴

①社会生活の経過の上で、現状に安住し、自分から変化を作り出そうとしない

②生活に不満を表さない

③万事人任せ